最終話「私の大切な人達」 9
「えっと、その、あの時はお世話になりました」
未だに困惑しながらも、私は軽く頭を下げる。
「いいのよ、私も道を教えてもらったんだから、あの時はお互い様」
「何だお前ら、知り合いだったのか」
ドーサックさんは目を丸くして私と謎の美女を交互に見やる。彼女はフフフと口元に手を当てて上品に笑い、
「前にちょっとね。ところで、もしかしてこの子が?」
「ああ、さっき話した、お前のいない間に住み込みで働いてた奴さ」
「なるほど、そうだったの」
彼女は私に向かい、済まなそうな笑顔と共に両手を合わせて、
「随分、苦労したでしょ? ごめんなさいね。この人、お店以外の事になるとかなり怠け者だから」
「あ、何となくそんな気がしてました」
「お前……手伝い分の給料減らすぞ」
「ひあっ!? そ、それだけは止めて下さいっ!」
「もう、貴方ったら。止めなさいよ、子供相手に」
恐い顔をして私を睨むおじさんの肩を、彼女は親しげに軽く叩く。その光景を眺めているうち、私は先ほどまで感じていた疑問を再び思い出し、そのまま口に出した。
「あの、気になっていたんですけどっ。二人はどんな御関係なんですか?」
「夫婦なの」
平然とした調子で彼女は答えた。
「へー、夫婦なんですかっ」
「……って、ええええええええ!?」
意外過ぎる真実に、私は表に響きわたるような大声量で絶叫してしまった。片や厳つい風貌の髭親父、片や容姿端麗なカウガール。どう考えてもミスマッチ過ぎる組み合わせだ。二人を交互に見つめながら、私は半ば放心しつつ口を開いた。
「まさか、信じられないです……」
「おい、どういう意味だそれは」
「ウフフ、よく言われるのよ」
夫婦はそれぞれ正反対の言葉を私に向けてくる。しかし、戸惑いの気持ちが心中に渦巻く中、私は過去にした会話をふと思い出した。私がコンテストに出場するとドーサックさんに伝えた、あの日の話だ。
――あれ?
一つの疑問が生じ、私はおじさんに質問した。
「でも、ドーサックさんの奥さんって、亡くなられてたんじゃないんですか?」
「はぁ!?」
「え? ちょっと貴方、どういう事よ」
今度はおじさんの方が驚きの声を上げた。一方、妻の方は眉を潜めて夫を見つめる。
「まさか、そんな嘘で女を引っかけて浮気でも……」
「おいおい、誤解だ! 俺はそんな事を言った覚えないぞ!」
「言いましたよっ、確か……」
私は天井に視線を移し、ドーサックさんが口にした内容を思い出しながら、
「遠い所に行っちゃったとか、何とか」
すると、彼女はすぐに険しい表情を崩し、
「あ、それはそっくりそのままの意味」
と、朗らかな調子で私に告げてきた。
「そっくりそのまま?」
「うーん、詳しく話せば長くなるんだけど……」
謎の美女改め、ドーサックさんの奥さんは恥ずかしそうに頬を染めながら、喋り始める。
「まあ、簡潔に言えば、ちょっと大喧嘩しちゃってね。私、凄く頭にきちゃって。それで後先考えずに飛び出しちゃったのよ」
「ううむ、後になって考えると」
おじさんは腕組みをして、沈んだ口調でポツリと洩らすように言う。
「俺もだいぶ悪かったよ」
「そんな……私もよ」
彼女もまた表情を暗くして、
「家出してる間、ずっと後悔してたの」
「俺もさ。いつも君の事ばかり考えてた」
「ごめんなさいね」
「俺の方こそ、済まなかった」
お互いに謝罪の言葉を述べた後、どちらからともなく、二人は熱い抱擁を交わした。
「愛しているわ! ダーリン!」
「俺もさ! ハニー!」
そのまま、ぶちゅーっと濃厚なキス。それを呆然として、私は見つめていた。
――ダーリンって……ハニーって……ぶちゅーって。
私の中にあったドーサックさんの豪傑なイメージが、ガラガラと盛大な音を立てて崩れていった瞬間であった。
あれから少し時間が経ち、二人が落ち着きを取り戻した頃。またもや疑問が首をもたげ、私は質問を重ねた。
「でも、どうして今になって帰ってきたんですか? 私と森で出会ってから、随分と経ってますけど」
「実を言うと私、ちょっと方向音痴なの。森は無事に抜けられたんだけど、そこから王都に帰るまでが時間かかったのよ」
――遠目からでも、お城くらい見えるんじゃないかなぁ。
ちょっとどころか、だいぶ酷いんじゃないだろうか。私はそんな気持ちを抱いたのだが、おじさんの方はそうでもないらしく、
「そんなハニーも可愛いさ」
「もう、ダーリンったら」
と、先ほどから開始したラブラブムード好評継続中である。どうしてだろう。円満過ぎる二人を眺めていると、頭が重くなって仕方がない。
「私の流した涙、返して下さいよ……」
私の独り言に、平常に戻ったドーサックさんは溜息をつきながら、
「お前が勝手に勘違いしただけだろうが」
「だって、あんな言い方されたら誰だって誤解しますよっ」
「大体、あの時お前は泣いてなんてなかったじゃねえか」
「号泣しましたよっ」
「いつ、どこでだ」
「時刻は昨夜、場所は夢の中です」
「夢ん中の事まで面倒見切れるか!」
とにかく、とおじさんは溜息混じりに言葉を続ける。
「遅刻した分、外で稼いでこい。こっちだって一応、金出してるんだからな」
「うー、人使いが荒い……」
「文句言う暇があったらさっさと行け!」
「はーい、分かりましたよっ」
頬を膨らませながら、私は準備の為に店内へと入った。




