第一章・幻想 その一
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学校、それは俺たち学生が通う聖域。そして勉強と言う名のルールを下に自由を与えられる世界
「そんで、遼は疲れていると……それは何処のギャルゲーだい?」
その学校での開口一番、友人その一である今神奏龍は俺に向かって忌々しそうな視線を向けて言い放つ。
「あのなぁ、話を聞いてたか。俺は厄介ごとに巻き込まれた挙句にファミレスで奢らされたんだぜ?」
そもそものところ、同情してもらえるなら分かるが羨ましがられる意味が分からない。
「はぁ…だか遼は残念なイケメンって言われるんだよ。本人に自覚が無い分なおさら質が悪いよね。それにアレでしょ、遼」
「なにがさ?」
嫌な予感はひしひしと感じるが取り合えず言わせて見よう。
「遼ってさ、昔から変な女が好き――――」
「奏龍……何処でどう聞いたのか知らんがそれは誤解だ。俺は至極普通な女子が好きなんだ」
最後まで言わせきらずに訂正する。そもそも誰が好き好んで”変な女”に分類される人類を好きになる理由が見当たらない。
そもそも今言ったように、俺はごく平凡な普通の女子が好きなはずだ。
「ふぅ、最後まで言わせきらない辺り本当臭いけどね」
冷やかすように笑い顔で奏龍は俺に向かって言う。
別にお前に勘違いされるのはいいんだが……その根拠も無いことを平然と言ってのけるその咽は潰したい。いや、むしろ潰させろ
「ちょ、なんで無言で咽仏掴んでるのかな遼くん?」
「いやぁ、平然とそんなことを言ってのけるその咽は潰しておきたいなって思ってな、そ・う・りゅ・う!!」
「それは正直だね―――ってこれマジなの、冗談じゃなくてマジなのっ!? 痛い、痛いって!!」
ギリギリと奏龍の首を掴んでいる手から上の部分に当たる腕に力を加えて死なない程度に持ち上げる。
奏龍はその間に腕をパンパンと叩いて「ロープっ、ロープ!!」と言っている。ちなみにだが何故かその表情は全然苦しそうではない。
それを疑問に思い、ふと奏龍の下を見る
「なあ、奏龍……膝の下にあるのはなんだ?」
「ん? ああ、コレはね椅子だよ」
俺の質問に律儀に答える奏龍。
そもそも、どうして俺はおかしいと思わなかったのだろうか……?
いくら奏龍が細身でも、俺程度の人間が片腕で持ち上げられるはずも無い
「ほう、それで持ち上げられてるのに苦しくないと……」
「まあ、そうなるね」
首を掴んでいた手に一瞬だけ本気で力を込めてからすぐに手を離した。その瞬間だけは本気で奏龍が苦しそうであったのは言うまでも無いだろう
「うぅ、げほっ……今の一瞬本気で咽潰しに来たよね」
「さて、何のことだかね」
「まぁ、冗談はさておき……遼がフラグ建設したって言う女の子の名前はなんていうのかな?」
先ほどまでの忌々しそうな視線から一変して、面白そうなことを発見したと言う目をした奏龍に質問される。
「えっと、たしか羽森結衣って言ってたような……それとフラグ建設って言うな」
「ゴメンゴメン、ついね……羽森結衣ちゃんかぁ、それで何年生なの?」
「なんだ、興味でも出たのか?」
俺が奏龍に向かって質問を返すと、奏龍は笑いながら答えた。
「いやぁ、だってそんなイベントあったら気になるじゃん?」
「まあ、どうして疑問系なのかは聞かないでおくとして………俺等と同学年みたいだった。リボンの色も赤だったしさ」
「おりょ、同学年とな?」
そう言って奏龍は額に指を当てて何かを考える仕草をしている。そもそも、俺は何か考えさせるような事を発言しただろうか?
「おっかしいなぁー……ねぇ、遼。本当にその女の子は同学年なんだよね?」
「本当も何も本人が―――――あれ?」
そういえば赤いリボンしてたから同学年って思い込んでたけど、アイツは一度も同学年だとは言ってなかったような………
いや、でもそれなら『また明日学校で会おうね~』は発言として違和感を感じる。
それに、違う学校の人間に『また明日学校で』なんていうはずが無いし………結論
「………意味不明だ」
「はぁ、突然どうしたのさ?」
その問いに答えを返そうとした瞬間にHR開始を告げるチャイムが鳴り響く。それを耳にした奏龍は俺に向かって「夢でも見てたんじゃないの?」と言ってから自分の席に戻っていった。
俺もその言葉に一言返そうとしたが、それと同時に担任である水上先生が教室に入ってきたために中断せざる終えなくなる。
そもそものところ夢だったら俺の財布から金が減ってるはずが無いだろう……奏龍の馬鹿野郎が
「おい、朝から何をぶつぶつと呟いてるんだ、ささみやぁー。まあ大方、今神に対する暴言だろうから別に構わないんだがなー」
そう言って水上先生は華麗にクラスの空気を暖めてくれる。おかげで、クラスの大半の人物が苦笑いしているか失笑している
もっとも、そんなことを言われている奏龍は堪ったものではないだろうがね。
「先生ッ!! さらっと酷い事を言わないでくださいよ!?」
「それじゃ、HRを始めるぞー」
「スルーですかっ!?」
「ああ、いちいち煩いな今神は……それじゃ質問だ。良いニュースと良きニュース、どっちから先に聞きたい?」
「あの、水上先生? 選択肢が一つしかないんですけど………」
奏龍が申し訳なさそうにそう言うと、水上先生は何事もなかったかのように話を続ける。そもそも、今の質問に意味は在ったのだろうか?
「それじゃ…喜べ野郎ども、今日から新しい女性徒がここのクラスに編入する事になった。私から見ても結構可愛い顔してるから彼女居ない男子は頑張れよ!!」
そういうと、水上先生は右手で廊下に居るであろう編入生を手招きする。
それに気が付いたであろう編入生は閉じられたドアを丁寧に開けて、この教室にゆっくりと入ってきた。
「自己紹介頼めるか? 私はそういったことをするのがめんどう……いや、苦手でね」
「別に大丈夫ですよ~」
「そうか、それは助かる」
流れるように教室に入ってきた編入生の姿に俺は目を疑う。
「初めまして~、今日からこのクラスでお世話になりま~す」
何故ならそこには、昨日ファミレスで無理矢理俺に支払いを押し付けて帰ってしまった人物が立っているのだから
「羽森結衣と言いま~す。好きなものはファミレスのオレンジジュースで~、嫌いなものはご都合主義者で~す」
しかも前の席に座っている奏龍は、俺のほうを再び忌々しそうなモノを見る視線で見てきている。
それ以前に今の自己紹介はなんだ? 好きなものはいいとして嫌いなものがご都合主義者って自分の事じゃないのか?
「おう、自己紹介ありがとう。それじゃ、席は………そこの一つだけ空いてる席に座ってくれ」
「わかりました~」
そんなことを考えている俺なんかいざ知らずといった表情で、羽森結衣はこちらに向かって歩いてくる。
それはきっと俺に用事があるではなく、俺の隣の席が空いているからだと用意に想像がつく。
「ね、また会ったでしょ?」
「まさか転校生だったとはな………はぁ、どんな神様の嫌がらせなんだか」
「まあ、これからよろしくね。さ・さ・み・や君」
ああ……コレはきっと、この世界の物語を書いている神様と言うやつがデタラメに書き殴った、暇潰しの為だけに用意された喜劇なんだろうな――――そう思っていた。
けど、そうじゃないんだ。
”此処から”俺の物語は始まったんだ。