魔女のお仕事
あたしは魔女だ。
魔法や薬を売りつけるのが仕事……なんだけど、それだけじゃあこの業界ではやっていけない。世間で最も需要が多いのが魔法具と呼ばれる代物だ。そしてこの魔法具だが、入手するのに驚く程手間暇が掛かる。その割に得られるのは既に知られ尽くされた魔法具だけという、基本的に真理の追求者である魔女達にとっては倦厭されるのも無理はない。あたしだってこんな仕事はしたくないけど、色々事情があったりするのですよ。
今回、あたしが狙うのは最高ランク“白雪姫”。これがまた、本当に大変だ。先ずは、準備段階で王様を誑かして王妃の座を乗っ取らなきゃいけないし、本番では美しい義娘に嫉妬する意地悪な継母の役をしなきゃいけない。
ぶっちゃけかなり大変です。
王様は脂ぎった冴えない中年親父だし、そんな奴に触られるだけでも鳥肌が立つっつーの。その娘は絶対詐欺だろっていうくらい美人だし。
そりゃあね、あたしだって自分の容姿がそこそこイケてるって事は自覚してる。でも白雪姫が生まれる時に王妃に頼まれて、自分が想像する、最高な美人になるよう魔法を掛けた時点でもう負けだろって話よね。嫉妬する要素なんてある訳が無いのよ。寧ろこの最高傑作を創り上げたあたしの腕を褒め称えたいくらいなんだから。しかもこの義娘、何度殺害を試みてもその都度生き返る化け物だし、そのくせ報酬が愛のキッス以外では助からない毒リンゴ一つ、ほんと労力に見合わない魔法具なのよね。
でもこのリンゴ、実はかなり人気商品なの。特に敵同士の恋人達には欠かせないものなのよ。稀に、愛が足りなくて生き返らないっていう例もあるけれど(バルコニーで愛を誓い合った、キャピタルだか水牛だかの某子息令嬢達がいい例だ)、大抵は死んだふりして後でこっそり迎えに行くっていうパターンが多いみたい。
リア充もげろ!
っと、そろそろかな?ぐるぐると指先でかき混ぜていた世界を覗き込めば、魔女に扮する土人形の元へ、地味子な王妃様が訪ねていくところだった。息を吸って〜、吐いて〜。よっしゃあ、いっちょ行きますか!
……………………~~~……………………
テッテテ〜毒リンゴゲットなり〜♪
……あー疲れた。マジやってらんないわぁ。鳩時計を見ればあれから30分も経ってないのに、私の精神は20年も年取ったよ。白雪が生まれて王子が迎えに来るまでいなくちゃいけないからなぁ。あ、結婚式まで出席すると別の魔法具も手に入れられるんだけど、あれはヤバいから手を出さないようにしてるの。ドMじゃないとあの苦行はしんどいだけだし、白雪、恐ろしい子ってトラウマになるらしいから。個人的には小人邸に家宅侵入した挙句に居座っちゃう白雪にドン引きなんだけどね。あの子には常識ってものがないのかしら?しかも、通り掛かりに死体へキッスする王子も王子だし。キモいわ〜。
「お帰りなさい、サーシャさん」
「ただいま〜……って、なんであんたが居るのよ、ヴィルヘルム・グリム!」
ヤツは然も当たり前のようにティーカップを傾けているけど、ここはあたしの家だ。万一の襲撃に備えて施錠もしっかりした筈なのに。
「そりゃ、ここは僕の描いた世界だからさ。正確には君の物語ってことになるかな?」
「は?!いつの間に、」
「ええっと、毒リンゴの依頼がループの最初になるから20回くらい前?」
頭が痛くなってきた。ええと、それってつまりあたしが白雪姫の世界を何度も繰り返すみたいに、この現実もやり直されてるってこと?そんな馬鹿な。だって私は世界に魔法具を取りに行く魔女で……。
「折角、君の王子様が迎えに来てたのに、君ときたら商品だけ売って返しちゃうし話が全然進まなくって。これじゃあ、いつまで経っても眠り姫の呪いが解けないよ」
「眠り姫?」
「うん。序でに雪の女王の呪いも混じってる。君の王子様に振られたと思って、自棄になってそこにあった魔法具を全部発動させちゃったんだよ、君。王子様に助けてくれって僕とアンデルセンさんが呼ばれて、急遽この場を作ったんだ」
「全然憶えてない……」
「だろうね。他にも呪いは色々あったけど、漸くあと二つまでになったんだ。ループしていることに気付いて無かったのも、呪いが段々解けていって、話の筋道が毎回変わっているからさ」
カランコロンと吟味して選んだドアベルが鳴る。きっと新たな客がやって来たのだろう。疑うには余りにも荒唐無稽だが、思い当たる節があるだけに否定することも出来ない。
「ほら、君の王子様が迎えにやって来たよ。今度こそその手を取って彼を信じて欲しいんだ」
立ち尽くしているとヴィルヘルム・グリムに店へ行くよう背中を押される。そこに居たのは、栗色の髪をしたあの人だ。
「こんにちは、サーシャさん」
逆光に紛れて客の顔は見えない。それでも微かに浮かぶ、かの人の面影が甘く切ない想いを呼び起こす。
「いらっしゃいませ、」
彼の名前は何だったのか。口を動かそうとするも思いあぐね、あたしは懇願するように彼を見た。
「グレアム、だよ。サーシャさん」
震える声が耳朶に吹き込まれる。
「……グレアム」
凍った心に零れ落ちる一雫が、忽ち氷を溶かしていく。彼と過ごした時間が甦り、気付けばあたしは彼の腕の中にいた。
「ごめんなさい、グレアム!あたし、あたし……」
「僕も悪かったよ。貴方の相手に嫉妬して、八つ当たりして。あんなに辛い仕事だとは知らなかったんだ。本当にごめん」
「嫉妬してたの?ただの土人形に?」
「貴方に酷いことをする王子達は殺してやりたいし、お姫様達は同じ目に合わせてやりたいって思うくらいには、ね。髪の毛一筋だって誰にも触られたくないんだ」
「グ、グレアム?」
「どうしたのサーシャさん」
にこりと微笑む姿はあたしの知るグレアムで、ちょっとだけ怖いと思ったのは錯覚だろう。錯覚に違いない。
「ううん。気のせいだったみたい」
「そう?じゃあ、最後の呪いを解こうか。……大好きだよサーシャさん。愛してる」
「あたしもよ、グレアム」
目を瞑れば柔らかなものが唇に触れる。
硝子がひび割れるような音が響き、白い世界に包まれた。