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魔を倒す旅  作者: シュン
始まりの時
2/4

すべての始まり

 怪盗の仮面を着けて廃墟の暗闇を駆け抜ける少年。

 黒山真(こくやましん)

 それが彼の名前だ。貧相な身なりをしていて、貧乏人オーラを全開にしている。ぼさぼさの髪は真っ黒で、顔を隠す仮面からは黒い瞳を覗かせる。

 彼の後ろを走る三人は、魔人から町を守る為に政府によって作られた組織、守護隊。青い制服を着ていて、その上からさらに寒さを防ぐための分厚い服を着ている。

 この組織は、民間人を魔人から守るだけでなく、犯罪も取り締まる。

 なぜ彼が守護隊に追いかけられているかというと、理由は一つ。


「そこの君! 今すぐ止まりなさい!」


 一人の守護隊員が大声で叫ぶ。真の手には大金の入った袋がある。


「止まれと言われて止まる馬鹿がいるかよ。」

 

 後ろを走る守護隊を見ずにうんざりと口にする。周りに人は誰もいないようだ。

 自分達の足音だけが、静かな廃墟に鳴り響く。


「止まれ!」


 守護隊員の一人が怒り心頭といった様子で、腰の拳銃を抜く。


「......上位ランクのやつしか持ってないんじゃなかったのかよ。」


 短銃は守護隊の二十あるランクのうち、十以上の隊員が携帯可能な代物。

 十以上のランクは、大きな実績を上げない限り、一生上がれないランクだ。

 なにが言いたいのかというと、十以上のランクの守護隊はレベルが高い。


面倒なことになってしまった。


 こんなにランクの高い守備隊員が来るとは思わなかった。

 やっぱり町のど真ん中で貴族の鞄を盗んできたのがまずかったか?


「最終警告だ! 止まれ!」


 最初の温厚な言葉遣いはすっかりなくなり、隊員は荒々しく叫ぶ。

 止まるわけにはいかない。平民が貴族の物を盗んだ場合、捕まれば死刑は確実だ。

 前に見えるのは一直線の道に終わりを告げる二方向に別れた道。

 真は迷わず右を選び、走る。この道は毎日通るので、自然に道を覚えた。ここからは迷路のような道だ。

 曲がりきったと同時に後ろで発砲音が聞こえる。

 威嚇射撃だろう。真は気にすることなく慣れた道を走る。

 右、左、左、右、左、右、右と、不規則に道を曲がっていくと、いつの間にか隊員達は消えていた。

 それを確認すると、徐々にスピードを落とし、止まる。乱れた呼吸を調えてから、耳を澄ませる。

 遠くで走る足音が聞こえるが、音は近づくどころか、遠ざかっていく。

 見失ったらしい。

 しばらくしても、守護隊員達がやってくることはなく、足音も消えた。


「ふぅ」


 安堵のため息と共に完全に警戒を解き、金袋を肩で担ぎ、上機嫌で自分の住んでいるビルに向かう。


 

 夜空を見上げると、眩しく輝いている星達が、俺の勝利を祝ってくれている気がした。



***



「さて、中身はどれだけ入ってるかな。」


 ボロボロで、今にも崩れそうな三階建てのビルに戻ってきた真。崩れそうなため、誰も住まない。

 だから、ここには真一人しかいない。広い一階フロアのど真ん中で腰を下ろす。

 居心地は良いとは言えない。だが、住む場所がここしかないのだから仕方がない。

 袋を地面に置くと、ジャラリと金同士が立てる音に自然と期待も高まる。仮面を外して、中身を見ようとする。

 突然、部屋の隅でカサカサ、という音がした。音がしたほうを見ると、なにもいない。


「気のせいか?」


 特に気にすることもなく、袋を開き、中身を覗く。

そしてそのまま動きが止まる。


「すげぇ......」


 口から自然と漏れた言葉。すごいとしか言えなかった。こんな大金は見たことがない。

 なぜ袋にこんなに金を詰めているかは分からないが、多分、カモフラージュの為か、ただ袋に金を詰めることに憧れてるかのどちらかだろう。


「よし、これだけあれば当分金の心配はいらないな。」


 袋の口を閉め、その場で横になる。

 生活用品は一式揃っている。服が貧相なのは、服に無頓着なことと、そういう物に金を使ってしまうためだ。

 二階フロアの一室を、生活スペースにして住んでいる。

 なぜ二階なのかというと、一階には部屋がないという単純な理由だ。

 そろそろ二階に移動しようと腰を上げるとまた、カサカサ、という音が聞こえた。


「なんなんだ?」


 早く移動したい気持ちはあるが、音の正体も気になる。


 暗闇に視線を巡らせる。

 すると、暗闇に溶け込む黒い色をした生物がいた。よく見ないとわからなかっただろう。


「............」


 それがゴキブリと気付くのにそう時間は掛からなかった。


「はぁ......」


 自然と漏れた重いため息。

 真はゴキブリが心底嫌いだ。

 理由はなんとなく、という曖昧なもの。

 暗闇の中、じりじりとこっちに近づいてくるゴキブリから、同じ距離だけ後退りをする。


「ゴキブリは嫌いかの?」


 今日は分からないことばっかりだ、真は思う。

 いきなり部屋に響いた老人の男性の声には、そう思うしかなかった。

 辺りを見回すと、宙に浮いている黄色い服を着た老人を発見した。もう意味が分からない。


「誰ですか?」


 突如出現した謎の、老人に、ゴキブリそっちのけで真は尋ねる。

 しばらくの静寂の後、男は深く笑み、


「我は神なり!」


 両手をわざとらしく掲げ、大きな声でそう言った。

 最初の雰囲気と今の雰囲気が全然違うのは気のせいだろうか。

 そしてなにを言ってるのだろう。


「えーっと......名前は?」


God(ゴット)!」


関わりたくない......という感情を無理矢理押さえつける。


「じゃあG(ジー)さん。お帰り願いたいんですけど......」


「駄目じゃ。」


 Gさんという呼び名は気にせず、真の意思をだけを否定する。


「なんでですか?」


 露骨に嫌そうな顔で真はGさんに尋ねる。

 真の表情に気にした様子もなく、Gさんは答える。


「お前さんには、そいつと旅に出てもらう。」


 Gさんが指差すのは真の後ろ、ゴキブリがいる位置だ。

 しかし、真が振り向いた時には、ゴキブリはもういなくなっており、そこにいたのは一人の少女。

 小さい彼女はチョコンと大人しく座っている。短い髪は黒く、目も真っ黒。

 服はお嬢様、という感じのドレス。


「............」


 本日二度目の沈黙。

 意味が分からない。

 不思議なことが三つ起こった。

 まず一つは、いきなり少女が現れたこと。

 次にさっきまでいたゴキブリがいなくなっていたこと。ただ逃げただけかも知れないが、他の場所に逃げられていたら、面倒だ。

 最後に、これはどうでもいいかもしれないが、この恵まれていない世の中で、高級そうな服を着ていることだ。


「意味が分からんか?」


「三つくらい......」


「わしが答えられる範囲なら、なんでも答えてやるぞ。」


「じゃあ、この子はなんなんですか?」


「あー、その子はさっきのゴキブリじゃ。わしの力で人間に変えたんじゃよ?」


「え?」


 ゴキブリを人間に変えた? 


 わけが分からなかったが、これで二つの疑問が解けた。自分の感情を一旦抑え、最後の疑問を問う。


「じゃああの服はなんですか?」


「わしの趣味じゃ。」


「うわぁ......」


驚くほど自然に言葉が出たことに、自分でも驚いた。


「......なんじゃ、なんか文句でもあるのか?」


 Gさんが一気に不機嫌になる。

 文句ならある。あの無駄に露出の多い服を着ているせいで、少女は寒さで震えているのだから。


......可哀想に。


「はいはい、普通の服にすればいいんじゃろ? ついでにお前さんの服もいいやつにしてやろう。」


突然Gさんが光り、目が眩む。


「ほれ、これでどうじゃ。」


 光はすぐに収まり、また暗い空間に戻った。もともと窓があった場所から、月明かりが射し込んでいる。

 自分の服を見ると、いつの間にか落ち着きのある黒い服を着ていた。


「これはおまけじゃ。」


 ぽん、と真が受け止めたのは白いマフラー。寒いのは苦手なので、こういうのがあると助かる。

 早速、受け取ったマフラーを首に巻く。とても柔らかく、暖かい。

 少女はドレスから可愛らしい赤の服になっていた。それでもまだ震えている。


「あれも趣味ですか?」


「......その子は言葉を話せるぞ。」


 話を誤魔化すための苦し紛れのGさんの一言。

 真はこれ以上の追求を止めた。


「旅は一ヶ月後じゃ。それまでにコミュニケーションを取っておけ。楽しみにしとるよ。あ、その子の名前は千夢じゃ。


 (せん)(ゆめ)と書く。」


 Gさんはそういうと目の前でいきなり消えた。

 

 闇の中深く、ため息を一つ吐く。白い息が口から出て、消えていく。


「なんでこんなことに......なんで俺なんだよ。」


 再びため息を吐く。

 Gさんがいた場所から、千夢という名前の少女に目線を移すと、きょとんとした眼差しを、こちらに向けていた。

 落ち込んでいても仕方がないので、千夢に話しかけてみる。


「なあ、お前喋れるのか?」


 千夢に近づき、ゆっくりと話す。

 だが、千夢はその大きな目をゆっくりと瞬きをしただけで、なにも話そうとはしない。


 やっぱり、ゴキブリだったとは思えない。


 どこをどう見ても人間だ。肌は少し白い肌色で、腕と足は細い。

 羽は生えてないし、触覚もない。

 右手の人差し指で千夢の頬をつついてみると、柔らかく、冷たかった。つついている間も、少し嫌そうにはしていたが、無言のままだ。

 頬を引っ張ってみようかと思ったが、それはさすがに止めておいた。


「私は誰?」


 いきなりの千夢の第一声がそれだった。

 驚きを隠して、質問に答える。


「確か、千夢って名前だったと思う。」


「千夢......いい名前だね!」


 千夢は自分の名前が気に入ったのか、満面の笑みを浮かべる。

 さっきの無表情な少女はもうそこにはいなかった。


 




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