第四章・英雄Ⅱ 終焉
正直な話、ここまで来るのに歩き疲れてしまっている遼にとって、この戦いに端から勝つつもりなどなかった。
そもそも、いくら詰め込みでリハビリを行ったとはいえ約二年にも近いブランクをたった二日で埋められるはずもない。だから、彼にできることは只管に恭介の一撃を受け流し続けて自滅へ誘う事だけ。
どれほど気付かれずに対処し続けるかが問題なのだ。
「来いよ恭介。半病人相手にいつまでも様子見なんてらしくないぜ」
「半病人? くくく、そんなこと関係なくお前は強いだろうに」
けたけたと笑いながら、恭介は手で額を押さえながら一歩一歩近づいてくる。
「そもそも、来たって言うことはそういうことだろ」
「違いない!」
瞬間、驚異的な加速で遼に向かって飛び出した恭介。
遼はそれに対して無形を保ち、ほんの僅かにだが存在する隙を見逃さずに突き崩す。
「フッ!」
一息に手首を掴んで墓石に向かって背負い投げの要領で投げ飛ばした。
だが、恭介は猫のような動きで墓石に着地すると再びにんまりと笑うのだ。
「衰えたな……確かにお前は半病人だよ」
「御託はいいからさっさと来いよ」
挑発するようなしぐさで遼は中指を恭介に立てると、恭介は反応するように飛び掛っていく。
(薬…か。確かに俺も弱くなったけどさ……アンタはもっと弱くなった。冷静さがまるでないんだよ)
「久我峯無形流・辻風ェ!」
遼は先ほどと同じように恭介を掴み投げ飛ばそうとしたが、恭介は瞬間的に身体を一回転させて遼に手刀を叩き込もうとする。
だが、受け流すと決め込んでいる遼は即座に動きに対応し、身体を半歩だけずらすことによって回避し、手首を掴んで投げ飛ばすのではなく地面に叩きつける。
「カッ……ハ!?」
「なあ、恭介……アンタ、本当に弱くなったな」
今まで、桐生と恭介の背中を追ってきた遼だった。だからこそ達することのできる境地もあった。それが今の遼の受け流しの技である。
「水上先生に頼んで良い精神科を紹介してもらえる。恭介……まだやり直せるんだ。アンタがいて、俺がいて、奏龍がいて、希実香がいて……霞さんもいる」
「そこには由岐ちゃんも……涼香もいないだろ! 俺は取り戻すんだ。あの頃の楽しかった日々を! 思い出を!」
地に組み伏せられた状態で、恭介は遼の戒めに抗い続ける。
「どうして分かろうとしない!? 理解しないんだ!」
「やっぱりアンタは疲れてるんだよ。当たり前だろ……誰かから奪ってまで手に入れる必要のある幸せなんかないだろ。本当は分かってるんだろ恭介。どれだけ自分がやっていることが無意味で、大切なものを傷つけているだけだってことをさ……」
「大切なもの? そんなものは本心と一緒に消しちまったさ……だから歪んじまう前の俺だって表に出てこようとしない。無意味? やってみないとわからないだろ!」
その時、遼が組み伏せていた恭介の右肩の間接から鈍い何かが外れる音が響いてきた。
恭介は遼の戒めから逃れるために自ら間接をはずしたようだ。無理やりにはずしたせいか、右肩から下は真っ青になっている。
「俺はあきらめねぇよ……」
だが、その目には今だに消えぬ闘志の色が残っている。
「なっ、どこに行くんだ!」
「戦略的撤退だ……お前は自分から動けないみたいだからな」
そういって、だらしなく右肩から下をぶら下げながら恭介は走り去っていく。
「恭介!」
走り去っていく恭介の背中に向かって声を出す遼だったが、意外な人物の手によって止められた。
「遼さん。今は今神さんを病院に運びましょう。先ほど希実香さんの携帯から遼さんの携帯にジーピーエス情報が送られてきました。とりあえず今はそちらを優先しましょう」
「なっ、結衣……いや、分かったよ。救急に電話を掛けてくれ。俺は位置情報を元に希実香のこと探してくるから」
「分かりました……遼さん、携帯電話お返ししますね」
遼は結衣から手渡された携帯電話を片手に、貧血ぎりぎりの身体を動かして希実香の位地情報を示している地点にゆっくりと走る。
その先には旧日本軍が使っていたと思われる地下防空壕への入り口があった。一瞬だが入ることを遼は躊躇ったが、次の瞬間にはその躊躇いも消えて中に駆け込んでいった。
走れば知るほどに息切れを起こし、動悸も酷くなる。
「希実香! いるなら返事をしてくれ!」
だが、すぐ近くまで来ているのだという思いが苦痛を上書きして行動力に変えてくれる。
「希実香!」
「――――くん!?」
微かに聞こえる声を信じて、遼は我武者羅に防空壕の中を駆けていく。
奥に進めば進むほどに希実香の声が近づいていくのが分かる。だから遼は走ることができた。
「希実香―――」
「遼くん!」
これが、デウスエクスマキナの用意した本当の結末なのだろうか?
その後、彼らは今までと同じような日常を取り戻した。
唯一つ違うとすると、遼が意識を取り戻した変わりに恭介と言う人間が消えてしまったということ。
もちろん、本当に消えてしまったわけではない。行方不明なのだ。
それでも、彼らはいつか来るであろう日常を信じて今日も生きる。
「待ってくださいよ~」
「結衣ちゃん早くしないと遅刻しちゃうよ!」
「希実香、お前は学校違うだろうが!」
「どうでもいいから早くいかないと全員遅刻になちゃうって!」
それぞれの日常を生きること……これが彼らの学んだことであった。
打ち切り間がぬぐえないけど一応完結です。
初のオリジナル連載作品だったので未完成な感じが残ってしまいましたが、これで完結なんです(泣)
次回作はそらおとの次話を更新してから考えます。
また近いうちに会いましょう