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第一回


 裏切ることが不徳とはされない時代であった。

 戦国の世、各地で大名同士が死闘を繰り広げ、力が及ばない者は瞬く間に滅ぼされる運命にあった。例え名立たる名君といえども明日は我が身、ましてや一雑兵に於いては言うに及ばずといったところ。信ずるべきは己の槍捌き一つであり、恩顧を受けた主君であろうと、己の利にならないと判断すれば容赦なく見限るのが戦国の理であった。又、そのようにしなければ立身出世を図ることは当然として、生きることすら難儀する時代であった。

 初夏の昼、威風堂々たる若い大名である武田勝頼の言葉が強右衛門を強く揺さぶっていた。ある一つの条件によって、強右衛門の出世は左右されていた。その条件とは、長篠城に向かって一言発するというもの。ただそれだけで、侍大将に取り立てられるというものであった。

 強右衛門は寄騎を持たない雑兵の身分である。齢三十六、働き盛りの強右衛門からすると、いつまでも雑兵の一人でいるわけにはいかないところであった。そこへ来てこのような誘い。断る理由があるかどうかを熟考するまでもなく、答えは元より決まっていた。

「断る理由などありませぬ。一雑兵に過ぎぬそれがしが三河衆二十五騎の侍大将となれる千載一遇の好機。勝頼様のお心のままに致しとう存じまする」

 強右衛門は深々と頭を下げると、随分長い間額を地面に擦り付けたままにしていた。


 長篠城の北、医王子山に陣取る武田の本陣の中に一人の雑兵がいた。図体ばかり大きく、鈍重で風采の上がらない男である。その男、鳥居強右衛門勝商の元に立身出世の光が見えていた。運のいい男である。武田軍の誰しもが、強右衛門をそのように思っていた。

 医王子山は正午の光を浴びて明るかった。戦が行われているとは思えない程、長閑な午後の光が辺りを漂い、一人の運のいい男の将来を占っているようにも思えた。将兵の殆どは、その午後の光に飲まれて穏やかであった。併し、ただ一人、強右衛門だけが激しかった。

 ――俺は運のいい奴だ! この好機、逃さずにはいられるか!

 強右衛門の胸中に湧き上がる激しい感情。それは如何なるものであったのか。

 そして、それから半日も経たずして、強右衛門は死ぬこととなる。


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