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贈り物語り――モンテスキューに憧れて――  作者: 王道楽土
1章 『愚か者は、まじめさを盾にする』
1/22

1 A-SIDE-1

氏名――佐伯勇さえきゆう


年齢――20歳


職業――無職


身長――175cmくらい


体重――不明


生年月日――不明


体格――普通


特徴――ぼさぼさの黒髪で癖毛、左目の斜め下に泣き黒子


住所――修正液で消去


連絡先――料金未払いにより不通 


経歴――中学一年から引きこもり、高校へは進学せずアルバイトも未経験


資格――普通自動車運転免許


趣味――インターネット、読書


親族――両親共に不在で一人っ子、親戚との接触なし


交友関係――なし


やっと動きだした。

生かすも殺すも自由だが意思に従いしばらく観察する。  


 ◇   ◇


子供は母親に我儘を言う。

母親は子供に我儘を言わない。

そんな母親は子供が成人しても我儘を受け入れたと思う。

その子供とは僕であり、我儘を聞いてくれた母はもうこの世にはいない。

ニ年前に食道癌で他界した。


その頃の僕は18歳なのに、高校にも通わず(勿論、大学進学など選択にない)働きもせず、実家で引きこもっていた。

幼稚園から中学一年の一学期までが、強制であり共同であった生活を送った期間だ。


小学生高学年になると他人と接する苦痛は増していき、中学生になった入学式の日に破綻していたのかもしれない。


その中学校は三つの地域から集まった学生によって、クラスが構成されている。

入学式当日、初めてクラスの教室に入ると見慣れない顔同士が、相手の顔色を窺いながら接しているのを垣間見た気持ち悪さは今だ憶えている。

それが化学反応の引き金のように、強い拒否感を植え付けられた。

こんな物言いをすれば僕以外のクラスメイトに原因があるかのようだが、それはない。

僕が勝手に気持ち悪いと判断したのだから。

原因なんて自分の性格にあるくらい、今では重々承知している。


その頃は自分を守るように他人へ責任転換し、物事を決めつけていた。

何もない僕の何を守ろうとしていたのか不思議だ。

敢えて言うなら自尊心なのだろうか。

他の干渉を毛嫌いする僕には親友など一人もいない。

唯一干渉を許す相手であり、話す相手が母だけであった。


母子家庭ではあったが、母はキャリアウーマンでたくましく生活の基盤を支えていた。

仕事内容は詳しく知らないけど、一線で活躍していたと聞いた。

休日も返上して齷齪あくせくと働く母とは正反対に、僕は自室に引きこもって中学生活を完全に拒否していた。

母子家庭であるのを免罪符にして、あれやこれやと後付けの理由をこしらえ、母に我儘を言う。


「片親と馬鹿にされたから行きたくない」


最低な嘘だ。

言葉の警察があれば現行犯逮捕で執行猶予も付かない言葉の暴力。

我儘を通り越していたが母は苦虫を噛み締めたような笑顔で、


「その馬鹿にした子も歳をとれば片親になるのにね。いや、いずれ必ず両親は居なくなるのにね」


その時は深く考えずに「そうだけど」と返事した。

だけど僕の脳に深く残った言葉。


学校や架空の生徒の親に抗議すると言われれば謝罪するつもりだった。

嘘吐いてごめんなさいと。

だが母は「自分で考えて正しいと思うように行動しなさい」と半ば自由意思とも、教育放棄ともとれる言い方で微笑んだ。


そして自分の意思で学校から逃げた。

自尊心やクラスメイトが気持ち悪いという言い訳より、明瞭と深層に根付いたのは『逃げた』という言葉だった。


引きこもって一年目には、不潔な自分がいて、二年経った頃には塞ぎ込むようになり、三年経った頃には将来という願望は消えていた。

季節の変化は曖昧で、昼夜の生活が出鱈目。

母と顔を合わす回数も減り、話すことも少なくなった。


僕は外の世界が暑いのか寒いのか分からないくらいで、母の小さな変化など気付くわけもなかった。

食欲不振により母の体重は減少。

頻繁にでる咳。

いつもと違うかすれた声。

僕は何一つ母の違和感を察知することなく、母は食道癌で入院して二年後に他界したのだった。


僕が当時18歳の悲しい出来事だった。


 ◇   ◇


二十歳になった僕は未だに引きこもっている。

しかし引きこもりはもうじき終焉だ。

はっきりと言い切れる。

僕は引きこもりを脱する。


簡単な話だ。

もうお金がないのである。

母が残した遺産も約三年間の一人暮らしで全て浪費し、一度も働くこともなく(面接すらせず)今日まできた。

身内など母の葬式で初めて合ったがそれきりだ。

親戚の生活まで面倒を見てくれる者などいない。

ましてや成人男性を。


不甲斐ない。

それに尽きると思う。


母を想うと申し訳ないが、自分の意思で進んだ結果がこれである。

惰性した生活を変えようと何度も試みたが、ことごとく心が挫けた。

それは今着ているTシャツと同じで、何度も洗濯すれば綺麗ではあるが首元はだるだるになり、素材は痛んでいく。

一念発起(洗濯)しても成果は得れず、怠惰な生活(首元だるT)が酷くなり僕(素材)は駄目になった。

こんな感じだ。

例えが悪いのは僕の頭と同じなので御愛嬌ってことで。


一、二ヶ月くらいなら家賃の滞納は問題なさそうだけど――あるのだけど――毎日管理会社からの電話や訪問にビクビクするのは御免だ。

それならと最後の残滓ざんしであろう気力を振り絞り職業安定所なる処へ赴いた。


もう入口からして駄目であった。

何というか負のオーラが半端ない。

他人からすれば僕が一番そうなのだろうけど。

開門された入口の横には数人の中年男性や初老男性らしき人達が煙草を吹かしながら辛気臭い顔で話をしている。

煙を吸わないように突き進むと、受付らしき中年女性が立っている。


「すいません。職探ししているんですけど」


「37番ね」


買い物以外で直接人と久しぶりに話すにしてはうまく喋れたが、なんと愛想のないおばさんだ。

背丈が低いおばさんは37番と書かれたカードを手渡してきた。

どうやらその番号のパソコンを使えという事なのだろう。


予想していた手順とかなり違っていた。

学歴や職歴を記入して、面接官みたいな職員と会話して進めていくと推測していた。

なにか僕の手順が間違っているのか不安になり、周りを挙動不審に見渡す。しかし色々な案内場所がありよく分からない。

もう一度あの無愛想なおばさんに訊くのは気が引けたので、37番のパソコンに向かった。


タッチパネルで誰にでも理解できそうな操作ではあるけど行き詰った。

それは職業選択の項目だ。

なにせしたい仕事など無い。

できそうな仕事も分からない。

アルバイトすら経験のない僕が何を選択しろというのだろう。


営業? 一番無理だろう。


販売? 客と上手く会話など出来ない。


製造? 体力のない僕でもやっていけるのだろうか。


困った僕は周りを見渡す。

それにしても人が多い。

買い物以外は普段一人でいる身としては、この人口密度は高すぎる。

懸命な仕事探しのためか皆、殺伐としている雰囲気であり、息苦しくもある。


落ち着かないし気分が悪いので一度出よう。

何かと言い訳を付け加える性格が嫌になるが、今回は本当である。

真夏の異常な温度のせいか、この建物が節電して温度調整を高くしているのか知らないが、非常に暑くて気分が悪い。

外の空気を吸おう。


外に出ると、まだ中年男性達が煙草を吹かしていた。

会話しにきているのだろうか。

そんな事を思いながら職業安定所の門を出ると不意に話しかけられたのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

宜しければ感想や採点してやって下さい。

お待ちしています。

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