第一話「飛ばされて、異世界」 1
「んー、やっぱりアイスは美味しいなあ」
図書館まで本を返却しに行った帰り道、私はコンビニで買ったバニラソフトを舐めながら公園のベンチに座っていた。自宅までは距離があるので、ちょっとした休憩時間だ。真夏の正午過ぎという事もあって、公園中央の運動広場では小学生達が走り回ってサッカーに興じている。雲一つ見当たらない爽快感溢れる青空の下、蝉や小鳥の鳴き声が絶え間無く響き渡るこの場所は、これ以上ないほど夏の風情で彩られていた。
そして、そんな情緒を感じながら頬張るアイスクリームは実に美味しい!
……だけど。
「夏休みも、もうすぐ終わっちゃうんだよね」
ぽつりと洩れてしまった呟きを自分で聞いて、自然と溜息をついてしまう。
――そう、今日は八月三十一日。夏休み最後の日。
「あの子達、宿題は終わってるのかな?」
ふと、そんな事が気になった。私の心配をよそに、子供達は相変わらず元気に遊び続けている。そういえば、私が小学生の頃は課題なんていつも後回しにして遊び呆けていたっけ。そして新学期が始まる三日前くらいから、その報いを受ける羽目になっていた。変な冊子やらドリルやら漢字練習やらは徹夜作業で何とかなったけど、一番大変なのは自由研究だったっけ。朝顔の観察日誌やらは間に合わないから、毎年恒例のように身近なペットボトルやら発砲スチロールやらで適当にやっつけ実験を行った記憶がある。一応、先生からは及第点は貰えてた。
今の私はもう小学生じゃないし、夏休みの課題くらいはとっくに済ませてある。
――でも。
「……受験、かぁ」
ふう、と自然に息を吐いてしまう。私が通っているのはごく普通の公立中学で、勿論エスカレーター式の進学は出来ない。他の同級生達に比べて成績が悪いわけではないけど、格別に優れているわけでもない。要するに、私はごく普通の学力を持つ生徒。そんなに高いレベルの高校を目指しているわけではないけれど、それでもやっぱり不安だらけだ。
そして、夏休みが過ぎれば。いよいよノンビリしていられなくなってくる。
というより。
「夏休み中もノンビリしてる暇無かったのに~! うわああああん!」
ベッドに寝ころんでアイスクリームを食べながら読書三昧の生活を送っていた為に、まともに勉強していなかった後悔の念が私の両目からほとばしる。丁度、私の前を通りかかった女の子と母親らしき大人が、一瞬ビクッと身体を仰け反らせた。
「ママー、あの人なんでアイスクリーム舐めながら泣いてるの?」
「しっ、見ちゃいけません」
過ぎ去っていく親子の会話に身を切られるような痛みを覚えつつ、アイスクリームの大半を食した私は涙を手の甲で拭う。
「……うう。でも、いつまでも悲しんではいられないよね。自業自得だし」
自分を虚しく励ましながら、アイスの欠片が残っているコーンを頬張る。私がアイスクリームを食べている間で、一番幸福感を噛みしめていられる時間だ。やっぱり、ちょこっと中身が残っていた方が、もぐもぐする度に甘さとサクサク感が混じり合って美味しい。
「まだ、まだ時間はあるもん。家に帰って死ぬ気で勉強すれば、きっと他のみんなにも追いつける筈」
固い決意を胸に秘め、私はすっくとベンチから立ち上がろうとした。しかし、その瞬間、何故か異様な粘り気を背後から感じて、ふっと後ろを振り返る。
――水色のスカートと白のブラウスは、まるでイタズラ被害に遭ったかの如く所々が真っ赤に染め上がっていた。ふとベンチの後ろ側に目をやると、そこには『ペンキ塗り立てです。賢い子は座らないでね』との文字。
「これ私のお気に入りだったのにいいいいいい!」
再び、私の絶叫が公園内に木霊する。
その時だった。
「うう……ひぐっ……あれ?」
涙を拭っていると、いつの間にか私の体は目映い光に包まれていた。というか、小学生の子供達やペンキ塗りたてのベンチや蝉だらけの木々など、私の周囲が何故か異様にねじ曲がって見える。
そして、次の瞬間。
「え? え? きゃあああああ!」
何かに引っ張られるようにして、私の視界から公園が消え失せた。そのまま私はどこかへ飛ばされていく。
「一体これって何なのよー!」
私が発した困惑の叫びはきっと、誰の耳にも入らなかっただろうと思う。