第四話「珍しき果実を求めて」 12
「へっ?」
つい間抜けな声を洩らしてしまった私の前に現れたのは、緑色の葉っぱを全身にくっつけた一人の女性だった。その特異な外見に、私の意識は吸い寄せられる。まず目に付くのは、その衣装だ。ウエスタンブーツにダスターコート、そしてテンガロンハットを身に纏うその姿は、西部劇に出てくるカウボーイを連想させられる。女性なのでカウガールだけれど。
また、彼女自身も人目を引くには十分過ぎる容姿を誇っていた。腰までかかる豊かで美しい金髪を筆頭に、タレ目気味でパッチリとした蒼い瞳、スラリと高い鼻に艶やかな唇、コートの上からでも出るべき所はしっかりと出て引っ込むべき所はしっかりと引っ込んでいると分かる肢体。
一言で表すなら、まさに『包容力がありそうな美女』だった。同姓である私もつい見とれてしまう程の。
――うわぁ、すっごいないすばでぃー。
「貴女、もしかして城の方?」
ゆったりとした口調で訊ねられ、私の意識は慌てて現実に引き戻された。
「いいえ、違いますっ」
「あら、そうなの。でも、どうしてこんな所に?」
「それは……」
かくかくしかじか。私が今までの経緯を掻い摘んで話すと、謎の美女は、
「あら」
と、小さな瞬きを何度も繰り返した後、森の一点をそのほっそりとした指先で示し、
「パイナップルには向こうで見かけたわよ」
「え、本当ですかっ?」
「本当よ」
期待に目を輝かせた私に対し、彼女は惚れ惚れするような微笑みを浮かべてゆっくりと頷く。
「お土産に持って返ってあげようとも思ったんだけど、かさばるし面倒でね。そのままにしておいたの。きっと、まだ生えている筈よ」
「教えてくれてありがとうございますっ! 本当に助かりましたっ!」
「ふふ、良かったわね」
私は何度も何度も彼女に頭を下げた後、ずっと気になってた事を質問する。
「あの、そちらはどうしてそこに倒れてらしたんですか?」
「あら、倒れてたわけじゃないわ。寝てたのよ」
「ふえっ!?」
想像を絶する答えが返ってきて、私の口から戸惑いの叫びが飛び出す。謎の美女は照れ笑いを浮かべながら自身の髪を撫でつけつつ、心底恥ずかしそうに自らの経緯を喋り始める。
「家に帰る途中で、ここに迷い込んじゃってね。どうにか抜け出したくてしばらく歩き回ってるの」
「な、何でこんな所に迷い込んじゃったんですか? ていうか、どうして家に帰る時に、わざわざこんな危なっかしい場所を通ろうとしたんですか?」
「そんなの決まってるじゃない」
謎の美女は自身の輝かしい金髪を宙になびかせながら、
「まだ知らない自分自身を探し出す為よ」
「知らない、自分自身……?」
彼女の口にした理由がさっぱり意味不明で、私は自然と首を傾げる。すると、彼女はどこか遠い眼差しで森の奥に巣くう漆黒の闇を見つめながら、
「貴女のような若くて可愛いお嬢さんにはまだ分からないでしょうけど」
と前置きした後、どこか物寂しげな口調で語り始める。
「女は大人になるとね……いつしかフラリと新たな自分を見つけに飛び立ちたくなるものなのよ。そう、今の自分が住んでいる場所とはかけ離れた、遠い別世界へとね」
「遠い別世界、ですか?」
「そうよ」
私は中学校までで学習した知識をフル活用し、何とか彼女の呟いた文章の意味を理解しようと頭を悩ませた。
「じゃあ、私も大人になってしまったという事なんでしょうか」
「あら」
彼女は驚いたように目を見張る。
「お嬢さんもそういう経験がお有り?」
「経験というよりは現在進行中です」
「そうなの……最近の子は成長が早いのね」
「まだ未成年なんですけど、やっぱり大人になってしまったんでしょうか」
「心が大人かどうか判断するのに、年齢は関係ないわ」
「そ、そういうものなんですか」
「そういうものよ、多分だけど」
ふう、と謎の美女は艶めかしい息を吐いた後、私に微笑みながら、
「それじゃあ、私はそろそろ失礼しようと思うんだけれど……王子様の方は大丈夫なのかしら?」
「ああっ! 忘れてました!」
急いで視線を向けると、そこには相変わらずぶくぶくと緑の泡を吐きまくっているクラールさんの姿があった。
「どうすればよいんでしょう……」
「んー、それじゃあ」
彼女は自身が眠っていた茂みを漁り、桃色のリュックサックを引っ張りあげる。そして、その中から紫色の液体が入った小瓶を取り出すと私に差し伸べる。私はおずおずとそれを受け取った。
「コレを使うといいわ」
「どんな液体なんですか?」
「ちょっとした気付け薬よ。効果は少し強すぎるかもしれないけど……それを使えば王子様も一発で正気を取り戻す筈よ」
「凄い薬なんですね……あの、色々とお世話になりました。本当にありがとうございますっ」
「いいのよ、帰りも気をつけてね」
再び深いお辞儀を連発し始めた私に軽く手を振りながら、謎の美女は森の奥へと去っていった。
「……あ」
その姿が見えなくなった後で、ある事に気がついた私は小さく声を上げた。
「どうせなら、一緒に森を抜けた方が良かったかも……」
既に後の祭りだった。




