第一話「飛ばされて、異世界」 9
ちょっとした善行をした気分になって、少しだけ気分が晴れ晴れするも、やはり空腹感は誤魔化せない。歩くだけのエネルギーもとうとう枯渇してしまい、私は公園の入り口でついにうつ伏せで倒れてしまった。石で出来ている地面に強く頭をぶつける。途端、頭の中に火花が散った。うう、痛いよう。
――あっ、良い事思いついた。
その時、火花バチバチの私の脳内に一つの名案が浮かんできた。このままずっと地に伏していれば、誰か親切な人が私を拾ってくれるかもしれない。名付けて『おぺれーしょん・行き倒れを見捨てると良心の呵責がちょこっとあるぞ』だ。早速、私はスリープモードになり、さっき立案した作戦を実行に移す。
「ねえねえ、見て見て。あそこに誰か倒れてるよ」
「あ、本当だ」
「何か変な格好だねえ」
「じゃ、行こうか」
「お、誰か倒れてるぜ」
「死んでるんじゃねえか?」
「ま、俺達には関係ねえけど」
「まあな。行くか」
「あ、誰か倒れてるわね」
「そうみたいですね。旅の方でしょうか?」
「アタシ結構、好みのタイプかも。家に連れ込んで襲っちゃう? 二人がかりで」
「そんな事しちゃマズいですよ。それに私、先輩一筋ですし……ねー、早く行きましょうよお」
「あれっ? 誰か倒れてるよっ?」
「本当だっ」
「早く助けなきゃっ!」
「空腹みたいだし、ご飯もあげないとっ!」
「ママー、どうしてあの人、こんな所に倒れて一人でブツブツ呟いてるの?」
「しっ、見ちゃいけません」
どうやら、この世界の住人はそんなに優しくないみたいである。
――行き交う人のヒソヒソ声、世間無常の響きがいっぱい……グスッ。
人知れず、私は大粒の涙を流した。いや、大勢の人々が行き交う場所ではあるんだけれども。
でも、そろそろ冗談じゃなくヤバいような気がして仕方がない。何しろ、元の世界でアイスクリームを食して以来、何も口にしていないのである。
――ああ、アイスクリームまた食べたいなあ。でも、この世界にはアイスクリーム無いんだろうなあ。自由にアイスクリームを作れる魔法とか唱えられたらなあ。
そこまで考えて、私はハタと気がついて、もの凄い速度で上半身を起こした。
「唱えられるじゃない!」
周囲の人々の視線が矢のように鋭く体中に突き刺さろうとしたが、私の身体を包み込む幸福感バリアの前には無力同然だった。そう、今の私には女神様から授かったアイスクリームの魔法がある。それを使えば、すぐに現在抱いている飢餓感を脱する事が容易な筈だ。
「確か材料が必要なんだよね……あ、コレで良いや」
私は近くに落ちていた灰色の小石を拾った。選んだというよりも、手の届く範囲にあった物体がこれしか無かった為である。栄養不足による気怠さで移動するのが面倒だったのだ。
「えっと……どう使えばいいんだろ。願えばOKなのかな?」
私は小首を傾げながらも、目を閉じて強く念じる。
――アイスになあれっ!
私が心の中で呟いたその瞬間、真っ暗闇の筈の視界に目映い光が飛び込んできたと同時に、右手に握りしめていた小石が奇妙に変化するのを感じ取る。光が収まった後、私は恐る恐る目を開いた。持っていた筈の小石は既になく、私はその代わりにコーンの部分を手にしていた。そして勿論の如く、その上には灰色のアイスクリームが盛られていた。尤も、使った材料が小さかった為か、量は少なかったけれど。この際それはどうでもいい。食料を調達出来たという事が重要なのである。
「やったっ! アイスクリーム頂きまーす!」
初めて毒舌女神に感謝しながら、私は口をあんぐりと開けて目の前のスイーツを頬張ろうとした。
――頬張ろうと、した。
「ぐぎぎ……ごが」
硬かった。第一印象はコレである。アイスクリームっぽい形状をしているのに、まるで石をそのまま食っているように硬い。どうやら、元の物質の性質はそのまま適用されるらしい。
「……ってそんなの何となく察する事が出来るじゃないっ! 私のバカバカバカァ!」
「何であの人、自分で自分の事を貶してるの? それも大声で。しかも公園の入り口で」
「きっと、頭が変な人なんだよ。近寄ると危ない」
通りがかったカップルの会話が耳に入り、私は大きな精神的ダメージを食らった。どうやら幸福感バリアがいつの間にか消失していたらしい。
「まさか、コーンの部分まで石みたいじゃないよね」
疑心暗鬼になりつつ、私は問題の部分を少しかじる。そして、少しホッとした。コーンの部分は普通の味だ。ここの生成に関しては材料が関係ないらしい。その時、とある案が脳裏を駆け巡った。
「あ、それならコーンだけ食べればいいんだ」
我ながら最高の閃きである。自分に感心しながら、私は残ったアイス部分をその辺にポイ捨てし、また新たな小石を拾って、
「アイスになあれっ!」
しかし、全く反応が無い。
「あれ、どうして……?」
私は先ほどよりも大きく首を傾げたのだが、やがてある事実に思い当たった。
「あっ!」
小さな叫び声を上げた私の脳内に、毒舌な女神様が最後に告げた言葉がそっくりそのまま再生された。
――あ、そうだ。コーンの部分は特別サービスで無料付け足し出来るようにしておきます。ただし、自分で一度でも口付けてしまった場合は、前のアイスの九割を食べきった後でないと、百時間の間は別の物体をアイスには出来ません。それじゃ、頑張って下さいね。