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第二回


「また落ちたか」

 長篠城から退去する列の中、強右衛門は背後の長篠城を振り返りながら呟いた。

 天正元年(一五七三年)八月、徳川家康は、武田信玄の死に乗じて武田方に与していた長篠城の菅沼正貞を攻めた。数日の攻囲の後、正貞は城兵の助命を引き替えに長篠城の開城を申し入れ、正貞自身は城を抜け出して信濃へと走った。

 城主を失った長篠城の門から、正貞と共に城に篭っていた五百の将兵が城を退去するために列を成していた。悔しさ、安堵、脱力感。複雑な表情を持った顔が平原を歩いていく。強右衛門もその一つであった。

「それにしても弱い城だ!」

 強右衛門は誰に言うでもなく、吐き捨てるようにそう言った。

 長篠城は二年前にも攻め落とされている。武田方の部将、天野景貫の猛攻を受けた篭城戦で、強右衛門もその戦いに長篠城の守り手として参加しており、今回同様落城の憂き目に遭っていた。

 前回はまだしも、今回の戦は目に余るものがあった。徳川軍が対岸から放った火矢により、武器庫、兵糧庫が尽く焼け落ち、戦らしい戦をするまでもなく落城は決定的となった。長篠城は二つの川に挟まれた堅牢な城砦であると言われているが、その実、短期的な攻防には耐えうるが、長期的な篭城には適さない城であった。事実、篭城戦では尽く敗れており、弱い城と言わざるを得なかった。

 強右衛門は、何か物足りないものを感じながら、作手の村へと帰っていった。脇を通り過ぎる初夏の風は、どこか湿り気を帯びているように感じられた。

 家郷へ着き、戸を叩く。俺だ、と一声かけると、戸が開いて妻の加乃が顔を覗かせる。この加乃というやつは実に男勝りで、言いたいことは相手が誰であろうと忌憚なく言う。勿論、相手が夫であっても変わりはない。

「今日も負け戦だ」

 と強右衛門が言えば、

「あんたは弱いんだから、生きて帰ってきただけでも御の字だよ」

 と返す。言葉は刺々しいものの、嫌味というものは感じられなかった。

 ――そうだ、俺は弱いんだ。槍もろくに扱えない俺が戦で功を立てるなんぞ土台無理な話。加乃の言う通り、生きていただけでも御の字というものだ。

 強右衛門は妙に納得し、すんなりと加乃の言葉を受け入れることができた。そして、加乃は強右衛門の前に粥と酒を並べると、それ以上は何も言わなかった。

 強右衛門は粥を食い、酒を飲みながら、負け戦のことを何とはなしに漠然と考えていた。

 弱い城に弱い男が篭っている。

 強右衛門は、つい先刻落城したばかりの弱い城に、どこか親近感のようなものを覚えていた。


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