第一話「飛ばされて、異世界」 6
「え……治療費ですか?」
背中や首筋にじんわりと冷や汗をかき始めている私に気づいているのかいないのか、癒し手の女性はその笑顔を崩さずに、
「そりゃあ仕事だもの、お金は取るわよ」
至極まともな意見ではあるのだが、今の私は一銭も持ち合わせていない。全財産はコンビニで買ったアイスクリーム一つの前に消えてしまっていた。
「あ、あの、あのですね」
私は焦りながらも、何とかこの場をしのぎきろうと少ない知恵を必死に絞り出して言葉を紡ぐ。
「私はただの行き倒れで、何も助けてほしいと頼んだ覚えはなくてですね、無償ならまだしも有償の治療は……ヒィッ!」
話を続けるうちに、満面のスマイルを浮かべている彼女のこめかみにいくつもの怒りマークが出現していき、私は恐怖心から小さな叫びを上げた。怒ってる。笑ってるけど絶対怒ってるよこの人。
「えっと、つまりあなたはこう言いたいのかしら? 『助けを求めたわけではないのだから、治療を受けても金は払わないです』って」
「ご、ごめんなさいっ! 冗談ですっ!」
暗黒のオーラを纏いながらどこからともなく取り出した包丁を撫でさする彼女に対し、私は滝のような涙を流しつつ慌てて謝罪した。殺される。このままじゃ殺されるよ。
「じゃあ、お金は払ってくれるのね」
「そ、その事なんですけど」
「まだ、何か?」
「私、お金無いんです」
ピキッ。そんな効果音と共に、女性は石のように硬直した。
「聞こえなかったわ、もう一回言ってご覧なさい」
「お金が無いんです」
「もう一回」
「お、お金がありません」
「そう、じゃあ体で払ってもらうから」
「ええええええ!?」
あまりにもナチュラルに浴びせられた鬼畜発言を受け、私は震え上がった。やっぱり、ここは行き倒れの人間を拾っては、あんな事やらこんな事やらをさせて非合法な金儲けを企てている店なんだ。やっぱり卑し屋じゃない。
――に、逃げなきゃ。
そんな一心で、私はベッドから跳ね起きると側にあった窓に腕を伸ばした。しかし、その手は石化の解けた彼女にガッチリと掴まれる。
「ひ、ひえっ」
「逃がさないわよ、お嬢さん」
眼鏡をギラギラと光らせて、怪しげな笑みを浮かべながら私を部屋の外へ引きずっていく女性。何とかもがいて彼女の魔の手から逃れようとしたが、努力の無駄だった。
「い、嫌っ! 誰か助けて! お母さん! お父さーん!」
私の悲痛な叫びは、閉じていく扉に阻まれて誰かに届く事は無かった。
小綺麗な木製の廊下を通り、私が連れてこられたのは突き当たりの一室だった。
「あの……」
目の前に広がる異様な光景を前に、私はおずおずと傍らの女性に訊ねる。
「この生き物達、何ですか?」
「知らないの? スカンクよ」
「ス、スカンクって……」
改めて、私は室内を見回す。そこは一室丸々使ったペットの住居とされているようで、所々に餌入れと獣用トイレ、それに遊び道具が置かれている。そして、そこら中に白と黒が入り交じった体色をしている猫のような生き物の姿があった。顔は猫というよりは、むしろ鼠に似ている気がするけれど。恐らく、これがスカンクなのだろう。数は恐らく、二十匹は下らない。
――でも、友達に聞いた話じゃスカンクって。
「あの、どうしてこんなにスカンク飼ってるんですか?」
「知らないの? 今この場所じゃスカンクがペットとして大流行してるのよ」
「えええええ!?」
平然と口にする彼女に対し、私は絶叫せざるを得なかった。なんでスカンクなんだろ。
「何よ、口を大きくあんぐりと開けて」
「だ、だって! スカンクって凄い悪臭がするって」
「それは敵だと判断した相手が近くにいる場合よ。飼い主にそんな攻撃はしないわ」
ねー、ゴマちゃん。舌足らずな甘い声を発しながら、彼女はしゃがみ込んで近くにいた一匹の頭を撫でさする。そのスカンクは心地よさそうに目を閉じていた。うわあ、癒し手さんの顔もどこか恍惚としてる。
「とにかく」
打って変わって冷静な言葉を発しながら、彼女は立ち上がる。
「私は仕事で忙しいから、あんまりこの子達の為の時間が取れないの。だから、あなたがこの子達の遊び相手になってあげて」
――はい?
「それで、治療費はタダにしてあげる。今日の夕方くらいになったら呼びに来るわね」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ」
部屋を後にしようとする女性を私は慌てて呼び止めるも、
「何? まさか働かずにタダで出ようだなんて思ってないわよね」
「……はい」
女性の睨みに身が竦んでいるうちに、私の目の前で扉がバタンと閉じる。私は盛大に溜息をついた。
「まあ、しょうがないよね。お金がないのは事実だし」
そして、後ろを振り向いた途端。私は目を見開いた。全てのスカンク達が、私に敵意ある眼差しを向けていたのである。
――もしかして、敵って認識されてる?
「あ、あの。私ってば怖い者じゃないですよ。あはははは」
乾いた笑い声を上げながら私は後ずさる。しかし、ドアが無情にも私の後退を阻止してガタンと音を立てた。
そして、次の瞬間。スカンク達は一斉に私に背を向けて……。
「え、やあ、へ、へにゃああああああ!」
狭い室内に、私の絶叫が木霊した。




