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贈り物語り――モンテスキューに憧れて――  作者: 王道楽土
2章 『自由とは、法の許す限りにおいて行動する権利である』
11/22

  A-SIDE-2

 

白いトートバッグを肩に掛け、意気揚々と歩く彼女。

すっぴんなのか薄化粧なのか僕には区別できないが、その綺麗な肌は健康的で繊細っぽい。

二重のぱっちりした目は凛とした表情を際立てている。

際立てているのは表情だけでなく、露出の多い服装もそうだ。

僕が他人の服装をとやかく言うつもりはない。

流行のファッションなど知るわけもない。

そんな無知な僕でも彼女の格好を見て思う――寝間着や家着じゃないのかと。


胸元が嫌でも強調されるタンクトップにタオル生地のようなショートパンツ。

なのに素足にスニーカーという出で立ち。

これが普通だと言われればそうなのかもしれないのだけど、僕からすればコンビニへ買い物に行く格好にしても少し露出が強すぎると思う。


故にこれは目に毒だ。


目のやり場に困る僕は直視は勿論、あまり一瞥することなく彼女が進む方へとついて行く。


彼女の服装とは別に、まだ違和感がある。

僕が緊張することなく、彼女と話せているのはこの鞄の異常な出来事のお蔭でもある。

恥じらいや緊張といった線が馬鹿になっているのだろう。

違和感はそこではなく、以前会った事があるような、知っている人でもあるようなそんな不思議な現象を抱く。

もしかすると幼稚園や小学校の同級生なのかもしれないと思い、意を決して訊いてみる。


「あの君って昔に――」


「スズメ」


「はい?」


「君じゃなく、わたしはスズメ。バイト仲間からそう呼ばれてるから、スズメって呼んで」


スズメなんて名前の知り合いはいない。

その前に僕には知り合いなんていなかった。

一方的に僕が知っている人でスズメという名はいない。

そんな本名なのかあだ名なのかわからない名前がいたら絶対に覚えている。

同級生ではないのか。


「わかったよスズメさん。僕は佐伯勇」


何故か話の流れで自己紹介してしまった。

しかもまた本名で名乗ってしまった。


「佐伯勇君か。ねえ、あの店でもかまわない?」


「あ、はい」


スズメさんが指差す店は、警察署から2、3分歩いた所にある喫茶店だった。

その喫茶店で謝礼である食事をする事になった。


喫茶店ドンという木製看板が目に入る。

赤煉瓦の外装と、店前のショーケースに飾られた珈琲やナポリタンの食品サンプルが純喫茶という昔ながらの雰囲気を醸し出している。


彼女がドアを開けると、「カランカラン」と金属の音色を奏でた。

ウエイターが奥の四人掛けテーブルに僕らを通し、背もたれの高い木製椅子に腰を掛ける。

そして鞄を足と足の間に、挟み込むように置いた。


「好きなの注文していいから。遠慮はなしよ」


「どうもです」


遠慮もなにも食欲が湧かないので軽食にするつもりだ。

メニューに目を通し、胃に軽そうな玉子サンドに決めた。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」


ウエイターが水とおしぼりをテーブルに置く。

彼女もどうやら注文する料理は決まっているみたいだ。

彼女はメニューを指差し注文する。


「玉子サンドセットひとつ。飲み物はアイス珈琲で。勇君は何にするの?」


思わず口から「え」と出そうになった。

初対面の人から名字でなく名前を呼ばれたのは初めてだった。

同世代ではこれが当たり前なのだろうか。

嬉し恥ずかしである。

目が泳ぎそうなので、一度深く瞬きをする。

動揺が伝わらないように机に肘をつき、太宰治のように頬杖をついた。

落ちつかない頭を固定するためだ。


「君と同じのでいいよ」


動揺を隠して上首尾にウエイターへ注文できた。


「玉子サンドセットのアイス珈琲お二つですね。アイス珈琲はいつお持ちしましょう?」


「食後でお願いします」


彼女がそう言うと、ウエイターは畏まりましたと厨房らしき場所へ去っていった。

頬杖をつく僕を彼女はニヤニヤしながら同じように頬杖をついた。


「太宰治先生。わたしはスズメでございますよ」


「ああ、そうだったね……スズメさん。というか、僕は太宰治の物真似をしているわけじゃないんだけど……」


「そうなんだ。わたしはてっきり陋屋ろうおくの机に頬杖ついている太宰治を連想したんだけど」


陋屋って……この喫茶店に失礼じゃないか。

でも確かに太宰治を連想したのは僕も同じだったので、見透かされたような気分になった。

それによって頬杖を外すタイミングを逃したままだ。


彼女はそれに飽きたのか、普通に座り直し水を飲んでいる。


「勇君は何しに警察署へ行こうとしてたの?」


頬杖をついて固定されていた僕の頭部が縦にズルっと落ちる。


「へ!? なにが!?」


核心を突かれた間抜けな犯人のような動揺を披露してしまった。


「なにがって……警察署の階段を上がろうとしてたじゃん」


「あ、そうかそうか。う、うん、少し用事があってね」


「ふーん」


冷や汗の補給をするように僕は水を飲み干す。

これ以上の質問を浴びせられると何杯水を飲まないといけないかわからない。

逆にこちらから質問しているほうが、体調に良く健康的というものだ。

思いつく事を片っ端から訊こう。


「スズメさんも警察署に用事あったんですか?」


すぐに返答があるかと思いきや、ばつが悪そうな表情で彼女は沈黙した。

彼女にも事情があるのだろうと質問を変えようとすると、重い口を開くかのように彼女は話しだした。


「警察署に用事はあった。勇君は財布を拾ってくれた恩人だけど言えない。それは個人的な事だから……。でも正直決心が鈍ったんだよね。なんでこうなるかな……そうゆう時ってない?」


彼女の話す内容には脈略がなく、所々省略されているような問いかけであった。

いや、最後の「そうゆう時ってない?」というのは同意を求めるようだった。


話し始めの「用事はあった」と過去形になっていたのはなぜだろう。

立ち寄りもしないで用事を済ませたのか、それとも先延ばしにしたのか。

僕の勝手な想像でしかなく、彼女の言葉の綾かもしれないけれど。


気掛りなのは「決心が鈍った」という台詞。

まるで僕と同じ状況であるかのようで、訊くに訊けないじゃないか。

僕と同じであれば、彼女のトートバッグに両手首や銃や一千万円が入っている事になる。

ないないそれは絶対にない。


他言できないのはお互い様みたいだし、追及してまで質問するつもりもない。

彼女への返事をせずにいるのも空気が悪い。

だがその心配は無用というものであった。

料理が運ばれてきたのだから、食べないといけないし。


ふわふわの湯気が立つ玉子サンドを黙って食べる二人。


会話が無くなり食事しているうちにくだんの話も忘れ冷静になる。

他人と同じテーブルでご飯を食べている自分が異世界にいるようだ。

しかもこんなに可愛い女性とだ。

意識しだすと緊張するので食べることに集中した。


お互い食べ終わり、それを待ってましたとばかりにウエイターが食器を引き上げた。

すぐにアイス珈琲がテーブルへ二つ置かれ、ミルクとシロップを投入しかき混ぜる。

無言の二人の間にカランカランと氷の音が響く。


手持ち無沙汰なので、携帯電話を取り出し時刻を確認するとまだ11時にもなっていなかった。


「時間大丈夫なの?」


「ああ、うん。急ぎってわけでもないし」


「よかった。それじゃあもう少しお喋りしててもいい?」


僕が了承すると彼女はなんだか嬉しそうであった。

別に一、ニ時間くらいなら構わないという安易な考えと、彼女との会話が楽しめそうな期待もあった。


「勇君って何している人なの? 学生?」


期待を数秒で打ち消され、惨めな現実を直視する時間が訪れた。

見栄を張って学生や、フリーターと騙ってもいい。(見栄で学生やフリーターという身分もおかしいのだけど)


開き直って正直に言うのはありなのだろうか。

僕自身は若干後ろめたさもあるのだけど構わない。

だけど「引きこもりで家賃が払えない無職です」と告げられた方が返事に辛いのでは? 


慮った結果、事実を言うが余計なことは言わないという都合のいいものになった。


「学校は行ってない。今は無職だよ」


「えっ? 勇君何歳なの?」


予想とは裏腹に彼女は非常に驚いた顔で、少し前のめりになりながら訊いてきた。

やはり無職はまずかったのかな。

せめてフリーターと名乗った方がよかったのか……。


「20歳だよ」


「へえ年上なんだ。わたし18歳だから勇君は二つ上なんだ」


同い年くらいと思っていたけど、年下だったのか。

彼女は少し大人びていて、落ち着いている。

18歳ということは高校三年生か高校卒業した学年か。


「ところでなんで無職なの? 就活中とかなの?」


「就職活動はしてるよ。無職なのは……えっと……」


嘘は吐いてない。

昨日から活動開始しているし。

ただ無職だった理由となるとやはり正直に言いにくい。

そんな僕を察したのか彼女は椅子の背もたれに背中を預け、深々と座り直した。


「言いにくかったら無理に答えなくていいのに。わたしは高校行かずに居酒屋でアルバイトしてるの。まあフリーターになるのかな」


「あ、一緒だ。僕も高校に進学しなかった」


「へえ。そうなんだ。賢そうな顔してるのに。以外だわ。あ、年上だったんだ……ごめんなさい」


「年上とかそんなの気にしないでいいよ」


「じゃ気にしない! 勇君も気にせず何でも言って。えへっ」


あれ、物凄く可愛いじゃないか。

やっぱり楽しい会話じゃないか。

僕の足元に――足元なのに――両手首がある現実を完全に忘れており、会話を楽しもうとした矢先であった。

何でも言ってという言葉に誘われ、僕は余計な事実を付け加えてしまった。


「実は僕、中学から引きこもりだったんだよね」


場が凍るというが、これが正にそうであった。

「へーそうなんだー」くらいのリアクションかと思ったら違っていた。

さっきまで照れた様子の笑顔から一転し、軽蔑するような視線を飛ばしていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

宜しければ感想や採点してやって下さい。

お待ちしています。

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