最終話「私の大切な人達」 10
「よいしょっと……」
私は魔法の番重を首に掛け、その中に様々な果物を入れていく。手軽に食べられる物は多く、家に持ち帰って食べるような物は少な目にだ。
勿論、その内の約半分をアレに変える事も忘れない。
――アイスになあれっ!
手をかざして念じると、色彩豊かなアイスクリーム達があっという間に出来上がった。
「あら? 見たことない食べ物ね」
振り返ると、ドーサックさんの奥さんが興味津々といった様子で、番重の中にあるアイスクリームを見つめていた。
「ソイツは凄いデザートだぞ」
店番に立っていたおじさんが誇らしげに叫んできた。
「なんせデザートコンテストで優勝して、あの王様がお気に召された代物なんだからな」
「まあ、本当に?」
彼女はびっくりした様子で目を瞬かせる。
「ああ。この前に俺も食ってみたが、なかなか美味かったぞ」
「へえ、そうなの。私も食べてみたいわ」
「食べますかっ?」
「あら、いいのかしら?」
「多分、良いと思いますよ。これってドーサックさんの売り物ですし」
「おいおい、勝手に決めるなよ。まあ、構わんが」
おじさんの了承も得れたので、私は好きな果物を訊ねる。奥さんは苺だと答えた。私は大きく頷き、鮮やかなピンク色をしたアイスの乗ったコーンを彼女に手渡す。彼女は受け取ったそれをしげしげと眺めた後、ゆっくりと口元へと運ぶ。たちまち、彼女の顔に輝かんばかりの笑顔が浮かんだ。
「美味しいわね、コレ! 何ていうデザートなの?」
「えへへ、ありがとうございますっ。名前はアイスクリームっていいます」
「へえ、アイスクリームねえ……氷とはちょっと違うみたいだけど」
私が喜びを噛みしめている間に、彼女は早くもアイスを平らげてしまった。そして、彼女は首を傾げつつ呟く。
「でも、こんな不思議な食べ物、どうやって作ってるのかしら」
「魔術師達が名前すら付けてない魔法で作ってるらしいぞ。何でも、女神様から貰ったんだそうだ」
「あ、ドーサックさんってまだ信じてないでしょ」
「当たり前だ」
おじさんは陽気に笑いながら、
「異世界がどうとか、そんな夢みたいな話、信じられねえよ」
「うー、本当の事なのに」
「でも、羨ましいわ」
彼女はうっとりと両目を瞑りながら、独り言のように呟いた。
「私もこんな素敵なお菓子を作れる魔法が使いたいわ。もし名前があったとしたら……そうね、『アイスクリームの魔法』とでもいうのかしら」
「それじゃあ、販売に行ってきますっ」
「おお、気をつけてな」
「頑張ってね」
「はいっ!」
ドーサックさんと奥さんに見送られ、私は店を出発する。走ろうかとも考えたが、つい先ほど全力疾走したばかりなので、歩いて広場まで向かう事にした。
――そういえば、この世界に来て結構経つんだよね。
もうすっかり見慣れた通りを進みながら、私は胸中でしみじみと呟く。最初、広い草原のど真ん中に放り出された時は一体どうなるかと思った。人生初の野宿を経験したり、危うく投獄されかけたり、振り返れば色々あったけれど。その度、私はほんのちょっぴりくらい成長出来たような気がする。ほんの、ちょっぴりだけ。
「……よくよく考えると、がむしゃらに突っ走ってきただけのような?」
首を傾げながら自問自答しているうちに、私は目的地へとたどり着いた。ふと見上げれば、見渡す限り空色の快晴。穏やかな風が吹き抜ける昼前時は絶好の外出日和だ。普段と同様、憩いの広場では様々な人々が思い思いの時間を過ごしている。子供連れの母親、楽しそうに談笑している恋人達、椅子に腰を下ろして休んでいるお婆さん、その他大勢の人達。そして勿論、そんな彼らを相手に商売をしているライバル達の姿もあった。目の前に広がる光景をぼーっと眺めながら、私はふとドーサックさんの所で働いていた日々を回想する。最初の頃は店外での商売に戸惑っていたが、今ではすっかり慣れたものだ。
――クラールさんの顔を初めて見たのもここだったよね。
あの時も、今朝みたいに無茶をして城を抜け出していたのだろうか。いつも城内で繰り広げられている壮絶な追いかけっこを想像して、思わず口元が綻んでしまう。恐らく、この町に住んでいる殆どの人が、王子がどれだけ死力を尽くしてここまで逃げ延びているか知らないに違いない。そういえば、二階から飛び降りてまんまと走り去った彼は今、一体どこで何をしているのだろう。何となく、今日も広場にふらっと現れていつものアレを買っていくような気がする。本当に、何となくだけど。
――さてと、ちゃんと働かなきゃ。
私は番重を抱える手を強め、気をしっかり引き締める。手伝いとはいえお小遣いも貰えるのだから、その分はしっかり稼がなくてはならない。
一つ、大きく息を吸い込んだ後。
広場中の人々に向けて、私は元気一杯に、いつも通りの大声を張り上げた。
「美味しい果物はいかがですかー! 冷たいアイスクリームもありますよー!」
雲一つない爽やかな青空の下、今日も私の仕事が始まる。




