第一話「飛ばされて、異世界」 3
好きな能力を一つ習得する権利。それは私にとって、この上なく極上の餌だった。私はしばらく悩んだ後、女神様に要求する。
「じゃあじゃあ! どんな願いでも叶えられる能力を頂戴!」
――却下です。
「え、どうして!?」
――万能過ぎるからです。
「だって、好きな能力をもらえるんでしょ?」
私は自然と首を傾げる。それじゃ先ほどとは話が違う。
――貴女が欲しいと望む能力で、私が好ましいと思ったものを貴女に与えます。
「え」
どうやら、私が好きな、ではなく女神様が好きな能力を一つ貰えるという事らしい。けれどそれは。
「なんか、私が思っていたより遙かに融通が効かない特典のような……」
かなり損をしたような気分になり、私はガックリとうなだれる。
――落ち込んでいないで、早く私に欲しい能力を教えて下さい。本当にトロいですね……。
「だから、そういう事言わないでってばぁ!」
目元に再び熱い物がこみ上げてくる。青春の感動からじゃなくて、単なる悔しさからだけど。この女神様、すんごくヒドい人だ。いや、人じゃないんだった。
とにかく。毒舌な女神様にこれ以上急かされないよう、私は自らの脳細胞をフル回転させた。
「好きな人に好きになってもらえる能力!」
――駄目です。
「お金に困らない魔法!」
――曖昧すぎます。
「じゃあ、一日中のんびりしてても数秒でテスト勉強を終われるような知能!」
――随分と怠け者ですね。却下。
あまりの言い種に、私の中で何かがプチっと切れる音がした。ついでに涙の防波堤も決壊した。
「あーもう! 結局、何を言っても駄目じゃない!」
半ば自暴自棄な心境に陥ってしまい、
「それなら!」
私はつい適当に叫んでしまった。
「アイスクリームをいつでも作れる魔法!」
――ん?
女神様の返答は先ほどまでのそれとは全く異なっていた。あれ、と思った私が呆けてしばらく待ち続けているとやがて、
――それ、面白そうですね。
という女神様の楽しそうな声が聞こえてきた。
「え、あ、あの」
私は慌てて彼女に声を掛ける。
「さっきのは何というか、言葉のあやっていうか、若き日の過ちっていうか、その」
――でも、そのままではつまんないですね……。
女神様は私の言葉を全く無視して、勝手に喋り始める。
――よし、こうしましょう。貴女には『何かをアイスに変える魔法』を与えます。
「……へ?」
自然と私の目が点になる。
「どうして好きなアイスを作れる魔法じゃないんですか?」
――利便性の代わりに汎用性を重視したのです。
「りべん? はんよう?」
――何はともあれ、これでようやく異世界へ貴女を送り届ける準備が出来ました。
「いや、さっきのは取り消して下さ」
――あ、そうだ。コーンの部分は特別サービスで無料付け足し出来るようにしておきます。ただし、自分で一度でも口付けてしまった場合は、前のアイスの九割を食べきった後でないと、百時間の間は別の物体をアイスには出来ません。それじゃ、頑張って下さいね。
私の返答を聞かずに彼女は楽しそうに告げた。そして次の瞬間、私の体は強烈な光に包まれていく。
「え、ええ! もう少し考えさせて下さい! ちょっとー!」
気づいた時には、私の体はドサリと地面に打ちつけられていた。しかも、仰向けで。
「キャッ!」
せめてもの幸運だったのは、生えている草達が落下の衝撃を和らげてくれた事だった。結構な高さから落ちたらしいが、おかげで死なずには済んだらしい。
「うーん……頭が痛い」
強く打った頭を手で押さえながら、私は上半身を起こす。途端に雲一つない青空と、その天辺に浮かぶ眩しい太陽の光が目に入ってきた。どうやら、今の時刻は真昼のようだ。
そして、視線を下に移すと。私が延々と広がる草原の中心にいる事が分かった。青々とした野草が列を成し、その所々で野生の生き物達の姿が見受けられる。追いかけっこに勤しむ二羽のウサギがいたり、花の蜜をせっせと集めている蜂がいたり、大空を爽快に飛び回っている大鷲がいたり。
「ここって、本当に異世界なのかな?」
自然と私は呟いていた。もしかすると、今この瞬間までの出来事が夢で、実際の私は公園で居眠りの真っ最中なのかもしれない。けれど、明らかに体中は痛みを訴えている。試しに右の頬をつねってみた。痛い。左の頬もつねってみる。痛い。そこまで確認した後、両手を離す。
「やっぱり、夢じゃないや……」
となると、ここは本当の異世界という事になる。そこまで思考が回った後、
「ええー!」
遅れた動揺が私を襲った。
「どうしよう! お金も全然持ってないのに! どうやって生活していけば良いの!? 食べ物は!? 水は!? 家は!?」
次から次へと頭の中に難題が湧いてきて、私の脳内はパニック状態に陥ってしまった。
――うわぁん、目が回るよぉ。
それもこれも、あの毒舌女神様のせいである。勝手に私を元の世界から連れ出した挙げ句、唯一の特典も適当に決められてしまった。
「ヒドいよ……せめて文化的な最低限度の生活を営める程度の能力が欲しかったのに」
女神様の言動を思い出すと、泣きそうになってくる。ていうか、もう泣いてしまっていた。これからの生活の行く末が全く分からない。私はこれからどうなってしまうのだろう。一寸先は、まさしく闇だった。昼だけど。
「誰でも良いから……助けてよぉおお。うわあん」
その時、何者かの声がした。
「……ゴブ?」