第一話「森の小さな魔女」 6
「なんだ、クラールさんだったんですか……私、てっきり凄腕のシーフか闇の暗殺者かと」
「アハハ、ごめんね。驚かせちゃって」
「ホントですよっ……あれ?」
ホッとしたのも束の間、爽やかな笑みで誤魔化されていたとある真実に思い至った私は、自然と首を傾げていた。
「でも、どうしてクラールさんが私の部屋にいたんですか?」
そう、幾ら一国の王子といえども、れっきとした不法侵入者であることには変わりないのである。
「え、いや」
指摘を受けたクラールさんは、ギクリと硬直し、
「その、実は……」
視線を上下左右様々な方向へ向けて言葉を濁した後、やがて意を決したように口を開いた。
「……みんなに今日も追いかけ回されてさ」
その言葉に、ああ、と私はすんなり納得出来る理由に思い当たった。
「例によって、無理矢理お見合いに連れていかれそうになったんですかっ?」
「うん」
私の問いかけに、彼は肯定の頷きを返してくる。王子であるクラールさんは、幼い頃から多くのお見合い話を持ちかけられていた。しかし、本人は結婚というものに全く興味がないらしく、臣下から半ば強制的にお見合いの場所へ連行されそうになっては、その度に城から逃げ出しているのである。
ちなみに、激化する逃走劇に対応しようとした結果、クラールさんは針金による鍵開けなどの妙な技術を体得したらしいので、私の部屋に侵入したのも、恐らくはそのスキルを使っての行動だったのだろう。
「いつもはもっと簡単に逃げ出せるんだけど、今日はいよいよ追い詰められそうになって……」
「それで私の部屋に隠れてたんですか?」
「そういう事なんだ。本当にごめんね、勝手に部屋に入ったりして……あっ、それと」
何故か、クラールは急に慌てだしながら、
「決して、ミズホちゃんの部屋を物色したりはしてないよ。本当さ。神に誓って僕は……」
「大丈夫ですよっ」
彼の言葉を途中で遮り、私はニッコリと笑った。
「クラールさんはそういう事する人じゃないって、私ちゃんと知ってますから」
「ミズホちゃん……ありがとう、信じてくれるんだね」
「勿論ですよっ……あ、それじゃメイドが出払ってるっていうのは……」
「メイドが出払ってる?」
「はい」
目をパチクリとさせた彼に、私はジョニールさんから聞いた話を教えた。
「……いやはや、こりゃ参ったなぁ。やっぱりそうだとは思ってたけど、まだ僕を探してるのか」
クラールさんは立ち眩みでも起こしたかのように額を押さえた。
「しかも、城中のメイドを総動員……こりゃ、今日は何が何でも僕を強制連行するつもりだな」
「けど、もう夜遅いですし……出ていっても大丈夫なんじゃないですか? 流石に、今からお見合いなんて出来ないと思いますけど」
「それがね」
クラールさんの説明によれば、今回のお見合い相手は遠方の街より公用でやってきた貴族の娘なのだそうだ。元々、娘は都の観光目的で父親についてきたらしいのだが、謁見の際に彼女の器量の良さをクラールさんの父である国王がたいそう気に入ってしまい、貴族の一団が都を出発してしまう明日の早朝までに息子と引き合わせ、あわよくばトントン拍子で婚約まで済ませてしまうよう、配下の者達に厳命を下してしまったのだという。
「しかも、今回は用意周到に事を運ばれてしまってね。僕がお見合いの話を察知した頃には、城の出入り口という出入り口を兵士によって塞がれてしまったんだ」
「クラールさんのお父さんは、お見合い話一つでそこまでやっちゃうんですか……」
「あそこまでいくと、もう病気さ」
クラールさんは深い溜息をついて、
「他の者達も、僕を生け捕りにすることだけに執着してて、僕を会場に連れ出すのが最終目的になっちゃってるし」
「まぁ、兵士さん達もメイドさん達も、王子に赤っ恥かかされてますもんね。ある意味、仕方ないかも……」
私自身、クラールさんが城の者達に執拗に追いかけまわされている現場を、何度か目にした経験がある。中でも、逃走するクラールの後を、メイドさんの大群が追いかけていた場面に遭遇した光景は、強く印象に残っていた。
可愛らしい服に身を包んだ、これまた愛くるしい容姿の女の子達が、親の仇を睨んでいるかのような鬼気迫るもの凄い形相で、ある者は片手に血塗れの果物ナイフを持ち、またある者は自身の身の丈ほどもある長槍を両手に握りしめ、またまたある者は大木ですら真っ二つに切り裂けそうな大斧を振りかざしながら、もの凄い速度で廊下を駆けていった恐ろしい光景は、忘れたくても忘れられない衝撃を私の心に刻みつけた。
思い出しただけで、体がガクガクと震えてしまい、ペタンとその場に力無く座り込んでしまいそうになるほどである。
「その気がなくても、一回くらいお見合いに行ってあげたらどうですか? そうしたら、少しは王様も城の人達も気が鎮まると思うんですけど……」
「うーん、最初から交際する気がないのに見合いの席に着くというのは、その女性に対して失礼な行為じゃないかな?」
「そういうもんですかね? お見合いに来てすらもらえないのも悲しがられるような気がしないでもないですけど……」
「……んー、そんな考え方もあるのか」
暫く、クラールさんは腕組みをして真剣に考え込んでいた様子だったが、やがて小さく首を振って、
「けど、僕自身、やっぱり気が進まないんだよなぁ。僕の意志も関係なく、いつも周りが勝手に決めちゃうし」
「……取りあえず、部屋の明かりをつけますね。ずっと暗いのもなんですから」
悩んでいるクラールさんにそう声を掛けて、私は部屋中央に設置してある丸テーブルまで歩いていくと、その上に置いてあるランプに火を灯した。たちまち、ぼんやりとした光が部屋を明るく照らし始める。
カーテンも開こうと思い、私は窓際に寄り、花模様の布に手を掛けた。が、幕を引こうとして、途中で思いとどまる。
「……クラールさん」
「ん、何だい?」
「皆さん、まだクラールさんのこと探してるみたいです」
私の視線の先には、城の庭でしきりに言葉を交わしている人々の姿があった。ここは二階ではあるものの、一階部分の天井が高いので、結構な高所だ。とはいえ、遠目から見ても彼らの様子は普通でないように思えた。姿を消した王子を皆で心配しているというよりは、何としてでも彼を捕まえようと士気を高めているような、そんな様子だ。
外の状況を説明すると、クラールさんは再び無言で物思いに沈んでいったが、やがて、
「ミズホちゃんがもし良ければ……ほとぼりが冷めるまで、此処にいてもいいかい?」
と、途方に暮れたような口調で言った。
「今の彼らだと、僕の命を奪ってでも見合いに連れて行こうとするかもしれない」
「さ、流石にそれは無いですよっ……多分」
庭にいた人達が一人残らず武装していたことは、伏せておいた方が良いと思った。
「と、とにかくっ。クラールさんが部屋にいても、私は全然構わないですよっ」
「ありがとう、ミズホちゃん」
私の了承の言葉を受け、クラールさんはホッとしたように表情を緩めて微笑んだ。
「本当に助かるよ」




