第四話「珍しき果実を求めて」 3
あれから。城までやってきた私達は門番一号及び二号とご対面した。流石に王子の前で入り口を封鎖するような真似は出来なかったようで、彼らはすんなりと私達に道を譲ってくれた。私が門を通る際、何故か左右からジットリとした視線を感じたが、恐らくは気のせいだろう。
とにかく、こうして私は以前より格段に早いスピードで城内に足を踏み入れる事が出来たのであった。
「クラールさん、私は今、無性に感動していますっ」
「ど、どうしたんだい。目から滝のような涙を流して」
ひきつった笑いを浮かべながら狼狽している彼に対し、私は歓喜の激流をピカピカに磨きあげられた床にぶちまけながら訴えた。
「ううっ……だって、こんな簡単に城に入った事なんてなかったんですもん。まさか数秒で許可が下りるなんて」
「むしろ、今までがかかり過ぎだったんじゃないかな……」
「そこ、先ほど私が部下に汚れを拭き取らせた所なのですが。雑巾で、しかも入念に」
「ひあっ!?」
いきなり浴びせかけられた冷水の如き言葉に、私はハッとして泣き止む。目の前にいたのは、コンテストの審査員を勤めていた、あのメイド長の女性だった。掛けている眼鏡のレンズが漫画か何かみたいに怪しく発光していて、口から発せられていない彼女の怒りの凄まじさを物語っている。
「ご、ごめんなさいっ。嬉しくてつい」
「嬉しくて涙をまき散らす馬鹿は貴女くらいでしょうね。しかも、国王の城で」
メイド長の辛辣な物言いが、私の心に深々と突き刺さる。更に彼女は追い打ちをかけるように、
「それにこういう場では、『すみません』でしょう」
「は、はいっ。すみません……」
「ま、まぁ。もうそれくらいで良いじゃないですか」
ペコペコと頭を高速で下げまくる私の横で、クラールが取りなしの言を発してくれた。彼女はふぅと小さく息を吐いた後、
「王子がそのように仰られるのでしたら、私は構いません」
「ありがとう。そういえば、ミズホちゃんを父上の所に連れていくのは」
「そうです、私です」
驚愕の新事実に、私は思わず絶叫してしまった。
「ええええええ!?」
「何か問題でも?」
「いえ、何もないですっ……」
鋭い眼光で睨みつけられ、私は瞬く間に萎縮する。この人、やっぱり怖いよっ。
「その事についてなんだけどさ」
私とメイド長を交互に見やりながら、クラールさんは気まずそうな笑顔を浮かべ、頬を掻きながら提案した。
「僕も一緒についていっていいかな?」
「王子が、ですか?」
驚いたように、彼女の瞳が少しだけ見開かれる。彼は小さく頷いて、
「うん。彼女とは付き合いもあるし、それに父上はあんな感じだろ? もし変な事が起きて、牢獄入りなんて事になったら助け出すのにも一苦労だし。先に手を打っておいても悪くはないんじゃないかな」
「……そうですね」
しばらく悩んだ後、メイド長は私をチラリと一瞥してから了承の言葉を発した。
「確かに何かあってからでは遅いですから。王子にも一緒に来てもらいましょう」
「分かってもらえて助かるよ」
「あの、クラールさん? 何だかよく分からないんですけど、私ってクラールさんの中でも問題児扱いだったりします?」
「アハハ、そんなわけないじゃないかっ。純粋に君の身を案じての事だよ」
「エヘヘ、そうですよねっ。私がどうかしてましたっ」
「ミズホさん、ここに来られたという事は既に謁見する準備は整っておられるのですよね?」
不意に話題を振られ、私は慌てて首を縦に振る。
「あ、はいっ。もう準備満タンです」
「それを言うなら準備万端でしょう。とにかく、それなら今すぐ向かいましょう。昼食で腹が膨れる前に済ませた方が良いでしょうから」
「分かりましたっ」
こうして私達はメイド長に連れられて、国王と謁見する場所まで移動する事になったのだった。
「うわぁ、広いなぁ」
謁見の間に足を踏み入れた私の第一声がこれだった。
磨きあげられた広間は床や壁の隅々までピカピカに輝いている。家具の類といった物はほとんどなく、扉から一直線上に続く深紅の絨毯と、その先に存在している様々な宝石で彩られた玉座があるのみだ。その他に目立つ物といえば、絨毯の左右に整列しているかの如く並んでいる透明な柱の群くらいだろう。多分、硝子か何かで出来ているのだと思った。
そして、前述の玉座にどっしりとした風格で座っている老人を見て、私はゴクリと唾を飲み込む。
――この人が、王様なんだ。
外見からして、もう高齢と呼べる年なのだろう。威圧感たっぷりに整えられている髪はボリュームこそ凄いものの、既にクラールさんのような若々しい金の輝きは色褪せてしまっている。体つきに関しては典型的な王様っぽく少しビール腹気味で、身につけている衣装は彼より遙かに豪勢なものだ。クラールさんから前もって話されていた通り、顔つきはかなり気難しそうで、眉間を中心に無数の皺が寄っている。十文字に結ばれている唇の上下は、これまた豊かな髭がたくわえられていた。
側には護衛と思しき兵士達が多数並んでいて、その中の隊長と思しき初老の男が声を張り上げる。
「話は聞いている! 前へ!」
彼の合図に従い、私達は無言で頭を下げた後、ゆっくりと玉座へ続く絨毯の上を歩いていく。
――いよいよ、最後の試練だ。




