第三話「禁術使いを突き止めろ!」 4
ナインシィさん達と別れて、数時間後。貴族達の夕食会が行われた大広間に隣接する召使い用の待機所である一室の中、私は上司二人と相対し、床に頭を垂れて土下座していた。
「で、言い訳はそれで全部ですか?」
「は、はい……」
アデライザさんの冷ややかな声に、私は頭を上げる。忽ち、腕組みして自分を見下ろしているメイド長の般若の如き顔が視界に入った。彼女の傍らには、自分の直属の上司である料理長の姿も見受けられる。
「全く……」
言葉も容易に出てこないほど立腹しているのか、彼女は怒りを押し殺すように息を吐いた。
「間一髪で間に合ったから良かったものですよ。もし、貴女の到着が後僅かに遅れてでもいれば、私達だけでなく、王にまで恥をかかせるところでした」
「すみません……」
心の底から、謝罪の言葉を呟く。アデライザさんの発言通り、私は自分の仕事をこなす事自体は出来た。城に到着した時には、都の貴族達を集めて取り行われた晩餐会は既に始まっていたものの、食後のデザートを彼らに出す時間には間に合ったのが幸いだった。
しかし、実際の仕事に支障が無かったとしても、アデライザさんの指示を完全に無視してしまった事実は変わりない。
「ミズホちゃん、流石に今日のミスは僕も頂けないよ」
黙って様子を眺めていたジョニールさんが発言した。普段は滅多に怒らない彼だけに、穏やかな諫めの言がひどく心に染みる。
「確かに、自分の友達が理由も分からず兵隊に連れて行かれたら、誰だって心配になるだろうとは思うよ。しかし、だからといって大事な仕事をほったらかしにして良いわけがない。貴族の皆様へのもてなしを忘れるなんて、言語道断さ」
「はい……」
「私個人としては」
追い打ちを掛けるように、アデライザさんが再び口を開いた。
「今回のミスを王に報告して、然るべき処置を取るべきだと思いますね。例えば、給料を下げる、生活レベルを下げる、或いは……」
と、彼女はそこで一度言葉を切り、眼鏡の右端を押し上げる。彼女の両目を覆う透明なレンズが、シャンデリアの輝きを帯びてギラリと光った。
「……城での地位を剥奪する、など」
――そ、そんな……。
彼女の声を聞いて、私は愕然とした。コンテストを勝ち抜いて、ようやく掴み取った国王召し抱え菓子職人というポジション。その職を解雇されたりしたら、私はまたしても定住の地を失い、路頭に迷う羽目になってしまう。
異世界にやってきた当初は、ドーサックさんの家に住まわせてもらっていたが、しかし……。
――今はメルエッタちゃんがいるから……。
ドーサックさんも、ナインシィさんも、まるで小学生のような幼い風貌をしている可愛い彼女に首っ丈だ。特にドーサックさんは、何かにつけて私とメルエッタちゃんを比較するほどにデレデレだ。かつて私の使用していた部屋も、今では元々の主であるナインシィさんとメルエッタちゃんの寝床と化している。
つまり、今の私にはいざという時に頼みに出来る場所すら無いのだ。
「うっ、ううっ……どうか、どうか御慈悲を……」
部屋に敷かれた色鮮やかな絨毯に大粒の涙をボトボトと落としながら、懸命に免罪を請う。しかし、目の前にいる彼女は冷淡な口調で、
「王国の威信に関わる世界で、泣き落としなど通用しません」
と、無慈悲な宣言を突きつけてくる。
「そんな……」
クビという二文字が脳裏をよぎり、気分が胃の底まで急激に落ち込んでいく。
「……ですが」
しかし、解雇の恐怖に怯えて号泣する私の心を救済したのは、他ならぬアデライザさんの声だった。
「私の指示に従わなかったにせよ、実際に仕事を怠ったわけではないというのも事実です。というわけで、今回は多めに見ましょう」
「……本当ですか?」
「ええ、ですから」
彼女は私の顔の真下をチラリと一瞥して、
「それ以上、高価な絨毯を汚すのは止めなさい。さもなければ、私の考えが変わるかもしれませんよ?」
「は、はいっ」
私は瞬時に涙をストップさせ、胸の奥でホッと胸をなで下ろす。
――良かった……また雑草で飢えをしのぐ生活をせずに済んで。
だが、ホッとしたのも束の間。
「ですが、二度と同じ間違いをしでかさないように、罰は受けて頂きます」
アデライザさんの冷然とした声が室内に響きわたった。
――ふえ? 罰?
一体、どんな事をさせられるのだろう。目を点にした私に対し、アデライザさんは罰に関する説明を始めた。城五階の廊下の突き当たりに、現在は使用されていない空き部屋が存在する。本来ならば定期的に手入れを行うべきなのだが、城には他に清掃を優先するべき場所が多数存在する為、こういった来客者にも見られない箇所はメイドによる掃除で後回しにされがちだ。結局、数年に渡って放置され続けている。
「今回、貴女にはその部屋の清掃作業を行って頂きます」
「清掃作業……」
要するに、ずっとほったらかしにされている部屋があるから、私に綺麗にしろというわけだ。
――ならば、お安い御用ッ!
まだ現実世界にいた頃、私は家事をサボりがちな母に変わって家の清掃をよく行っていた。掃除は大好き、いうなれば趣味。自分の部屋は定期的な整理整頓を欠かさなかったし、その日課は異世界にやってきてからも変わらない。
そんな私にとって、空き部屋の清掃などというペナルティはいともたやすいもののように感じられた。勿論、それを正直に伝えれば別の罰に変更されるかもしれないので言わないが。
――むっふっふ。これはある意味、儲けたかも……。
「明日は朝から自分の仕事を終えた後、すぐに清掃へ取りかかって下さい」
心の中でほくそ笑んでいる私に気がついていない様子で、アデライザさんは言葉を続けた。
「勿論、作業が終わるまで外出は許しません。もう一人、貴女と同じ罰則を受ける者がいますので、その者と協力して清掃を行うように。いいですね?」
「はい、分かりましたっ」
――でも、もう一人って誰なんだろう?
元気よく返事をしながらも、私の脳裏には微かな疑問が浮かんでいた。




