第二話「走って、走って、自分の道」 1
次の日。私は空の頂点から降り注ぐ眩しい日の光によって目覚めた。
「ふわぁ、よく寝たぁ」
欠伸しながら手を伸ばし、未だ未覚醒状態にあった脳がゆっくりと動き出していく。何故か両手の甲がひどく痛んだ。寝ぼけ眼を擦りながら、私は周囲を見回した。都市部とは思えないほど沢山の木が生い茂り、草が生い茂る広場のあちこちに木で出来たベンチが至る所に置かれている。こんなファンタジーチックな世界にも公園はあるんだなあと、雑草に寝ころんで一夜を過ごした私はしみじみ思った。あちこちでは何故か、頭に無数のたんこぶを作っている人々が死んだように惰眠を貪っている。
「さてとっ。いつまでもこうしてはいられないよね」
立ち上がり、衣服に付着した虫や泥を軽く手で払う。取りあえず今日の目標は、家と仕事を探す事だ。いつまでも公園で夜を過ごしたくないし、そろそろふかふかのベッドで寝たい。今まであまり気にしてはいなかったのだが、この世界の気温はちょうど私の世界の春くらいだ。現状は屋外でも過ごしやすいのだが、いつ冬のような寒気溢れる日々が訪れるかも分からない。出来るだけ早く寒さを凌げる場所を確保しておきたい。
「よしっ。この世界でしっかり生きていくためにも頑張ろう!」
私は近くの雑草を引っこ抜いてささやかな朝食を取った後、気持ちを引き締めて歩きだした。
公園を出て、様々な場所をうろつく。昨日と同様、町は様々な人々で溢れかえっていた。買い物目的の町民、観光目的の旅人、それに見るからに犯罪者っぽい格好をした傷だらけの戦士。当然ながら店も豊富で、昨日は気づかなかったのだが求人の張り紙もあちこちにあった。
「なんだ。案外簡単に仕事見つけられそうかも」
その時の私は何となく将来を楽観視していたのだが。
現実はそんなに甘くはなかった。
「ううっ……」
数時間後、私は大粒の涙を流しながらよろよろと歩いていた。どうやら王都ではそれなりの技術やコネを持った人間しか職にありつけないらしい。何度か体験まではこぎつける事の出来た仕事もあるにはあったのだが、全て礼儀を知らないという理由で三十分以内にはクビを宣告された。私みたいな庶民なんか、お呼びではないという事なのだろうか。
「技術が何よっ、こう見えても英検五級持ってるんだからっ!」
恨み節を吐きつつ、私は行く当てもなく町をさまよう。自らの長所を生かし、お菓子屋さんに就職しようとも思ったのだが、『アイスクリームを作れます』と胸を張ったら『氷のクリームなんか誰が食うか』と回し蹴りで店の外まで吹っ飛ばされた。どうやらこの世界にはアイスクリームという食べ物が無いらしい。あんな美味しい物を食べた事がないなんて、と私はこの世界の人々を心底から憐れんだ。まさにその時だった。
「奥さん、聞きました?」
「何をですの?」
「デザートコンテスト、また開催されるんですってよ」
「あら、そうなのですか」
――ピクッ。
『デザートコンテスト』という単語に反応した私は足を止め、聞き耳を立てた。会話をしている二人の女性は、どちらも主婦っぽい小太りの中年女性だ。豪勢な暮らしをしているようで、どちらも指にたいそうデカい宝石の指輪を填めている。
「噂によると今度は、国中から腕に自信のある菓子職人達が集まってきているとかいう話ですわ」
「あらまぁ。もう今回で二十五回目になりますものね」
「優勝して王様に気に入って頂ければ城で生活出来るのだから、それは人気も生まれますわよ」
「けれど、王様は確か今まで一度もお気に召さなかったんじゃなくて?」
「奥様を亡くされてから、食べ物にはうんと厳しくなったらしいですわよ」
「王様の心を癒せるような、そんなデザートを作れる方がいらっしゃればいいんですけれど……」
――ピキーン。
そんな効果音と共に、私の脳内に一つの考えが閃いた。デザートコンテスト。読んで字の如くお菓子の美味しさを競う大会。まさに私の能力を遺憾なく発揮しろと言わんばかりの内容である。人間は栄養を摂取しなければ死んでしまうというのが世の中の真理ならば、アイスクリームを嫌いな人間がいないのも世の中の真理である。多分。きっと。恐らく。それに加え、この異世界にはどうやらアイスクリームという概念そのものがない様子。きっとお披露目すれば、『このような独創性溢れるデザートを発明するとは、貴女はなんという天才なんだ。是非とも城にお勤め下さい』と言われまくるに違いない。参加しない手はないではないか。
けれど、どうすればコンテストに出場出来るかが分からない。
「アタクシも出場してみようかしら。でも、どこで申請するのかしら」
「お城でコンテストの参加申請は行われるらしいですわね」
――おばさん達、ありがとっ!
絶妙なタイミングで情報を提供してくれた主婦二人に心の中でお礼を言い、私は走り出した。案ずるより生むが安し。考えるよりまずは行動だ。
目指すは、昨日門前払いを食らった城の内部である。




