最終話「夕焼けに照らされながら」 7
――ムニャムニャ……やっぱりケーキはショートに限るよぉ……でも、もう食べきれない……。
摩訶不思議な空間で、自分の四方八方を埋め尽くしているショートケーキを貪り続けていた私の意識は、前触れもなく覚醒した。
「……あれ?」
両目を開いて現実に引き戻された私の視界に飛び込んできたのは、何となく見覚えのあるような木製の天井。身体を包んでいる柔らかさは恐らく布団で、どうやら私はベッドに寝かされているらしい。
「……ここは?」
自分の置かれている状況が理解出来ずに独り言を呟くと、
「お目覚めのようね」
聞き覚えのある大人の女性の声がした。ハッとして自分の寝かされているベッドの横へ視線を向けると、
「貴女は確か……癒し手さん!」
純白の衣服に身を包み、銀縁の眼鏡を掛け、知的な雰囲気を纏っている外見年齢三十半ばの女性が、私の傍らに佇んでいた。私も本名を知らない彼女――便宜的に癒し手さんと呼んでいる――は、何を隠そう、城のメイド長であるアデライザさんの妹である。彼女は王都で個人営業の癒し屋――魔術診療所とでも形容してよい医療施設だ――を経営していて、私も前にお世話になった事があるのだ。
「どうして、貴女がこんな所にいるんですか?」
「あのねぇ……ここは私の仕事場よ?」
こちらの質問に対し、癒し手さんは呆れたように肩を竦めた。部屋の外から差し込む夕陽の光が、彼女の姿を仄かな朱色に染めている。
「私が此処にいても、何の不自然もないでしょう。貴女がしなければならない質問は逆じゃないの?」
「あっ、そういえばそうでした」
「全く……」
「それで、あの。どうして私は、こんな所にいるんですか?」
「昨夜の出来事、覚えていない?」
「えっと……はい、覚えています」
だんだん頭が冴えてくるにつれ、記憶が脳裏にふつふつと蘇ってくる。『通り魔』としての正体を現したナクトゥスさん、禁術と呪いの影響で倒れたメルエッタちゃん、絶体絶命のピンチに駆けつけてくれたクラールさん。二人の青年の繰り広げた激闘と、その決着。やがて、私は意識の途絶える直前の光景を思い出した。
「もしかして私、気絶しちゃってたんでしょうか」
「ええ、その通りよ」
気を失った私は、同じく倒れていたメルエッタちゃんと共に、この場所に運び込まれたのだと、癒し手さんは説明した。
「幸い、命に別状は無かったけど……貴女、身体の魔力を殆ど消費してしまっていて、相当に疲弊していたわよ。今でも身体がキツいんじゃない?」
「はい……何だかひどく身体が重いです」
上半身を起こそうとするだけでも、相当に気が滅入った。心身共に憔悴した状態でペンダントをアイスクリームに変換したので、身体にはかなりの負担が掛かっていたのだろう。現在の疲労感は、無茶をしたツケに違いなかった。
「やっぱりね……けど、貴方は丸一日眠り続けてそれだから、一応は運び込まれた時より回復しているのよ。一応は」
「……ま、丸一日!?」
癒し手さんの告げた時間の大きさに、私は驚嘆した。
「そんなに私、眠っちゃってたんですかっ?」
「そうよ。もう一人の子はすぐに回復して帰っていったけど……貴女はとんでもないお寝坊さんだったわ」
「うう……」
もう一人の子とは、恐らくメルエッタちゃんだろう。
「とにかく、意識も取り戻した事だし、ずっと眠り続けて身体の疲労もだいぶ解消されたでしょうから、もうここにいる必要もないでしょう。でも、今日一日は……」
「あの……」
癒し手さんの言葉を遮り、私は先ほどから気になり始めていた質問を恐る恐るぶつけた。
「ナクトゥスさんはどうなったか分かりますか?」
「ナクトゥスさん?」
「あ、いえっ。さっきのは言い間違いです」
怪訝そうに眉を顰める彼女に、私は慌てて説明を付け足す。
「その、通り魔事件の犯人はどうなったのかなって」
「ああ、その事ね。大丈夫よ、貴女達を襲った例の通り魔は無事に捕まったわ」
「捕まった……」
耳に入ってきた単語を譫言のように呟いた私に対し、癒し手さんは昨日に起こった出来事について語り始める。彼女の話によると、ナクトゥスさんとの戦闘を終えたクラールさんからの連絡を受けて、兵士達はすぐ王子の元へと駆けつけたらしい。彼らは通り魔事件の犯人を城に連行し、倒れていた私とメルエッタちゃんをこの場所まで運び込んだのだそうだ。それ以降の詳しい事情は、癒し手さんもまだ把握していないのだという。
「とにかく。城に戻っても、今日一日は安静にする事。幾ら心身共に回復しているとはいっても、貴女の体調は万全じゃないんだから。念のために言っておきますが、寄り道も厳禁。真っ直ぐに城へ戻る事。いいわね?」




