二日連続の戦闘
ここは地面がコンクリートで出来ている町、名はない。
外部と交流する余裕が、この町にはないからだ。だから名前など必要がない。
大きな一本の道の脇にはさまざまな店が並び、早朝の今でもそこそこ盛り上がっている。
たまに背中に大剣を背負っている金髪の大男や、腰に剣を下げている細身の少年。
弓を片手で持っている少女などがいる。瞳の色は、さまざまだ。
真の瞳の色は珍しく、闇を象徴する色なので、不吉とも言われやすい。
この魔獣狩り達に共通していることは、ただ一つ。銃器を誰も持っていない。
政府がすべて管理しているからだ。
守護隊以外には持たせてもらえない。
最も、魔獣や、魔人に銃は通用しないし、魔気を自由自在に使えるのなら、必要はないのだが。
この町に、魔獣などが攻めて来ないのは、町を覆うほどの大きな見えない、魔気を使ったシールドが張られているからだ。
これがある限り、魔獣達は攻めて来られない。
町の人も、「町民証明書」というカードがない限り、外に出られないし、入れない。
真は、徹夜で歩いてここまで来た。顔には疲労の色が見える。
背中で寝ている子供を背負って。少女の首には......白いマフラー。
魔獣狩りの『賞金受取所』は、この町にある。どんな建物か、一言で言い表せば、無駄にでかい建物。
そしてここから少し離れたところに、真達の暮らす廃墟がある。
あの崩れかけのビルの回りには、誰もいないが、少し離れると、そこは無法地帯。
毎日血が流れているが、ここに住んでいる人には無縁の空間だ。
真がたまに盗むのも、そこにいる人間からだ。
元々誰かの物を盗んだんだから、盗まれて当然、罰を受けるべきだと真は思っている。
思っているだけで、罰を与えようとはしないが。
しかし、生活も厳しいので、ありがたく、ならず者から貴重品を頂戴している。
そこで手抜きの商売している者も少なくなく、貸し出しの風呂もその一つだ。
生活用品の多くは、この町で手に入れた。
「東さん、金下さい。」
真は、『賞金受取所』の受け付けにいる東に用件だけ伝える。
「倒した証拠は?」
「はい。」
真は千夢を片手で支え、もう片方の手で、一つの袋を置く。
中にあるのは見るだけで気分が悪くなる弱ゴブリンの緑の心臓。
気絶していたゴブリンの胸をナイフで裂き、取った物だ。
東は中を確認すると、真との間にある机に、小包を置いた。
「はい、今回の報酬よ。」
真は片手で器用に小包を開け、中身を確認する。
「......ま、ゴブリンの弱いの三匹なら、これくらいだよな。」
「当然。君にはまだまだ働いて貰うからね~。」
ぽつりと呟いた真に東が反応する。
微笑を浮かべ、真は軽い小包を、ズボンのポケットに入れ、
「じゃ、また。」
「うん、またよろしく~」
軽い挨拶をすると、無駄に大きい建物を出た。
途端に照りつける、眩しい太陽の日差しに目を細める。
「すっかり明るくなったな......」
あの後、千夢が寝てから真は作業を開始した。
まず、自分の足を枕にして寝ている千夢の頭をそっと地面に置き、首にマフラーを巻いた。
その後、気絶ゴブリンの心臓を抉り取った。勿論、手袋をして。
素手で触っても、毒はないが、普通の神経を持つ者なら触りたいとは思わない。
それを予め貰っていた剥ぎ取り用の袋に入れた。
少し気分は悪かったが、袋自体は汚くはないので、ズボンのポケットに入れた。
そして、寝ている千夢を背負い、歩きだした。
そして、現在に至る。
(眠い......)
早く寝たかった。
***
「し~んくん!」
布団にも入らず、コンクリートの床の上で力尽き、眠っていた真に聞こえた窓の外からの声。
千夢はしっかり布団で寝ている。
壊れかけの時計に目をやると、時刻は七時。
まだ帰ってきてから一時間しか経っていない。
身体はかなり冷え、眠気もかなり大きい。当然、起きる気にはなれない。
真は再び眠りに就いた......
「真くん!」
「うわっ」
突然真横で聞こえた大声。
それが東だと理解するのに、数十秒要した。
東は床に座っている。
さらに「どうして東さんがここにいるのか」という思考に移すのに数十秒。
それが「扉の鍵を閉めなかった」
ということに気付くのに、さらに数十秒掛かった。
「真くん?」
全く動かずに、自分を見つめている真を不思議に思ったのか、東が声を掛ける。
「あ、いや......なんですか?」
脳が半分を起こされた真が聞く。
「今夜、また仕事が入ったっていうことを伝えに。」
「............」
絶句した。あの宝石を使っただけでこの疲労なのに、今夜の内にもう一戦あるかと思うと。
まず、二日連続で依頼を入れること事態考えられない。
......この人、頭おかしいのか?
「えーっと。やらないと駄目ですか?」
「うん。」
東は即答する。
「相手は?」
「虫の魔人」
東は淡々と、即答する。
「......何時?」
「昼丁度。」
東は即答する。
真が言う言葉が分かっているのだ。二年は一緒にいる。
その時間だけで、東は大体真の言うことが把握出来ていた。
この会話など特に。真を何度無理矢理起こしたか、数えきれないし、覚えていない。
「じゃあなんか武器ください。」
「はい。」
と、すごい速度でポケットに手を突っ込み、真に投げる。
真が見事にキャッチしたのは、宝石の填まった金色のリング。
宝石からは、不気味なオーラを感じさせる。
色は、闇を具現化したような、黒。自分と同じだなぁ、と、呑気に思った。
「なんの能力ですか。」
東は今までのふざけた雰囲気を一瞬で消し、真面目な顔で一言。
「さあ?」
「さあって......もういいです。前使ってたやつ持っていきますから。寝かせてください。」
どこから仕入れたのかも気になったが、寝る、それが今の真の願いだった。
「わかった。じゃあ昼に起こしに来るからねー、またねー。」
妙にテンションの高い東が、ビルを出ていくのを窓からしっかりと確認すると、真は再び深い眠りに就く。
***
「綺麗なところだね。」
目の前で胸を踊らせ、軽い足取りで進む千夢が言う。首には白いマフラー。
「......そうだな」
後ろを重い足取りで歩く真が同意する。
昨日とは違い、背中には、大きなリュックサックがある。中に入っているのは、バリア付き虫かご。
目の前には透明な川が流れているが、魚は一匹もいない。
細い木の葉の間から差し込まれる日光は、とても綺麗に見える。
森の下は、芝生で、踏む感触がとても気持ちいい。日の当たっていない場所まで生い茂っている。
神秘という言葉がとても似合う森だった。まるで、精霊でもいそうな。
昨日と違って今日の場所は近いため、暗くならない内に目的地にたどり着くことができた。早速、狩りを始めている。
虫の魔人は、とても小さく、背中に生える羽で空を飛ぶ。
可愛らしい見た目をしているが、魔気による攻撃は凄まじい。
以前、新人の魔獣狩りが、この魔人を狩ろうとしたところ、骨だけの上半身が、あとで見つかった。
小さいといっても魔人は魔人。人肉も喰らう。
特に、飢えている時の狂暴性は凄まじい。
「はぁ......」
このため息には二つの意味がある。
一つは、昨日の疲れが全然取れていないということ。
傷は手当てしたが、マジックリングによる魔気と生命力の回復には丸一日掛かる。
まだ半日ちょっとしか経っていない。疲れがとれないのは当然だ。
もう一つは、魔人のこと。
身体は小さく、ちょこまかと動く標的をどうするか。
今回のは、まだ弱いほうらしいが、小さい標的に、どうやって攻撃うを当てればいいのか。
勿論、真にそんな技術はない。
青の炎は一発でも当たれば倒せるが、その一発が当たらないのでは、意味がない。
しかも、今回は「捕獲」だ。殺してはいけない。
千夢に頼るしかない、歩く内、真はそう考えるようになっていった。
ポケットの中の黒の宝石のリングを頼ってみようとも思ったが、あの禍々しいオーラを思い出すと、そんんな考えはすぐに消えた。
今の真の武器は、右手の中指に填めてある、空色のリング。
いつも使っている、肉体強化の力が込められている。魔気を流し込めば、すぐに発動する。
このリングは、魔気と生命力、どちらも使うことが出来る。生命力を使うと、魔気を使用したときの倍以上の効果が得られるらしい。
真は魔気しか使ったことがないが。
左手の中指には火炎弾のリング。
こちらの説明は簡単。
一撃必殺の威力を持つ。
「真ー、早くー」
千夢はここに来てから、ずっと走り回っている。
綺麗な森に来れたのが嬉しいのか、明るい内に来れたのが嬉しいのか。多分どちらもあるだろう。
「あんまりはしゃぐな。そろそろ気を引き締めろよ。」
真は、少し強く言う。
ここは狩り場。少しの気の緩みが死へと直結する。のだが、千夢の気は緩みすぎている。
真の言葉も聞く耳を持たず、本当に危ない状況だ。
だが、真は怒ろうとはしない。
まあ多分大丈夫だろ、と思っているからだ。
死んでしまったら、しょうがない、という意識もある。
まだたった二日しか一緒にいない。
生きてほしい、一緒にいてほしいという意識は真の中では起こっていなかった。
死なれたくないわけじゃない。
ただ、全力で守れるかどうかと聞かれると、「はい」とは言えない。
前にも、一人の子供を助けようとして、死んだ。
真が全力を尽くしても、守りきれなかった。
今回もそうなるだろう、心のどこかで諦めていた。
(所詮、人間は死ぬ生き物なんだ......)
子供の頃に比べると、これでも考え方は少しましなのかもしれない。
希望も、絶望もなかった、
あの頃よりは。
「真ー! ここになにかいるよー」
千夢が指差しているのは木の根っこ。真は千夢の声で現実に戻る。
木はとても細く、少しの衝撃を加えただけで折れてしまいそうだ。
よく見てみると、地面との間に空洞があるらしい。虫の魔人には、丁度いい空間だ。
真は黙って千夢を手招きする。
「なにー?」
千夢は緊張という感情を一切見せずに、駆け寄ってきた。
内心、ため息を吐きつつ、真はリュックを下ろし、中から虫かごを取り出す。
透明で、上に四角いふたが付いているだけの、簡単な作りだ。
中に入れても窒息しないのか? という疑問が頭を過ったが、どうでもいい。
「はい、これ持っとけ。」
真はリュックから出した透明の箱を千夢に渡す。
「これなに?」
「虫かご。いいか、俺が虫の注意を引き付けるから、その隙に後ろからそれで捕まえてくれ。いけるか?」
「うん!」
千夢は元気良く返事をする。
「じゃああの木の後ろで隠れといて。」
真が指差す木に、千夢は嬉しそうに走っていった。
―なにが嬉しいのだろう?―真は疑問を胸に抱きながら、なにかいるらしい木の根に近づく。
一歩一歩、慎重に、ゆっくりと近づき......肉体強化の指輪に魔気を流し込むと同時に、木の根を思い切り蹴った。
虫の魔人には魔気の感知能力があるらしい。
なら、一気にやるしかない。
木は大きく揺れただけで、倒れる様子は微塵もない。
直後に後ろに跳躍し、左手に填めたリングを木に向け、撃つ。
昨日より小さい青い火の玉は、一直線に飛んでいく。痛みは小さく、それほど消耗していないようだ。
昨日よりも大分力を抑えたから、当然なのだが。
木に火が当たる直前、木の根から飛び出してきた虫の魔人、三匹が、炎を強烈な風の塊で消した。
三匹共、全部同じ姿だった。
小さな緑の服を着て、アゲハ蝶のような綺麗な羽が生え、肉眼でギリギリ確認できた髪は、金。
三匹共、こちらに怯えているようだ。
吹き荒れる風は、真の元にまで届き、足を止めさせる。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
三匹の魔人が、人間の言葉で、雄叫びを上げ、同時に手の平を真に向ける。
すると、巨大な風の塊が魔人達の手から放たれた。
真を軽く越す大きさ。とても小さな魔人の手から放たれたとは思えない大きさだ。
火が消されたのも、この空気の塊だった。
真は足に力を込め、横に飛び退く。
間一髪で避けることができた。
だが、真の身体は風によって吹き飛ばされ、受け身も取れずに、だが頭だけは守る。
身体に衝撃が走った。
「ぐ......」
身体は痛むが、特に重大な怪我はない。すぐに身体を起こし、魔人に目をやると、まだこちらに腕を構えている。
三匹の手を一ヶ所に集めた姿勢で固まっている。
すぐに、第二撃目が撃ち出された。
風の塊は、一直線にこちらに飛んでくる。
真はその塊に向かって、自分が持てる限りのすべての力を使って、打ち出した。
大きな青い炎の塊が魔人に向かって飛んでいく。
炎は、風の塊をまるで吸収するかのように消し去り、自らの炎を増した。
呆然と魔人達はその炎の玉を見つめている。その顔には、諦めが見られた。
目全まで青い炎が迫った時、急に勢いが衰え、みるみるうちに縮小し、消えた。
安堵する暇もなく、次には、地面に叩きつけられていた。
魔人達は、それを誰がやったか確認する暇もなく、激しい痛みの中、意識を失った。
「真ー! やったよ!」
千夢は虫かごをぶんぶん回しながら喜んでいる。
ふぅ、とため息を吐き、真は、リュックを持って、魔人達のほうに近づいていく。
「とりあえず、今叩き落とした三匹を虫かごに入れろ。」
千夢は素直に、言われた通りにする。
片手で魔人を握り、投げ込む。
まるで、虫を扱うかのように。
千夢に掴まれた魔人の最後の一匹が呻く。
千夢は虫かごに入れる前に、呻いた魔人をよく見てみた。
清楚な顔立ちで、緑の瞳を持っている。
とても悪い生き物には思えなかった。
しかし、彼女達はもう誰かが助けない限り、元の生活には戻れない。
品物として、生きていくのだ。
それを、千夢は知らなかった。
「真ー。なんでこの子達掴まえるの?」
真は分かっている。だが、それを言うわけにもいかない。子供には、そんな残酷な話は話したくなかった。
自分達が、人身売買、ではないかも知れないが、それに近いことをやっているなんて。
「依頼だから、で十分か?」
無表情でそう言うと、千夢から受け取った虫かごをリュックに入れ、チャックを閉めた。
千夢はなにも言わない。それが答えだった。
妙に大人びた千夢の表情に、内心驚きつつも、言葉を繋いだ。
「はぁ......俺だって知らないよ。」
「嘘でしょ?」
真が千夢を見た時、さっきまでの楽しそうな表情は、完全に失せていた。
「......売られるんだよ。多分な。」
今の千夢には、もう誤魔化しは聞かない。
観念したように、真は言う。
「なんで?」
心底分からない、といった様子で、千夢は言う。
「金になるから、だろうな。」
明確な理由はそれしかないだろう。
他にも「魔人の存在は悪だから、倒さないといけない」とか言うが、この魔人達は人間を襲っていない。
ただの言い訳、金に飢えた汚い人間の。
「......逃がしてやれないの?」
「ああ。今は金がないから無理だ。」
「............」
千夢は何も言えなかった。
―人間は、欲の為にはなんでもする生き物なの?―
子供らしくない、人間を見下すような気持ち。
もう、話す気すらなくなった。
長い、沈黙。
「今日はここで過ごす。千夢、適当に木を持ってきてくれ。」
「うん。」
憂鬱な顔で、千夢はそう言った。
「ちょっと......待っててね。」
無理に力のない笑みを顔に浮かべ、千夢は走っていった。
真は今の笑みの意味が分からなかった。
自分の胸の内を知られたくないのか、心配してほしくないのか。
でも、今の真が、人を心配出来るのか。
答えは否、出来るはずがない。
真の心はそれほどまでに冷めきっていた。
「はぁ......Gさん。分かるんだろ? 出てきてくれ。」
今日何度目かのため息を吐いた後、虚空に向かってポツリと呟いた。




