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何度でも……

作者: 結衣

 何度生まれ変わっても側にいたい、カレンという若い女には本気でそう思う相手がいた。それは現在テーブルの向かい側に座り、食事を共にしているデュークという同年代の男。

 デュークは口元に料理がついたまま、興奮した様子でカレンに言う。

「これ、うまいぞ。カレンも食えよ」

 デュークの皿には焼いた肉を香辛料で味付けしたものが盛られている。彼は皿をカレンの前に差し出した。

「そう? じゃあ一口だけ」

 カレンは自分のフォークを肉に突き刺した。口に含む。肉と香辛料がちょうどいいバランスで絡みつき、食べやすい味付けになっている。

「な、うまいだろ?」

 デュークは得意げに笑う。

「うん」

 カレンは素直に頷くと、皿をデュークに返した。もっと食えよ、という彼の勧めを、カレンはもういいと断り、水を飲んだ。

(いつもこう。デューク、自分が気に入ったものはすぐに教えてくれて……私が気に入らないと、がっかりして。自分に嘘がないんだよね、分かってるよ)

 おいしそうに料理を口に運ぶデュークを視界に入れつつ、カレンは微笑んだ。

 カレンは知っている、幸せは永遠ではないのだと。だから一つ一つの会話を楽しむことは、非常に大切な時間。

 しばらく談笑していたが、ふとデュークが真剣な面持ちになった。

「あのさ」

(来た。でも気付かないふりしなきゃ)

 カレンは心の中で呟き、何でもないような顔で「何?」と聞いた。しかしデュークはなかなか話を始めようとしない。

(私はデュークの言いたいこと分かってる。でも……)

 デュークはしばらく口をもごもごさせていたが、やがて決意を固めたようだ。一度咳払いをし、話を切り出す。

「銀の森の話、覚えてるか? この村に来た時、入口にいたじいさんが話してくれたやつ」

「覚えてるよ。一年中冬みたいに寒く、ずっと雪があるんだよね」

 ――銀の森は別名、冬の森。寒く、訪れた物を凍えさせる。

 ふと銀の森について聞いた時のことを思いだした。あの時はただの情報としか受け取らなったが、実際は……。

「そこに行く必要がある」

 デュークは断言した。

「どうして?」

「俺たちの探し物がそこにあるからだ」

 デュークの言葉にカレンは驚いたふりをした。びっくりしなかった理由は簡単で、前からそのことを知っていたから。しかしそれを彼に悟られてはいけない。

「へえ、そうなの?」

「ああ。石にされた女神を元に戻すのに必要なのは、多分……雪の花」

「でも、それは事実なの?」

 カレンは聞いた。

 カレンとデュークは旅をしているが、それはただの観光が目的ではない。

数ヶ月前、女神が石にされた。犯人は魔王。魔王は封印が解けるとすぐに女神を石に変化させた。このままでは大変な事になるというので、女神を助け、その力を借りて魔王を倒さなければならない。その役目を託されたのがデュークだ。カレンとは立ち寄った村で出会い、成り行きで旅の仲間となった。

「ああ」

「雪の花……女神を助けるのに必要なもの。そして女神を助けて、最後は魔王とも戦わなきゃならないんだよね。ちょっと怖いな」

「カレン」

「魔王って普通の人間にはもちろん、偉大な魔法使いや魔物も使えないような力を持ってるんでしょ? 女神を助けたとして、倒せるのかな……」

 デュークは彼女の呟きには何も言わず、鞄から一枚の紙をとり出し、テーブルに置いた。カレンはその文字を目で追う。

『昔、女神は悪しき力によって石にされました』

 女神を救う方法を知る唯一の手掛かりを黙って読み、カレンは視線をデュークに戻した。

「これ、途中で文章終わってるよね。最後は『女神を救うため、勇者は寒き森をさまよった。』これじゃ、どこの森かは分からないよ。確かに銀の森は寒いと聞くけど」

「そうだ。だから俺も……銀の森だと確信できなかった。危険な森だというから、証拠がない限り銀の森に行こうともできなかった。でも、この深き森が銀の森だという証拠を手に入れた。あのじいさんにな」

 デュークはさらに一冊の本をカレンに渡した。その本を開き、ぱらぱらとめくる。

「……これ、嘘でしょ」

 これが嘘ではないことを、カレンはよく知っていた。しかし表にだしていいのは、驚いた表情だけだった。

『銀の森に咲く雪の花は、昔勇者が積んだと言う。誰かが勇者に、なぜ危険な思いをしてまで雪の森に行ったのかと聞くと、勇者は微笑してこう答えた、雪の花を手に入れるため。なぜ雪の花を欲したのかという問いにはこう答えた、女神を救うためだ』

 カレンに手渡された本のタイトルは『銀の森についての伝承。』どこかのページに雪の花について説明された個所があった。そこに書かれていた花言葉を見、カレンは思わず笑った。妙におかしく思えたのだ。

 デュークが再び口を開いた。

「読めない場所もあるが、これはいい手がかりになると思う。行ってみる価値はあるはずだ」

「確かに……やっと見つかった、女神さまに関する手がかりだしね」

 本当に雪の花は女神を救うのか? これをカレンは知らない。

 行きたくない、そう思う。しかし態度には出さない。

(こんなこと考えちゃダメ。もう、バカな私)

「行こうよ。銀の森。女神様を救うために」

「……いいのか? 凍死した人も数多いと聞くのに」

 デュークがためらいがちに問う。しかしカレンはすでに心を決めている。

「いいの。大丈夫」

 カレンは安心して、とでも言いたげに笑った。

 しばらく悩んでいたデュークも、ようやく覚悟を決めたらしい。行くぞという声と共に立ち上がる。その拍子にイスが倒れ、彼は急いでイスを元に戻していた。

 カレンはすっかり冷めたスープを食べ終えてから、腰を上げた。

 レストランをでて、二人は右に曲がった。

「じゃあ行こう」

「ああ。あ、銀の森に行くなら防寒対策しないとだめだな。服屋はどこだ」

「服屋なら逆方向。宿屋を出て左に歩くんだもん」

 カレンとデュークは立ち止まった。カレンは体の向きを変え、色々な建物に目をやる。あそこがレストラン、あそこが道具屋、あそこが宿屋……。この町の地図はすでに頭の中にある。

「そうか。お前よく覚えてるよな」

「だって一度町を歩いて、色々と探索したでしょ」

「あれで覚えられたのか。ここは初めてなのにすごいな」

「まあね」

 しかしデュークにとっては初めての町、まだ町の全体を理解していない。カレンもこの町は初めてということになっている。本当は違うのだが、説明をしたくないがために嘘をつく。

「その気になれば初めてでも覚えられるの」

(もうすぐ、森か)

 カレンは空を見上げ、ため息をついた。空に浮かぶ雲が動き、ちょうど太陽を隠してしまった。



「やっと着いたね、銀の森に」

 目的地の前に立ち止まり、カレンは厚手のコートからニット帽をとり出した。白のそれを茶色い頭にかぶせる。

「寒そうだな」

 すでにニット帽をかぶり、手袋をはめ終えたデュークが言った。

 目の前に広がる銀の森。そこに生息する木の色は薄く、枝につく葉は白い。自分たちが踏む地面はまだ茶色や緑といった色をしているが、森の中はすでに雪が積もっている。この辺りでは森の外で雨が降った時、森の中では雪が降るらしい。

 カレンはニット帽を撫でてから手を離した。指についた白の細かい毛を見、残念そうな顔になる。

「赤かピンクの帽子がよかったな。コートも白いし、全身真っ白」

「売り切れだったから仕方ないだろ。我慢しろ。後で買ってやるから」

「いいよ。この森の用が終わったら、使わなくなるんだから」

 カレンはふてくされた様子で手を払っている。

「いいって。遠慮するなよ。それに冬が来たら使えるだろ。……どうした?」

(……デューク)

 カレンは不安げな瞳でデュークを見つめ、ぽつりと聞いた。

「側にいてくれる?」

 その問いに対し、デュークはさも当たり前であるかのように答えた。

「もちろん」

「ありがと」

 カレンにはその言葉だけで十分だった。口元を緩め、デュークから森に目を戻し、呼吸をする。森の冷気が流れてきたのか、吸った空気は冷たく、口の中を冷やす。

 二人は森に足を踏み入れた。歩けば歩くほど、自分たちの足跡が白く染まった地面を埋めて行く。自分たちの前方に足跡はなく、最近は人が訪れていないことを物語っていた。

「寒いね」

 カレンは白い息を吐く。防寒対策はしていたが、寒さが身にしみた。

「ああ。帰ったら温かいスープでも飲もう」

 デュークは腕をさすっている。

 時にはふくらはぎの半分辺りまで埋めてしまう雪を踏みながら、二人は歩いていた。最初は多かった会話も徐々に少なくなる。カレンはデュークの背を負う。

「あ、雪」

 カレンは空を見上げて気がついた。白い粒が空から舞い落ちてくる。デュークの黒いコートに白の雪はよく映えた。一方カレンの白いコートの上では雪はあまり目立たなかった。

「雪か……大丈夫かな」

 デュークは不安げな表情で空模様を眺めている。

「どうする? 帰るか?」

 デュークに問われ、カレンは即答した。

「帰らない。だって結構歩いたし、もったいないよ。それにさ……あの町のおじいさんが言ってた、もうすぐこの辺は雨の多い時期に入るって。そしたら雪が降り続けるだろうって。だったら、今のうちに探した方がいいよ」

「……そうだったな。それにしても都合の悪い時期に来ちまったな」

「うん」

 もしこの森に来たのが晴れの多い時期だったなら……それを思うと気が重くなる。カレンはデュークのコートに積もった雪を見ながら、身体を震わせた。

「急ごうよ。これ以上雪がひどくならないうちに」

 カレンはデュークのコートをひっぱり、早足になる。

 寒い、寒い……森に入ってから何度こう思っただろうか、カレンの身体はすっかり冷え切っていた。白の帽子も白のコートも白の手袋も、彼女の身体を守ってはくれない。

 雪はひどくなり、吹雪と化していた。雪が目につき、正面を向けない。カレンは時折咳をしつつ、デュークの後に続いている。

「カレン、大丈夫か?」

 デュークは何度もカレンに問いかける、彼女の調子を。その度に大丈夫だと答える彼女の声から、回数を増すごとに元気が失われていく。カレンは目眩がし、頭を押さえた。

 吹雪は止むことを知らず、森を行く者を凍えさせる。

 デュークのコートを掴むカレンだが、その手から力が抜けていく。それでも必死に歩く。決してそばから離れない……そう心に誓っていた。そう、誓っていた。

 視界を遮る雪の壁。その壁はカレンとデュークの間も隔ててしまった。

「デューク……?」

 カレンは頭を動かし、デュークの居場所を探した。足跡を頼りにしようと思ったが、身体が思うように動かない。やがて力が入らなくなり、その場に倒れ込む。今立ち上がる事ができたなら、きっと彼女の身体の跡が見えるだろう。

(……やっぱり、こうなるんだ)

 カレンは大切な人の明確な居場所も分からないまま、ぼんやりと考えた。寒いのか熱いのか、判断できなくなる。妙に眠い。

(何度目、かな)

 ――あれ? 前にもこんなことが……?

 最初に気がついたのはいつだったか、もう覚えていない。でもこう感じたのは事実だった。

 ――でも、気のせいだよね。だって、初めて来たんだもん。

 しかしただの気のせいだと思っていた時期は存在する。

 ――俺、デュークって言います。宿屋に行きたいんですけど。

 ――私の家が宿屋だから、案内するよ。

  これは二人の『初めて』の会話。

 ――俺、デュークって言います。宿屋に行きたいんですけど。

 ――私の家が宿屋だから、案内するよ。

 これもまた『初めて』の会話。ただ本当は……。

 カレンは何度も『初めて』を繰り返した。初めての旅立ち、初めての土地、初めての様々な会話……。実際には数回目の旅立ちを、『初めて』だと考えていた時期はある。しかし気がついてしまった今は、偽りの『初めて』でしかない。

(どういう仕組みかは分からない、でも……同じ時間が何度も繰り返されている)

 必死に意識を保とうとするカレン。しかし徐々に抵抗する力が抜けていく。

 カレンは何度も繰り返してきた。同じ会話を何度もし、同じ土地を何度も訪れ、同じ冒険を何度もした。気がついてからのカレンは、もちろん繰り返しの世界から抜け出そうとした。

 その一歩が、前回とは違う選択をすることだ。

――私、待ってるよ。だから頑張ってね。

 どこかの町で、カレンは少し体調が悪そうだった。だからデュークは、宿屋で休んでいろと勧めた。今までは自分もついていくといい、無理矢理ついていった。しかしこの時は、素直に休んだ。その結果、彼は行方をくらませた。安否すら分からなかった。

 その後、時間は巻き戻された。デュークと旅立ち、色々な会話をし、旅を続けた。反省を活かし、体調を崩したときは彼の言葉を聞かずについていった。今度は分かれ道にでた。いつもなら左の道を選ぶが、今回は右を選んでみた。その結果、デュークは魔法で操られた。彼を攻撃する事ができず、カレンは殺された。

 次はデュークと離れた際に、またカレン自身が魔物に命を奪われた。

 その後も色々と試してみた。時間が戻らないように、望む未来を手にするために。しかしどれも駄目だった。また「時間が戻っている」とデュークに伝えようとすると、なぜか目眩がして意識を失ってしまう。だからそれを告げた事は、一度もない。

(あと何回、繰り返すんだろう?)

 消えかけた意識の中、カレンは嘆いた。同じ時間が過ぎている事を知るのはカレンのみ。デュークでさえ、気づいていない。彼にとっては全てが新鮮なのだ。しかしカレンの目には、新しい物が映らない。

 やがて彼女は新しい選択をすることをやめた。抵抗を諦め、全てを受け入れる事にした。未来を変えてしまうような言動は全て、心の中にしまい込んだ。どうやら口に出したり行動に移したりしなければ……考えるだけなら何も変化しないらしい。

(二度と会えなくなったり、敵になったり……もうあんな目に遭いたくないよ)

 カレンは運命を変えようとしない。決してこれは望む結末ではない。しかし今までの結末の中では、デュークと最後まで仲良くできて、しかも彼が死なないこの未来が一番マシなのだ。彼と親しく、かつ彼が生きたままの結末の中で、彼の側にいられる時間が一番多いのが、今回彼女が選んだ道だった。

(一番最初、初めてのときが一番よかったんだな。これ以外の選択は、もっと辛い)

 カレンの瞼が徐々に閉じられていく。

(いつになったら、終わるんだろう? 何で、こうなんだろう? どうして何度も……)

 カレンの目は完全に閉じた。終わりも近いらしい。

(見てみたいな、一度でいいから。雪の花。デュークは見た事あるのかな)

 カレンは雪の花の花言葉を思い出す。

『奇跡』

 雪の花は雪の色をしているらしい。「初めて発見した人物が、『こんな雪の中、目立たないこの花を見つけられたのは奇跡だ!』と叫んだエピソードから、この花言葉が生まれた」と書物には記されていた。

 カレンは雪の花を見つける事ができないまま、完全に意識を失った。



「くそ! カレン、カレン!」

 あの日から三日が経過し、デュークはカレンの死体を発見した。声をかけても返事をしないし、叩いても動かない。くすぐられることに弱い彼女の首筋をくすぐってみても、笑わない。

「どうして、俺が、俺がしっかりしていれば……」

 町に運ばれ、彼女は土に埋められた。その箇所を見ていると、自然と涙が流れた。地面を殴っても、痛いだけだ。この痛みでカレンが生き返るなら、彼は殴り続けただろう。

 町の人たちは、哀れむような瞳を向けている。

 宿屋へと歩く足は重い。

 そのとき声が聞こえた。優しい、女性のような声。

 ……時間を戻す?

(誰だ?)

 ……秘密。時間を戻せば、彼女が死なないですむかもよ。

(……本当か?)

 ……ああ。彼女と幸せな未来を築けるかもしれない。あなたが望むなら、私は時間を戻してあげられる。どうする?

 それは甘い響きを持っていた。

(頼む。戻してくれ)

 デュークは迷うことなく、それに哀願する。

 ……了解した。

 徐々に不気味な声に変わっていく。デュークはぞっとした。

 ……お前は今までのことを忘れる。どんな選択をすれば、どんな行動をすればあの女と私の前に来れるのだろうな。来れるなら、来てみろ。

(……私の前? お前、誰?)

 デュークは奇妙に思ったが、平静を装って聞いた。その時の答えには、勝ち誇ったような響きが感じられた。

 ……魔王。

(え……? やめろ)

 ……一度頼んだのだから、もうやめられない。

 デュークは何かを言おうとしたが、その前に気を失ってしまった。

 ……あの女が気づいているが、未だに私の元に来れてはいない。大体、この先に進むのに必要なことに、何度やっても気がつかない。気づかない限り、よくてここまでしか進めない。愚かな人間たちだ……時間よ、戻れ。

 魔王と名乗った声は、最後に笑い声を残していった。


読んでくださり、ありがとうございました。

昔書いていた作品を見つけ、完成させたのがこれです。数ヶ月も放置してた……。

他の作品も、少しずつ更新しなきゃなぁ。


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