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魔を倒す旅  作者: シュン
始まりの時
3/4

森の中で

 真は目を覚ますと、ヒビが入った、タイマーをオフにしている目覚まし時計に目をやる。

 頭上にある時計は九時三十三分という微妙な時間を長針が指していた。

 最近買った布団から千夢が起きないようにそっと出る。

 外には灰色の雲が広がっており、雪が降りそうだ。

 大きく身体を伸ばし、大きい欠伸をする。白い息が出て消えた。

 冬に起きる度に真は、風呂があったらいいのに、と思う。当然、廃墟に風呂はない。

 朝起きると、寒くて仕方がない。布団から出たくない時は、そのまま二度寝する。

 だが、風呂があれば、身体は温もるし、いちいち貸し出し風呂に入りに行く手間が省ける。

 

「久しぶりに風呂に行くか。今日は働かなくても金はあるし。」


 もう一週間は風呂に入っていない。最近、大仕事を幾つもこなしたから、近くにある貸し出し用の風呂に行く前にいつも寝てしまう。

 泥棒や、狩りの大仕事を何回もこの一週間の内にやっているので、金が凄まじく貯まった。それで最後があれだ。多分一年働かなくても堪えられる。

 それにしても、割れた窓から入ってくる風がとても寒い。段ボールで塞いでいたはずだが、いつの間にか取れてしまったようだ。

......やることもないし、やっぱり寝ようかな。

 なぜ布団から出たのかも分からない。

 もう一度、布団に入ろうとすると、千夢がうっすらと目を開ける。


 もう寝られないな。


 直感でそう思った。


 千夢は目を擦りながら布団から出てくる。が、寒いのか、また布団に潜り込む。

 服は昨日の赤い服のままだ。昨日の夜はとりあえず二階に移動して少しの会話をしたあと、すぐに寝た。

 その少しの会話だけで、この少女は明るい人間であることを知ることができた。

 ゴキブリの時の記憶は、少しだけある。いい思い出ではないらしい。


「おはよ」


「おはよう。」


 小さく、短い挨拶。

 真は布団の中に入るのを止め、窓の外に視線を移す。

 雨は降りそうにない。

 千夢は布団の中から顔だけ出し、そんな真をぼんやり眺めている。


「よし、千夢、風呂は知ってるよな?」


 真が突然振り返って言う。

 だが、千夢からの返事は帰ってこない。再びうとうとし始め、真の声は全く頭に入ってきていないようだ。

 こんなことになるんだったら二度寝すればよかった。

 もう頭は起きてしまって寝れそうにない。

 真は布団の端を掴むと、思いきり捲り上げた。

 冷たい空気が、布団によって暖まっていた千夢の体温を急激に冷やす。


「うぅ、寒いよ......」


 千夢の小さな身体が丸くなる。


「何時まで寝てるんだよ。これで目が覚めただろ。」


 だるそうな口調で真は言うが、千夢は丸くなったまま動かない。


「ほら、早く起きろよ。」


 ぽんぽん、と千夢の背中を叩くが、反応はない。

 次に千夢の丸まった身体を持ち上げてみた。十歳くらいの形をした少女は、軽く、簡単に持ち上がった。

 が、動く気配はない。

 というわけで少女を持っていた手を放し、柔らかい布団に落とす。

 それでも動かない。


「はぁ......」


 真が一つ、全く動かない赤い背中に向かってため息を吐く。


「先に風呂に行っとくからな。後から来いよ。」


 勿論、昨日人間になったばかりの千夢が貸し出し風呂の場所など分かるはずがない。

 一瞬、小さな背中が動いたが、それ以上は動かない。

 真は防犯のため、この部屋だけに付けた一つの扉に鍵を掛けて、ビルの階段を下りていく。

 ビルの外に出ると、中にいたときより少し寒く感じた。

 せっかく貰ったマフラーは、部屋に置いてきてしまった。

 自室の部屋、今千夢が寝ている部屋の窓がある場所、ビルの横側に移動すると、窓に立っている千夢がいた。

 手には白いマフラーがある。


「忘れ物ー!」


 廃墟に響く大声と、千夢が二階の窓からなんの躊躇いもなく飛んだのは、同時だった。


「おい!」


 真はそれを見て叫んだが、当然、もう手遅れ。

 そして千夢は、地面に着地し、マフラーを真に差し出す。


「はい。」


「......いや、これはお前が持っとけ。寒いだろ。」


「え? でも」


「いいから。」


「うん、ありがと。」


 真は二階から飛び降りて無事なことを一瞬驚いたが、気にしない。

 自分の持っている常識は通用しないと、昨日理解したばかり。

 千夢と逆の方向にある、目的地に向かって歩き出す。

 千夢は手に持つマフラーを首に巻いて、すぐに付いて行く。


***


 貸し出し風呂は、簡単に言えば大きな箱だ。その中には、シャワーと、浴槽があり、少ない金で一時間入れる。

 真と千夢が出てきた貸し出し風呂場は、風呂の箱が七つある、大きめの場所だった。近場なので、真はこの場所をよく使う。

 外は朝と変わらず、どんよりとした灰色の雲が空を覆っている。

 せっかく暖まっても、すぐに冷えてしまう。身体から出ていた湯気がなくなる。


「ねー、名前なんていうの?」


 千夢が何気に言うと、真はまだ自己紹介していないことに気がついた。


「真。」


「どう呼べばいい?」


「なんでもいいよ。」


「じゃあ真でいいや。魔獣って何?」


「魔獣ってのは、昔、魔人と現れた獣だよ。自己修復力が高くて、逃げられたらすぐに回復される。瀕死に追い込んでも、五時間くらいで完全に回復するらしい。人間も魔人と魔獣にはずいぶんと苦しめられてるよ。それがどうかしたのか?」


「悪いやつなんだよね?」


 今は、真が前で歩いて、千夢が後ろから付いてきている。だから、真は千夢の純粋な目が正義の炎で燃えていることに気付かなかった。

 真が答える。


「まあ、人間食ってるからそうだろうな。魔獣なんて、どこで聞いたんだ?」


「さっきすれ違った人が言ってたんだよ! 悪いやつなら倒しに行こうよ!」


「あのなぁ......」


 振り向いたとき、手遅れであることを知った。

 千夢は険しい顔をして、こちらを見ていた。

......本気で魔獣を倒したいみたいだな。

 前を向いて歩きながら千夢に言う。


「魔獣を倒すには、魔獣狩りっていう職業にならないといけないんだ。」


 魔獣狩りとは、近くに出た魔獣を狩って金を稼ぐ人のこと。

 魔獣狩りじゃないと魔獣を狩ってはいけないという法律はない。

 千夢を誤魔化すための口実だ。


「じゃあなればいいじゃん!」


「簡単に言うなよ......魔獣を一匹倒さないと魔獣狩りにはなれない。」


これも嘘。


「倒せばいいじゃん!」


「どこにいるのか分からない。神出鬼没なんだよ。あいつらは......」


またまた嘘。


「神出鬼没ってなに?」


「いきなり現れて、いつの間にか消えるってこと。多分。」


 真が言うと、千夢の言葉は止まった。

 千夢のほうを見て見ると、なにやら熱心に考えている。

 魔獣を倒す策でも練っているのか?


「あ、真くん!」


 突然、後ろから若い女の人の声が聞こえた。

 振り替えるとそこには派手な赤色の服を着た、女の人の姿が見えた。

 真の前で立ち止まる。


「......どうも。」


 真は今会ってはならない人物に会ってしまったことを心底後悔した。この人の名前は東理恵(あずまりえ)

 魔獣狩りは、魔獣書という看板に貼っている紙にサインして、魔獣を狩りに行く。その受け付けにいつもいる人。魔獣狩り兼盗人の真にとっては、顔馴染みの相手だ。


「真くん、いつになったら魔獣、狩りに行くの? せっかくこの仕事を出来るんだから、責任持ってやってもらいたいんだけど。」


 東は少し怒ったような口調で言った。間にいる少女のことはどうでもいいようだ。

 千夢がその大きな黒い目を輝かせる。


「真は魔獣狩りやってるの?」


 千夢が真ではなく、目の前で立っている東に聞く。

 東は視線を千夢と同じ高さにして言う。


「そうよ。だから今から狩りに行くの。」


 東が優しい声で言う。

 真は今この場で、仕事を受けることが決まった。


「真! 魔獣狩りだから、魔獣、狩れるよね!」


 千夢がとても嬉しそうにしている。

 断ることは、出来ない。


「仕事、受けてくれるね?」

 

「はぁ......やりますよ。どうせ断っても強引に連れていくくせに......」


 真は了承と同時に愚痴をこぼす。

 この時、真は不吉な予感を感じていた。



***



 月の明かりだけが頼りの暗い森の中、二人の人間は、木の後ろで身を潜まる。時刻は夜、夜行性の生き物が動き出す時間帯だ。

 一人は十五、六くらいの黒く、落ち着いた服を着ている少年。

 闇に紛れ込む服を着た彼は木に体重を預けたまま、ぴくりとも動かない。

 頭はボサボサだ。首には闇に溶け込む黒いマフラーを巻き、右手の中指には暗い青の宝石が付いている金色のリングがある。

 一人は十くらいの赤く、可愛らしい服を着た元ゴキブリ少女。目立つ赤い服は、闇でもしっかりとその効果を発揮する。

 しかもなんだかそわそわしている。

 短い髪は少年同様、黒い。

 少年と少女は武器どころか、なにも持たずに、ただその時が来るのを待つ。



「ねー、真、まだ来ないの? 待ちくたびれたよー」


 突然、静寂の森に響いた少し高い少女の声。

 その声は、今から狩りをするというのに、緊張を微塵も感じられない。


「もうちょっとだから、黙ってろ!」


 声を潜めて真が言う。

 彼らの目的は、弱ゴブリンの三体討伐。青い皮膚を持ち、片手に棍棒を持って歩く、人型魔獣だ。

 頭は悪い。

 力は、普通の人間とは比べ物にならない。攻撃方法は、打撃のみ。魔気などは使わない。

 魔気とは、魔人や魔獣が使う特殊な力のことだ。人間も、訓練すればその技が使える。

 魔気を鍛えれば、魔法のようなこともできる。

 魔獣狩りの、ほとんどが魔法を会得している。

......ここにいる少年以外は。

 魔気をある程度使うことができるが、それを形にすることができない。

 だから、ただ力を高める手段にしか使えない。


 どこかで草の音が鳴った。

 風で草が揺れたわけではない。

 その証拠に、音は断続的に続き、ゆっくりと、段々と大きくなる。


「そろそろだ。千夢、準備しとけよ。」


 静かに、その言葉だけを千夢

に告ぐ。

 千夢はこくりと頷く。

 草を踏む音が止まった。

 木から顔だけ出すと、三匹の青いゴブリンが黒い目でこちらを眺めていた。

 手には木の棍棒。

 

(バレてるか。)


 真は、ここにいることが無駄だと分かると、木から飛び出し、右手の中指に填めてあるリングを一匹のゴブリンに向けた。

 千夢はどこかに駆けていく。

 リングに魔気を込めると、拳くらいの青い炎が発射される。

「マジックリング」だ。

 魔気を込めるだけで簡単に魔法を使うことができる。

 リングによって使える魔法は違う。

 青い炎は、ゴブリンに直撃すると、身体が見えなくなるほど激しく燃え、炎が消えた時には、ゴブリンはいなくなり、足元だけの草が消え、茶色い土の円が出来ていた。炎は対象を焼き尽くすと、それ以上燃え上がることはなかった。


 その間、十秒。


「......すごいな」


 真自身、この破壊力に驚いていた。

 このリングは、狩りをするために、自分の全財産を強制的に使わされ、買った物だ。

 さすが高級品。自分の金はすべてなくなったが。

 ゴブリン達は、仲間が殺されたことに怒り、こちらに突っ込んでくる。

 真は、距離を取ろうと、動こうとしたが、身体全体が激しく痛み、思うように動けない。


(くそ、なんなんだ!? この痛みは!)


 すぐにゴブリン達は真の前に来て、二匹同時に棍棒を振り上げた。

 真は逃げるのを諦め、炎を放つ。

 一匹に命中し、悲鳴を上げることなく青く燃えるが、もう一匹は止められない。

 棍棒の一撃を、左腕で受けた。

 頭に当たったら、ただでは済まない。とりあえず魔気を左腕に集中させ、強化して、防いだ。

 骨折はしていないだろうが、激しく痛む。

 真は、痛みを堪え、ゴブリンに狙いを定める。

 そして、リングに魔気を込めた。

 が、炎は出ない。

 それどころか、身体から力が抜けていく。


(なんで!)


 ゴブリンは、再び腕を振り上げ、棍棒を真に叩きつけようとしている。

 

「はぁ......」


 白いため息を吐き、真はゴブリンを見る。

 ゴブリンは躊躇いなく棍棒を......降り下ろせなかった。

 顔面に、小さな少女の飛び蹴りが入った。少女の、か細い足で蹴られたゴブリンは、思いきり吹っ飛んだ。木に激突し、意識を失う。

 真はしばらく呆然としていたが、すぐに意識は千夢に向く。


「......ありがとな、千夢。」


「どういたしまして!」


 顔全体に笑みを浮かべる千夢。

 真は大して驚かなかった。考えられるほど、体力が残っていなかったからだ。しばらく動けそうにない。


千夢の始めての狩りは、五分も経たずに終わった。

 


 暗い森の中には虫の鳴き声だけが響いていた。


「真~、そろそろ帰ろ? ね?」


 千夢が少し怯えたような声で言った。なにかに、怯えているような。


「ごめんな。まだ動けないんだ。もうちょっと待ってくれ。」


 真はそのことに気付いていたが、どうすることも出来ない。

 ぼんやりと、自分の身体の痛みの原因を考える。


(やっぱり、リングの副作用かな。それしか考えられない。)


 リングには、いろんな種類がある。

 念じるだけで発動する物や、魔気を使う物、生命力(生きる力)を使って発動する物まである。

 このリングは、魔気と生命力のタイプだろう。

 生命力の低下は、身体と心に表れる。

 ほっとけば回復するが、低下した状態だと、身体全体が痛み、心は鬱の状態になる。

 さっきの痛みは、多分これの影響だ。心には変化がなかったが。

 次に炎が出なかった理由。

 これは簡単だった。魔気が足りなくなっただけのことだ。

 魔気も、ほっとけば回復する。


「もう大丈夫?」


 千夢が再び口を開く。やっぱり怯えたような口調で。


「なにが怖いんだ?」


「なにって......ちょっと、ね......あはは。」


 千夢は力なく笑う。

 真は思い当たることはない。

 子供が怖がりそうなこと......


「暗いのは苦手か?」


 そんなわけがないと思った。

 昨日も、暗闇の中で千夢は誕生したのだから。

 案の定、彼女は首を振った。


「じゃあ、なにが怖いんだよ?」


 さっぱりわからなかった。

 わかるはずがなかった。


「......わからないけど、怖いの。」


 本人も、わかっていなかったのだから。カタカタと震え、千夢は真に

しがみ付いた。


「............」


 真は黙って、それを受け入れた。

 身体は動かないので、どうすることもできないが。

 

 夜は更けてゆく。

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