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贈り物語り――モンテスキューに憧れて――  作者: 王道楽土
2章 『自由とは、法の許す限りにおいて行動する権利である』
10/22

1 A-SIDE-1

引きこもりだった佐伯勇は今田という男に旅行鞄を託される。

鞄の中身は両手首と銃と一千万円。

考えた挙句、勇は警察へ向かうことになった。

金髪茶髪の二人組が、今田さんとの待ち合わせ場所にいた同一人物かなんて、もうどうでもいい。

あの二人が何者で、拉致して行った人達が何者なのかもどうでもいい。

ただ、兄貴と呼ばれていた人物に関しては、感謝の気持ちはある。

だけど、もう一生会うことはないのだろう。


この鞄を警察に届け、事情を説明すれば普段の生活に戻る。


そう、普段の生活――引きこもって様々なものを浪費し続けた生活から、一転しようとする生活。


警察署の前を通るこの国道を渡れば普段の生活に戻る。


向こう側にある信号機の赤色ランプを眺める。


赤は止まれ。


青は渡れ。


その通りにすればいい。


決められたルールに従えばいい。


そんな当たり前の事を拒んでいたから……。


理屈を捏ね繰り返し現金だけ頂くなど、自由と我儘を履き違えていた僕にはおこがましい。


信号待ちで立ち止まった足は、アスファルトと同化するようにその場に馴染み、青色ランプに変わった信号を見送った。

警察署の前でこのような不審人物がいたら僕でも怪訝にその人物を一瞥いちべつするだろう。


僕に罪があるのかわからない。

罪があるのなら堂々と罰を受ける。

だけど足は一向に進まず、更に不審度が増すばかり。


僕の足を引き止める一千万円と今田さん。


一千万円あればという呆れた思考や、今田さんとの約束を反故にしたくない想いが意識に混ざり込み、立派な不審者を作り上げている。


誰もが正しく生きれるわけがない。でも、


「ごめんなさい今田さん」


僕は自分が正しいと思った通りに行動する。


信号機が青に変わったと同時に僕は前進する。

難なく渡りきり、警察署の正面まで着いた。

この警察署の入り口は一階でなく、先にある階段を上がり二階にある。

入口には刑事ドラマで観るような、門番をしている警官はいない。


普通の行動をとるのにここまで悩む自分が情けない。

踏み出す勇気とよく言うけど、本当にそうだと僕は思う。


何故なら警察署を前に一瞬だけ、立ち止まってしまい動けなくなったからだ。

このままでは門番がおらずとも、不審者としていつか職務質問されるのは間違いないだろう。

決意して立ち止まりの繰り返し。

十分怪しいじゃないか。


――肩にドンという衝撃が走り、僕は90度回転しながら一歩を踏み出す。


「きゃっ」


急に立ち止まった僕にぶつかったのか、後方から来た人がよろめいて転倒してしまったのだ。


倒れた人物は若い女性であった。

手を差し伸べるべきか悩んだが、若い女性を安易に触ってはいけないというネットからの、無駄なのか有効なのかわからない知識が行動を遮った。


「だ、大丈夫ですか!?」


声を掛けても返事すらしない彼女は異様な感じがした。

転倒したら打撲や擦り傷などの痛む箇所を押さえたり、目をやったりするはずだ。

それなのに彼女の目は僕を捉え続け、身を挺して鞄を守るように両手で抱き締めている。


親猫が子猫を庇うように。


もしくは悪しき者から鞄を盗まれないように。


僕にはそんな光景に映った。


声を掛けてから数秒間の沈黙。

見つめ合う二人。

彼女はどちらかというと鞄――白いトートバッグ――を防衛しつつ攻撃的な目をしている。


彼女はトートバッグを大事そうに肩へ掛け直し、立ち上がり沈黙を破る。


「いってぇ……あ、すみませんでした」


タイムラグのある痛さを感じたのか、思い出したのかわからないが、彼女は骨盤付近をさすりながら頭をペコと一度下げ謝罪した。


「い、いえ、僕が急に止まったから……すみませんでした」

 

歳は同年代くらいだろうか。

顔もスタイルも良い彼女の印象は、平凡な感想だけど可愛くもあり綺麗だとも思った。

それ以上の細かい描写を伝えることはもうできない。

なぜなら、彼女はすぐに踵を返し警察署の階段がある方面へ歩きだして行ったからだ。

 

肩に喰らった痛みをさすりながら、僕も警察署の階段へ向かおうと一歩踏み出す。

それはすぐに気付いた。

地面に財布らしき物が落ちている。

落し物だ。

その場所からして、さきほど彼女が転倒していた場所であり、彼女の落し物であると誰でも推測できただろう。

咄嗟に拾うと、やはり財布であった。

使い込まれたこの財布は、元は真っ白だったのだろうと思われた。


そんな事より呼び止めないといけない。


「ちょっと待って!」


先を行く彼女に少し大きな声で呼び止めるも、無視なのか気付かないのかズンズンと進む。

大きな声を出す恥ずかしさを理解してほしいものだ。

気付いていないのなら出し損じゃないか。


「待ってって! 財布落としたよ!」


財布というキーワードにピタリと彼女は止まった。

《だるまさんが転んだ》をしていれば優勝間違いなしの反射神経だった。


彼女はトートバッグの口を広げ、中をごそごそとかき回すように調べる。

その最中に僕は彼女の傍まで駆け寄りもう一度声を掛けた。

今度は普通のトーンで。


「財布落ちてたよ。君のじゃないの?」


背中を見せていた彼女はクルッと反転し、僕が差し出した財布をすばやい手つきで奪い取る。

マジマジと見るわけでもなく、一目で自分の財布とわかった彼女は目線を落とし前髪を弄りながら言う。


「これわたしの。あの……ありがとう」


照れ隠しのような仕草は、お礼を言い慣れていないのか、それとも使い込んだ財布を見られたからか、どちらにせよ含羞がんしゅうの色を見せた。

まあ全く見当違いな理由かもしれないのだけど。


「そっかよかった。それじゃあ」


僕はその足で警察署の階段を上がろうとすると、引き留める物理的現象。

鞄を持った僕の右腕をがっしりと掴む者。

急に触れられる感触に吃驚した僕はつい口に出す。


「うわあ! なに!?」


振り返ると引き留めるのは彼女であった。

彼女はうつむきながら聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。


「■■■■ぶったじゃん」


ぶった? いや、鈍ったと言ったように聞こえた。


「え? なに?」


「お礼。お礼しないと」


さっきの聞き取れなかった台詞は流された。


「お礼?」


「そう。財布を拾ってくれた一割のお礼」


「いいよそんなの。僕が急に立ち止まったんだし」


お金なら一千万円ある。

違う、一千十万円だ。

それに今田さんの事もあり、安易にお金を受け取るのは軽率というもんだ。


「警察署の前でお金の受け取りが嫌なら、中に入って手続きしてからでもいいから受け取って欲しい。なんて言うのか借りを作りたくないの」


警察署で手続きなんてとんでもない。

鞄の中には両手首と銃と一千万円ある。

それを届けに来た人間なんだぞ。

彼女の落し物の謝礼金を頂いてから「あ、これも拾いました」などと鞄を届けることなんて出来ない。

言えるわけがない。

僕が警察でも怪しむどころか、腹が立つはずだ。

なんとしても断らないといけない。


「あの……謝礼は本当に要らない。そう、言葉だけで十分。うん十分だよもう」


「それじゃわたしの気が済まない。そうだ一割のお金が嫌なら、ご飯奢るっていうのはどう?」


昼時にはまだ時間はあるけど、ここまで引き下がらないのは頑固な性格なのか、思いつめたように言った「ぶったじゃん」という言葉に関係があるのか。

どちらにせよ彼女は僕の意見に譲る感じではなさそうだ。


「それで君の気が済むなら……それでいいよ」


「よかった。よし行こう。お礼参りの食事に」


そのお礼参りというのは、神社などで行うお礼なのか、不良が卒業式に行うお礼を指しているのか。

後者であれば僕は理不尽にしばかれるのだろう。

どちらにせよ言葉のチョイスはおかしいけど、僕はつっこむことなく不承不承に彼女と少し早めのランチをする事になった。

僕の事情を知る由もない彼女は少しホッとした様子を浮かべていた。

それに対し僕は少し焦る気持ちを拭い去れない。

折角踏ん切りがついていたのに。早く終わらせたいのと、鞄越しといえど両手首を持参して動き回りたくない。

しかし河川敷で眠り込んだ自分を思い出し、時間にして一時間そこらの食事を頑なに拒絶するのも可笑しな話だと気付いたのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

宜しければ感想や採点してやって下さい。

お待ちしています。

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