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デウス・エクス・マキナは必要ない  作者: 絃城 恭介
第四章・英雄Ⅱ~Ein anderer HeldⅡ~
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第四章・英雄Ⅱ その二

六月十七日


遼・結衣パート



 遼が意識を取り戻してから早くも三日が過ぎた。意識を取り戻した初日には主治医である水上先生に自分の状況を語られ、今神奏龍という旧友と再会を果たし、羽森結衣という機械的因果律干渉体の少女によって過去と現在の記憶を完全に一致させるといった具合に、とにかく意識を取り戻した初日から様々な事があった。

 

そして二日目には、恭介は思うように動かせない自分の身体に鞭を打ってリハビリに励み、三日目の今現在はようやく箸を使って食事を取ることができるようになった。


「凄いですね遼さん。水上先生の話だと早くても一ヶ月はかかるって言っていたんですけどね」

「それでもあのころに比べると全然駄目なんでけどな」



 本人からしてみれば、自分が最も動けていた最盛期を思い出してしまい、どうしても今の状況には満足できないようである。



「それでも驚異的な回復力であることには変わりはないですよ」



 結衣のそんな言葉を聴きながら、遼はテーブルの上に載った昼食を口に運ぶ。そして水を飲むためにコップに手を伸ばしたが、中身が入っていないことに気がつき断念しようとした。


 それに気がついたのか、結衣は立ち上がって水の入ったポットを取りにいく。



「あ、おい。それくらい自分で取りにいけるって」

「リハビリの後にはきっちりと休憩をする。それが水上先生との約束でしたっけ」



 遼はそれを止めようとそう言ったが、結衣に返された言葉に黙ってしまった。そして、すぐに結衣は水の入ったポットを持ってきて遼の空になったコップに水を注ぐ。



「……ありがとよ」

「いえいえ、私も協力してもらっている者なのでこれくらい当然です」



 遼の照れ隠しの入ったぶっきらぼうな言葉に対して結衣は笑いながら答える。



「それに、今日は遼さんにできるだけ全力を出せる状態の身体の状態を保っていてもらわないといけませんから」

「そうだったな……」



 恭介が結衣から聞かされた話の中には恭介と遼の死へのタイムリミットの内容のものもあった。その話の中では複数の可能性があったが、いずれも遼が失敗し恭介による狂行が発生してしまったという内容であった。


 だが、今回は羽森結衣というイレギュラーが存在し、遼もその可能性の全てを把握している。



「失敗するわけにはいかないんだったな……けどさ、一ついいか?」

「何でしょうか?」



 遼からの突然の質問に、結衣は特にあわてる様子もなく聞き返す。



「この時間で俺が失敗したとしてだ結衣。お前はどうなるんだ?」

「何度でも繰り返しますよ。いつか成功するそのときまで」



 その言葉を聞いて、遼は自分の思いを引き締める。結衣の悲しみの連鎖をとめようと。そして、この時間ではない自分や恭介に同じ過ちを繰り返させないためにと。


 だが、それでも問題は一つある。それは十全の状態ですら敵わなかった恭介に果たして自分は勝てるのかということである。



「けど……勝てるかな恭介にさ」

「たぶん勝てないでしょうね。今までも全て返り討ちにされてきましたから」

「それって駄目じゃねーの?」

「全てが同じ結末とは限りませんから……それに、今回の恭介さんはどこかおかしいですから」



 遼は結衣の言葉に疑問を覚えたが、それを聞くことはなかった。それを聞いたところで自分がすることには変化はないのだと思ったから。



「ま、それはとにかく……どうやって病院を抜け出すかだな」

「それなら良い考えがありますので安心してください」

「いい考え…ね。あんまり期待しないでいるさ」

「失礼な人です」



 結衣の少し怒ったような表情を横目に、遼は来るべき決戦を想像するのであった。







 奏龍パート

 



 六月十七日の十六時。その時間が近づくにつれて奏龍の心は焦燥に駆られていた。


 過去に遼と奏龍は恭介と組み手をしたことがあった。そのころは彼らの師である桐生も健在であり、切磋琢磨で競い合っていた。だからそれほど実力に差が生まれなかった。


 だが、その三人の中でも特に恭介の才能はずば抜けていたのだ。桐生が死んだ跡も、ただ一人稽古を続けてきた恭介の姿を見ていた奏龍にとって、恭介という人間は越えられない壁の一つとして認識され続けてきた。だから、恨む事はあったとしても直接対決という形には成り得なかった。言ってしまえば、今神奏龍という人間にとって恭介は兄のような存在であったと同時に畏怖の対象であったということだ。


 奏龍だって努力は欠かさなかった。それは過去の思い出を忘れないための行為であったが、それなりに稽古は続けてきた。だが、あくまでそれは教えられてきたことを繰り返し続けてきたというだけだ。 


 だから目に見えるほどの成長も、自分で感じられるほどの成長も奏龍はほとんど感じることはなかった。


 それゆえに恭介を止める。つまり、恭介を力でねじ伏せるという行為を行うことがどれほど無謀なことか考えるよりも先に身体が理解してしまう状況に焦燥しているのだ。



「何を僕は恐れている……過去は過去だ。僕だってそれなりに稽古は続けてきたんだ……勝てない道理はないだろ」



 自分を落ちつかせるように呟いた言葉すらも震えてしまう。



「そうだ…超えられないはずがないんだ」



 すでに地平線の彼方にその赤く輝く身体を沈ませようとしている夕焼けを見ながら、奏龍は墓地公園に足を進める。


 足取りは確かに軽いものではなかったが、それでも確かに前に進んでいた。


 はるか遠くの方向から一時間おきに聞こえてくるチャイムの音が鳴り響く。今まで静かであった墓地公園にチャイムの音が鳴り響いたかと思うと、今まで誰一人として存在していなかった墓地公園に一人の影が現れた。



「恭介………一体、どこから…?」



 まるで初めからそこにいたかのように、笹宮家の墓石の前に立っている恭介の表情は奏龍のいる位置からはよくわからない。


 だが、奏龍が一つだけ気がついたことがあった。



「恭介、ずいぶんやつれたんだな……」



 ぼそりと、自分以外には聞こえないほどに小さな声で奏龍がつぶやく。すると、その声が聞こえていたというように恭介が奏龍のほうを向く。


 ぶつかり合う視線。そこには何の言葉もなかった。あるのは、いつまでも続くかのように思えた無音の世界だけであった。だが、それを崩したのは恭介であった。



「―――そんなお前は昔から変わらないな奏龍。もう逃げることは止めたのか?」



 奏龍に近づくように歩きながら、恭介は奏龍に向かって言葉をつむぐ。



「もっとも、お前一人じゃできることなんてないだろうけどな」

「そんなことはわからないだろ……なあ、恭介。本当に事件の発端者なのか?」



 奏龍がそう返すと、恭介は一瞬だけ何のことだという表情をしてから『事件』という言葉に心当たりがあったのだろう。奏龍に向かって言葉を返す。



「ああ、世間では失踪事件ってなってたな。確かにあれの発端者は俺だよ……それがどうかしたのか?」

「どうかした……だって?」



 今すぐに口からあふれ出しそうになる罵詈雑言を口の中に留め、奏龍は言葉を続ける。



「恭介……希実香はどうした」

「どうしたもなにも、どうもしてないさ。なんならここに連れてきてもいいぜ」



 まるで気にする様子も、動揺した素振りも見せずに恭介はおどけた様なふりをする。



「恭介、涼香姉さんはこんなこと望んでなんかいない。今ならまだ間に合う…だから――」

「勘違いするなよ奏龍……俺は俺の意思で、涼香の願いを聞き届けるために行動してるんだ。お前も例外じゃない。お前を還せば涼香も由岐も喜ぶ。だから俺は止まることなんてしない」

「どうしてそんなことが恭介にわかるんだよ!? 生者に死者の声を聞くことはできない、それをどうして!!」

「……聞こえるんだよ、俺にはさ。涼香の言葉を代弁してくれる天使の声がさ」

 


 恭介はおもむろにポケットに手を突っ込むとピンクの錠剤を複数取り出す。



「これはエンジェルソングっていう薬でさ、天使の声が聞こえるようになるんだ」



 奏龍にはそれが何なのであるかと言うことがわかってしまった。


(恭介は……クスリに負けたのか)



「詭弁だよそれは……わかったよ恭介。僕はアンタの目を無理やりにでも覚まさせてやる」


(今なら……越えられないと思っていた恭介にも勝てる―――様な気がする)


「お前が俺を? 笑わせるなよ……奏龍。お前と俺には決定的に差があるって事忘れたのか?」



 今まで奏龍のことを見ているようで見ていなかった恭介の目が奏龍を射抜く。奏龍はその余りにも強い眼光に無意識のうちに冷や汗をかくが、ゆっくりと腰を下ろし、桐生に叩き込まれた久我峯無形流の無型を構える。


 それとほぼ同時に恭介もゆっくりと腰を下ろし、奏龍を射抜く眼光を維持したままに無型の構えを取る。



「先に言っておくけどな奏龍、俺はお前を還すことに躊躇いはない」

「なあ、さっきから還すって言葉を使ってるけどさ……僕を殺すつもりだってことでいいのかな?」

「ああ、言葉は違えど結果的には変わらないからその認識でいい。だからな……俺を本当に止めるつもりなら俺を殺すつもりで来い」



 言い終えると同時であった。恭介は地面を強く蹴ったかと思うと、奏龍の視界から一瞬のうちに消えてしまう。


(これは先生の―――)


 奏龍は焦ることなく足元に眼をやる。そこには低く構えた恭介が奏龍の意識を刈り取るべく、拳を顎に向かって振り上げている姿があった。



「シッ!」



 奏龍は恭介の拳を回避するために半歩だけ身をずらし、身体を後ろに反らす。風を切る音とともに、奏龍の顎があった場所を恭介の拳が通過する。


 だが、恭介の追撃は止まらない。



「フッ!」



 伸びきった身体をそのまま横に捻り、片足を鞭のように使って奏龍の脇腹を目掛けて振り切る。


 それに対して奏龍は反らした身体をそのまま後ろに倒し、両手を地面に付けて蹴り上げるようにバク転をする。恭介の鞭のような一撃と奏龍の緊急回避のついでに行った蹴り上げでは比べるまでもなく恭介の一撃のほうが威力は上回っていた。



「よく往なしたな奏龍。けど、それは失策だったな」



 奏龍の足は横殴りに蹴られ奏龍はバランスを崩し、バク転から側転に切り替えて着地をする。しかし、足を横殴りに蹴られた痛みが奏龍をじわじわと蝕む。



「はは、くく……本当に失策だったなぁ。今なら僕でも―――いや、オレでも勝てると思ったんだけどな。やっぱり恭介は強いよ……けどさ、あの頃に比べると全然弱いよ」



 だが、それと同時に奏龍の抑圧し続けてきた闘争本能に火をつけた。



「だってさ、あの頃の恭介なら今の一撃でオレを気絶させてた。後悔するよ恭介は……今の一撃でオレを倒せなかったことをさ」



 やせ我慢…いや、その言葉は自身に対する暗示なのだろう。自分に相手を弱いと認識させ、勝てると思い込ませるための―――自分を勝利に導くための言葉なのだろう。



「昔から虚勢を張る癖は直らないんだな奏龍……けど、それは無意味だ」

「無意味だって? そんなのやってみないとわからないだろ恭介」

「いや、やる前からわかってるさ。俺と互角に渡り合えるのは過去もこれから先も先生と遼だけだ。お前なんて端から眼中にないんだよ」



 瞬間だった。恭介は地面を強く蹴ったかと思うと、真横にあった墓石を垂直に蹴り、さらに加速をしながら空中を闊歩し、奏龍の頚骨を目掛け空中で一回転し踵を振り下ろす。


 その複数の手順は流れるように行われ、奏龍の目には恭介が空を走っているように映った。自然と身を屈め、これからくる一撃に備えた。迫る風きり音、風圧……奏龍は確かにそれを避けたと確信した。


 だが、現実は違った。



「アァアアァァァァァあああああっッッ―――」



 奏龍の左肩に鉄バットをフルスイングで叩き付けられたような衝撃が走り、肉が潰れる音がし、骨が砕ける音がした。


 今まで経験をしたことのないような激痛に奏龍はその場で転げ周り、絶叫をする。そのとき、奏龍は自分の見積もりの甘さを悔やんだ。


 どうにかできるとかできないとかそういう次元の話ではない。恭介と言う人間の本質を知っているつもりでまったく知らない奏龍にとって、一人で戦いを挑んだことが何よりの後悔であった。


 だが、余りの激痛に意識を失うことすら許されない奏龍に楽になる手段などない。眼前には表情一つ変えずに、ただ奏龍を見下す恭介の姿がある。


 このまま転げ回っているだけならば、間違いなく奏龍は次の恭介から放たれる一撃を持って、死の瞬間まで続く苦痛に苦しみながら奏龍は絶命するだろう。


(死にたくない……僕はまだ……)



「……たくない」

「だから始めに言っただろ、俺はお前を還すことに躊躇いはない。この瞬間も俺は何も感じないし、何も思うことはない」



 地面をとんとんと足の爪先で叩きながら、恭介は奏龍を感情の篭っていない眼で見下す。



「涼香……今一人そっちに送るよ」



 そして恭介は足を死神の鎌のように振り上げ、奏龍の首を目掛けて一気に振り落とした。それは寸分の狂いもなく、吸い込まれていくかのように直撃――――することはなかった。



「僕はまだ―――死ねないんだ!」



 瞬間、奏龍は砕かれた左肩を庇う事もなく横に必死に転がって回避をする。そのまま回避をした勢いで立ち上がり、奏龍は恭介からできるだけ離れるように墓石を足場に後ろに後退する。


 恭介はまったく驚くことも、追撃してくることもなくせせら笑った。ただ、馬鹿にするように。



「何が……そんなにおかしいって言うんだよ………」



 眼に見えるほどに大粒の冷や汗を流しながら、息の詰まったような声で奏龍は恭介に呟くように問う。



「おかしくないさ……嬉しいだけだ。遼――随分と痩せ細ったな」



 瞬間、恭介の声が歓喜に満ち足りる。


 奏龍は恭介の視線の先を眼でたどると、そこにはクラスメイトである羽森結衣の姿と病室で安静を保っていなければいけないはずの笹宮遼の姿があった。



「ああ、そういう恭介も随分と隈が酷いな。寝不足か、それとも―――」



 青白い血色の悪い顔をした遼はそこで言葉を区切り、恭介の眼をまっすぐに見つめる。



「自分に飲み込まれたか?」



 不適に笑い、遼は恭介と対峙するのだった。

  

  





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