第三話「コンテスト開幕!」 10
――わわわっ。何だか怖いよあの人達!
ガックリとうなだれて列の最後尾へ歩いていく少年を見つめながら、私の胸は恐怖心で埋め尽くされる。審査員達は情け容赦なく彼の職人としての誇りをズタズタに引き裂いてしまった。もし自分の料理がお気に召されなかったとしたら。自分に浴びせかけられるであろう罵詈雑言を想像し、私は身震いする。そうこうしている間にも数多くの人々が審査に臨んでは敢えなく玉砕し、幽霊のように生気の抜けた面持ちでトボトボと私の横を通っていく。
そして、あっという間に私の出番がやってきてしまった。
――うう、粗相がないように頑張らないとっ。
怯える自分に何とか気合いをいれ、私は真剣な表情を浮かべている審査員の前に進み出る。
「参加証をこちらに」
「は、はいっ」
事務的な口調で右手を差し出すメイド長の女性。私は少し上擦った声でその指示に応答すると、荷物から慌てて参加証を取り出して彼女に渡そうとした、が。
ポロッ。
実際にそんな音がしたわけではないのだが、頭が真っ白になった私の脳内にはそんな擬音語が虚しく反響していた。紙切れはヒラヒラと宙を舞いながら、何とも運の悪い事に僅かな隙間から審査員達の座っている机の真下に滑り込んでいく。
初めっから、粗相をしでかしてしまった。
脳内がパニックに陥った私の顔から、血の気が急速に引いていく。そんな私の変化に気がついているのかいないのか、メイド長は無表情のまま屈み込み、自身の足下に落ちていた参加証を拾い上げた後、ボソッと私や審査員達に聞こえる程度のか細い独り言を呟いた。
「……減点、一ね」
――いやあああああ!
声にならない悲鳴が、私の心中を激しく揺さぶる。一方、メイド長は平然とした面持ちで、
「それでは身元の確認から始めます」
と、無情にも審査の開始を告げた。
「まず貴女の名前ですが、『ミズホ・ハルカワ』で間違いないですか?」
「は、はい。間違いないです……」
ショックの後遺症を引きずりながらも、私は何とか応答する。
「この辺りでは全く聞かれない名字ですが、外国からやってこられたんですか?」
「えっと……多分そんな感じだと思います」
――日本だって、ここから見れば外国だよね?
私は無理矢理に自分を納得させる。異世界から来たなんて口にすれば癒し屋に連れていかれそうになってしまうのは、ドーサックさんとの一件でよく身に染みていた。
しかし、相手は私の反応が何故かお気に召さなかったのか、眉を強く潜める。
「随分と曖昧な答え方ですね」
強い口調で咎めるように言われ、私は慌てて頭を小さく下げた。
「ご、ごめんなさいっ」
「……減点十」
――ひにゃあああああ!
先ほどとは比較にならない点数を引かれ、私の目元に熱い何かがこみ上げてきた。このままじゃマズいよっ。お菓子を出す前に落選が決まっちゃうよっ。
酷い混乱に襲われ、私の視界がグルグルとせわしなく回っていく。
――あれ?
ふと、私をじっと見つめている視線を感じる。審査員達の誰かかとも思ったが、それにしてはほんのりとした温かみがあるような気がした。まるで、見守られているみたいに。
幸い、審査員達は手元の参加証を回し読みしている。その僅かな猶予を使い、私は視線の主を探して左右を見回した。
そして、彼を見つけだす。
――クラールさん!
兵士達に混じって、顔見知りの青年が大広間の端に立っていた。彼は私と目が合った事に気がつくと、穏やかな微笑を浮かべる。そして、周りの者には気づかれない程度に、彼は小さく頷いた。それは精神的に参っていた私の心を強く元気づける。
――いつも通りに、だよ。ミズホちゃん。
頭の中に、クラールさんからの励ましの言葉がふと思い出される。優しく温かい想いが、私の胸一杯に広がっていく。次の瞬間には、私の心から不安は綺麗さっぱり消え失せていた。自然と笑顔を浮かべていた私は、彼にだけ分かるよう、微かに頷いた。
「ミズホさん、よろしいですか」
「は、はいっ」
メイド長から話しかけられ、私は現実に引き戻される。どうやら、参加証の確認が終わったらしい。メイド長、料理長、将軍。容姿も性格も異なる三人の審査員達から様々な質問を受け、私はハッキリとした応答を心掛けてそれらに応答した。何度か言葉を噛んでしまったり、返答に詰まってしまったりもしたけれど、幸いにもこれ以上の減点は免れたようだ。
やがて、両側の二人が固く口を閉じたのを確認した後、メイド長は冷静な表情で告げる。
「それでは今から審査を始めます。貴女が作ってきた菓子を出して下さい」
「はいっ、分かりました!」
元気よく頷いて、私は大声を張り上げた。数多くの人々が私に注目しているのを感じ取るが、もう緊張してなんてしない。何故なら、私の背中を力強く押してくれた人と、私を近くから見守ってくれる人が、私に立ち止まらない勇気をくれるから。
――ここからが、私の正念場! 頑張らなきゃ!
私は気持ちをしっかり引き締め、荷物をゴソゴソと漁くり、お目当ての道具を引っ張り出す。
それはピンク色をした、小さな木箱だった。




