第三話「禁術使いを突き止めろ!」 12
方針が決まった以上、善は急げだった。私とメルエッタちゃんは先導役のナクトゥスさんに従い、町中を全力疾走した。抱えている番重が重荷だったものの、大切な商売道具をその辺に放置しておくわけにもいかなかった。何せこの番重は、端から見れば現実世界にも存在するようなありふれた代物に見えるものの、その実、魔術による特殊な防護処置が施されていて、中に置いた食品の腐敗を防いでくれるという、優れ物かつ高価な魔術用品なのだ。なので、もし盗まれでもしたら大事になってしまうのである。多少スピードが落ちても、ずっと持ち運び続けるしかなかった。
幾つもの通りを抜け、活気溢れる城下町の中央部から遠ざかっていく。やがて、
「……確か、この辺だった筈だよ」
走るのを止めたナクトゥスさんが、声を潜めて言った。
「俺が先頭に立つから、二人は後ろからついてきてくれ。俺が逃げろと言ったら、迷わず逃げるんだ。いいね?」
青年は慎重に歩を進めていく。私とメルエッタちゃんは、音を立てないように注意しながら彼の後に続いた。
閑散とした通りは夕焼けに照らされ、私達三人の他に行き交う者のいない道の上では、人の住んでいないであろう建造物群の影が無数に絡み合い、気味の悪い雰囲気を醸し出している。
しかし、一向に通りを進んでも、私達の目の前に禁術使いと思しき人物や、襲われたという老婆の姿さえ見当たらなかった。
「ナクトゥスさん……」
流石に変だと思い始め、私は呟くように訊ねる。
「お婆さんはどこに倒れてたんですかっ? どこにもいませんけど……」
「待った、動いちゃ駄目だ」
「え?」
突然、小声で発せられた鋭い制止に、私は戸惑いながらも指示に従う。メルエッタちゃんも同様だった。私達が足を止めたのは通りの中でも周囲に脇道の見当たらない一直線の箇所で、両脇には廃墟と形容しても差し支えない建物が連なっている。
私はメルエッタちゃんとチラリと目を見合わせた後、ナクトゥスさんの次の言を待つ。
しかし、彼は私達を振り返らないまま、無言で立ち尽くしていた。
夜も近いのか、朱色に染まっている空の陰りが濃くなる。
青年の足下を彩る影法師が伸び、不気味な幻影を形作った。
「……ナクトゥスさん?」
異様な雰囲気に気圧され、私は恐る恐る彼の背に話しかける。
「どうして、動いちゃ駄目なんて言ったんですか? それに、お婆さんは」
「老婆なんて、いないよ」
青年はボソリと呟いた。無機質な口調だった。
「え?」
彼の発言の真意が分からず、私は目を瞬かせる。しかし、すぐに一つの考えが思い浮かんできた。
「……もしかして、お婆さんは通り魔さんに連れ去られちゃったんですか?」
「いや、通り魔はここにいるよ」
再び発せられた声には、相変わらず感情がこもっていなかった。
「へ? 何処にも人はいませんよ?」
私が慌てて周りをぐるりと見回していると、
「何を言っているんだ」
ナクトゥスさんは私達に背を向けたまま笑った。
「君達の目の前にいるじゃないか」
――え?
瞬間、身体が硬直する。まさか、というような思いが脳髄を走り抜けた。
背を向けて佇んでいる、気さくで優しく朗らかな好青年が、急激に得体の知れない存在へと変質していく。
「そんな……分かりやすい冗談は止めて下さいよっ」
現実を受け入れられず、私は強ばった笑顔を浮かべ、眼前の彼に呼びかけた。
「私達の目の前には、ナクトゥスさんしかいないじゃないですかっ。通り魔さんなんて、何処にも見当たらな」
「もう、薄々は気づいているんじゃないかい?」
優しげな語調で発せられた問いに、私は返答することが出来なかった。ずっと否定しようとしていた一つの推測が、私の意志とは裏腹に、徐々に確信めいたものと化していった。
――でも、そんなわけある筈……。
「どうやら、図星みたいだね」
いつの間にか沈黙していた私にそう声を掛けながら、青年はゆっくりと踵を返し、こちらを振り向いた。
「ごめんね。ずっと騙していたんだ」
彼が浮かべていた笑みは、残虐で、残酷で、けれど、少しだけ寂しげなように、私には思えた。
「君達が探していた『禁術使い』は……俺さ」
夕闇が世界を包み込む中、ナクトゥスさんは静かに告げた。




