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デウス・エクス・マキナは必要ない  作者: 絃城 恭介
第四章・英雄Ⅱ~Ein anderer HeldⅡ~
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第四章・英雄Ⅱ プロローグ




恭介、イメージCVはコープス時の杉田さん


人の命に意味はない。だが、意味を与えることはできる。


 それは自分が与えるものであったり、親に与えられるものであったり、愛した人から与えられるものであったりと様々ではあるが、結局のところはその人自身の価値観によって決まってしまう。


 生きるということを教えてくれた人が死んで、愛するということを教えてくれた人が死んで、弟のような存在が寝たきりになってしまって……それでも残ったものは義理の妹である希実香と、特に遼と仲の良かった奏龍だけだった。


 けど、俺にはそれだけでは満足できなかった。満たされはしなかった。今までは涼香が俺を支えてくれて、俺も涼香を支えて、お互いに助け合うように生きてこれた。人の温かさを感じることができた。


 初めこそは自分を偽ってまで今までの様に毎日を過ごしてきたつもりだった。けど、いつの日からかその行為が無駄であると悟ってしまい、いつの間にか自分を偽ることを止めた。


 俺は疲れ果てていた。だから逃げ場を探した。


 その結果に見つけたのが死者の声を聞くことのできるようになると言う薬だった。


 その名を『エンジェルソング』と言う。


 死者の言葉を代弁してくれる天使が、望んだ人物の声を直接脳内に反響させてくれると言うことであった。


 初めのうちはほんの気休めのつもりであった。信じる価値すらないただのお遊び、そんなつもりだった。


 けど、何度か服用を繰返しているうちに聞こえるようになった。


 天使の声が。だから俺は天使に頼んだ。涼香が何を望んでいるのか。


 そう尋ねたら天使は涼香の言葉を代弁して答えてくれた。


『寂しいよ、一人は辛いよ……』


 その言葉を聞いて俺はうろたえた。死んでしまってなお、涼香が苦しんでいると言うことを知ってしまったから。


 だから俺は天使に再び尋ねる。


 俺はどうすればよいのかと。すると天使は涼香の声を代弁して答える。


『もう一度恭介と、遼と……みんなと話をしたいよ。あの時のみんなをこっちに送り還して。由岐もきっと喜んでくれる―――』


 その声を疑うことはしなかった。


 涼香が望んでいる。それだけの事実だけで俺の存在理由が決まったから。


 そうとなれば行動あるのみだ。だが、一度に残った全員を還すとなると一箇所に集める必要がある。



「まずは……計画を練ろうか。くくく、これからは忙しくなる―――はは、はははは」



 だが、天使の代弁を聞き続けるためにASを飲み続けなければならない。効果が切れたら涼香の願いを聞きなおすことができなくなってしまうから。



「そういえば、結構高かったなこの薬………」



 ASを手に入れるためには金が必要だ。けど、浪費を続けてきた俺に金は残っていない。


 さて、どうしたものか………



「そうだ……簡単じゃないか……仲間を集めれば良いんだ……そうなると、手ごろなのは学校だな」



 俺は常日頃使っているノートパソコンの前に座り、自分が管理しているサイトの一つである裏学校掲示板を開く。


 このサイトは涼香が死んだ直後に、俺が気を紛らわすために作ったイジメ誘発サイトであった。此処に書き込まれた人物はどんなに気立てがよく、慕われていたとしてもたちどころにイジメに遭う。何度か生徒の間でも噂になったサイトだが、現在はその効果の程を知ったために書き込みをするような人間は居なくなってしまった。



「まずは…被害者の数人にダイレクトメールを送ってみるか……」



 坂本由梨 佐々木真紀 村上春菜 三上皐 福島涼子 高橋夏希 葛西由香 赤平ちさと……



「へぇ……驚いたな、希実香も此処に書き込まれていたなんてさ。さぞかし辛い目にあっただろうに……くく」



 メールの内容は共通して傷ついた人間の心理を汲み取って、もっとも求めている人物像を作って文章にして送った。


 心の隙間を埋めるのなら、まずは求めている理想の人物になりきれば良いからだ。



「まずは九人のうち何人が集まるかの観察だな……俺にはわかるさ、お前等の苦しみがさぁ」



 先生が死んだ時に俺の心は慟哭した。だが、涼香がいたからそれは何とかなった。けど、涼香がいなくなった今、俺の心の慟哭を抑えてくれる人は居ない。例えそれを家族が埋めようとしても、本当の家族ではないからそんな事はできるはずもない。


 もう、誰かが居なくなるのを見たくない。誰かが自分から離れていくことを経験したくない。二度と何も失いたくない。


 だから俺は還そう。自分を、遼を、希実香を、奏龍を。自分に関った人間全てを天に還そう。


 そうすることで、あの頃のように全員が笑っていられるような時間を過ごす事ができるだろうから。



「止まってしまった時計の針が進まないのなら、俺が無理矢理にでも進めれば良いんだ……そうすることで先に進むことができるのなら」



 あの時、俺は奏龍に言った言葉に対しての答えを得た。あの時の自分では決してわからないような『俺』自身の答えを。



「涼香……俺もみんなを還したらそっちに行くよ。待っててくれよ……涼香」



その瞬間、酷い頭痛と眩暈、そして耳鳴りに襲われた。まるで頭の中に工事現場があってその騒音が直に脳内で響いているような感覚だ。


 その苦痛は数秒ほど続いたら治まった。それと同時に、今まで聞こえていた天使の声が聞こえなくなった。


 だが、気分は清々しいほどにスッキリとしている。おそらく、今のがASの副作用なのだろう。



「く、くく…けど、嫌ではないな……今の感覚は」



 先ほどまで起きてすぐの覚醒前の脳の状態だったとしたら、今は昼前の完全に脳が覚醒している常態に近い。


 数秒の苦痛と引き換えに、この効果ならば代価に対しての見返りのほうが大きい。



「確か……コレを買ったのは喫茶こきりの近くだったっけな。そうだな……霞も還すか。涼香は霞と仲が良かったからな」



 考えると共に悩み事がすぐに解決してしまう。実に良い気分だ。ふと、カレンダーが目の端にちらりと映る。


 赤い丸の付いた土曜日……涼香の墓参りに行くと決めている日。



「そうだ……今日は墓参りの日だったっけ」



 今まで毎週欠かさずにしてきたことを、まるで忘れてしまったかのように思い出したことを俺はほんの少しだが恐怖した。


 ――俺が涼香の墓参りを忘れる?


 そんなことは今まで一度も無かった。


 ――コレも薬の副作用か?


 だったら、本当にコレを続けても良いのだろうか?


 ――けど、コレが無いと天使の声が聞こえなくなってしまう。


 それは駄目だ。ようやく見つけたんだから。


 ――考えるな、今を生きろだろ。


 そうだ、今を見れば未来なんて関係ない。


 自分を偽ることには慣れているんだ。ただ、それを続ければ良いだけの話だ。


 その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。その音が収まると、ドア越しに控えめに希実香の声が聞こえてきた。



「お兄ちゃん……今日は涼香姉さんと由岐ちゃんのお墓参りどうするの?」



 俺はいつものような口調で希実香に返事をする。



「ああ、今から行くよ。わざわざ待ってたのか?」



 頭の中に次々と浮かんでくる罵詈雑言を押さえつけながら、平常を装う。



「うん、一人で行くのは怖いから……」

「怖い…か。俺もすぐに行くから先に玄関で待っててくれ」

「分った……」



 その声を最後に、希実香の気配が扉の前から遠ざかっていった。


 それとほぼ同時に笑いがこみ上げてきた。



「怖い……だって? そうだろうな、一人は怖いよな。虐められたら一人でいるのは辛いだろうなぁ!」



 溢れ出る笑いを堪えながら、墓参りに行くために寒くないようにジャケットを羽織る。



「でも、安心しろ。近いうちにまたみんなで笑えるようになるからさ」



 だから、今のところは取りあえず今までのように兄妹ごっこを続けようじゃないか。



 どうせ近いうちに還る事になるのだから――――

 

 


  

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