プロローグ
子供の頃はよく御伽話のようなものに惹かれたものだった。
その中でもよく記憶に残っているものは『ジャバウォックの詩』と呼ばれる英語で書かれた最も秀逸なナンセンス詩であると言われるものだ。
その作中ではジャバウォックという正体不明の怪物が名乗りを上げるような名前すら無い主人公によって打ち倒される。その時考えた事は簡単な疑問だった。
―――――何故正体不明の怪物を主人公は打ち倒す必要があったのだろうか?
幼い子供の心中に浮かび上がったその些細な疑問は疑問ともいえないようなものだろう。それに、そう疑問に思ったのならば一から謎解きをするように解決していけばいい。そう思っていたものだ。
だが、結局その疑問に対する答えは幼少の自分には見つけることができなかった。
尤も、『今でもその解を探しているか?』と問われれば間違いなく『いや、そんなことは当の昔に忘れてしまったよ』と答えるだろう。
そして、今の自分で昔の自分を納得させられるような言葉は一切持ち合わせては居ない。けど、ただ一言告げるとしたらこんな言葉にしてみようと思う
”機械仕掛けの神は必要ない”
この世にご都合主義なんてありえないんだと、そんな意味を含めて皮肉気に言ってやるとしよう。
それを”僕”が言うのもおかしな事だと思うけどさ―――――――――
週末、金曜日。
平日の終わりを淡々と迎える学生にとっては休日を迎えるための準備期間でもあると言える。もっとも、この定義は前文で述べたように多くの学生にとっての定義だが………
そもそものところ、金曜日の放課後と言うものは碌な事に出会わない。先々週の金曜日にはぼんやりしたまま横断歩道を渡ったところで信号無視をしてきた切る間に跳ねられかけるわ、先週の金曜日には駅のホームから突き落とされたりと……まあ、どれも命に関わる事ではないから”不幸だ”程度にしか感じては居ないんだがね
そして、今日の金曜日と言う日はというと………
「はぁ、コレだからDQNは嫌なんだよ」
「ああんっ!? 何言ってやがるんだテメェは、アアッ!!」
ご想像の通りにDQNに絡まれている、と言うよりも巻き込まれた。しかも駅横の公園で……ああ、めんどくさい
「まず人とまともに会話をしようって思うような奴は制服の首襟なんかを掴んだりしないんだよ。コレだからDQNは――――」
「あの、助けてもらえるのは嬉しいんですがそれは火に油を注ぐような事だと思うんですけど……あはははは」
「聞いてんのかゴラァ!!」
今人様の言葉を遮って発言した少女が現在の状況に俺を陥れた張本人である。
「それ以前に助けるも何も、アンタのせいで誤解されてるんですけど?」
「………あはははは、ふう。面白い冗談ですね、それ」
「ねぇ、殴ってもいいですか? 殴ってもいいですよね? むしろ殴らせてください」
「おうおう、無視か? この状況で無視かゴラァッ!?」
もっとも、その張本人は殴ってやりたいほどに人を馬鹿にした表情でこう言っているのだがね
「嫌ですよぉ、殴られたら痛いですもの」
「たった今殴られそうな俺に言う言葉ですか!?」
ダメだコイツ……今、俺の首襟掴んでいるDQNよりタチが悪い
「舐めやがってッ、ぶっ殺してやる!!」
「って、ほら。殴りかかってきたじゃんかよ」
「死ねやゴラァァァァ!!」
目の前で大きく振り上げられた片腕。この状況で片腕を大きく振り上げたって事はこのDQNは喧嘩慣れをしていない事を意味すると言える。
そもそも首襟を掴んでいる事でこちらの動きには制約が科されているわけなのだから、いくらでも殴る事ができるのだ。それを腕を大きく振り上げると言う事はそれを理解していないのだ。
結論、初めに考えたようにこのDQNは喧嘩慣れをしていないと言うことに至る。
「ッ、受け止めやがった!?」
「おお、凄いです!!」
つまり、初動から全てを見切れるのだ。
だから目の前に迫ってくる拳だって簡単に掴む事もできるし、首を少し動かすだけでも回避する事もできる。もっともこの状況では首を動かせないので拳を掴むような事になったのだがね
ちなみに足も動く
「で、まだ続けるのかな? 俺としてはそろそろ疲れてきたんだけどなぁ」
少し眼光を細く鋭くし、威嚇するように相手の目を見つめる
そして二度目の結論。俺としては一刻も早くこの状況から脱出したい。そしてこの状況に俺を巻き込んだ少女を一発殴りたい。だからこの首襟を掴んでいる手を離してもらいたい
「ち、チクショー……覚えてやがれ!!」
「覚えていてもいいのかい?」
「わ、忘れてくださいぃ~!!」
一目散に逃げていくDQNを尻目に見ながら、すぐさまこの状況に俺を巻き込んでくれた少女の方をがっしりと掴む
「さ、経緯を全て話してもらえるかな?」
「え、そんな強引な…女の子とそういうことをしたいって言うのなら雰囲気をですね―――」
「どうしたらそういう話になるんだか………」
そしてリリースした。そして駅に向かって何事も無かったかのように歩く
「え、ちょ、ええ!?」
後ろの方で何か驚いていると思ったらこっちに向かって少女は歩いてくる
「え、ちょ、ええっ!? キャッチ&リリースですか!? こんな美少女を不良から助けるなんてフラグとかそうそう立ちませんよ!? もったいないんですよ!!」
「………」
フラグって……そもそもお前みたいな少女(笑)との間にできたフラグなんてむしろ率先して叩き折りたい。
「無視ですかッ!? お礼とかしますよっ、私の身体を好きにできるかもしれないんですよ!?」
「………(お前は痴女か)」
「やっぱり貴方はロリコンなんですか!! 私みたいな胸がある子はお呼びじゃないと!? このロリコン!! いえ、貴方はロリコンではなくペドです!!」
何より公共の場所でそのような事を言うのは控えて貰いたい。先ほどから道行く人の俺を見る目が痛い。
それにやっぱりってなんだ、いつ俺がそんなことを匂わすような事を言った?
「この変態!! 分かりました、貴方は私にこんな人のたくさんいる場所で裸体を晒せと言うのですね!! 私のあられもない姿をこんな場所でさらけ出させて道行く男性にレ○プされればいいって言うんですね!! あ、でもそれも悲劇のヒロインって感じでいいかもしれませんね………うふふ」
その瞬間、先ほどの比ではない程の視線とざわめきが耳に聴こえてくる
―――へぇ、そんな顔に見えないのにね
―――やばいって、警察に通報した方がいいんじゃないか?
―――あれって私達の学校の制服に似てない?
―――いいのかい? そんなにホイホイ付いて来ちまって、俺はノンケだって構わずに喰っちまうぜ
ヤ・バ・イ、この状況は非常に不味い。
何がやばいって? この状況は明らかに俺が世間的に抹殺される状況だ。下手したらブタ箱の中でしばらく生活しなければいけなくなるような状況だ。
しかも帰る家がなくなる可能性も………くそ、やっぱり金曜日には碌な事が無いな
それに最後の発言はいろいろと関係ないけどヤバイって!!
「ちょ、お前一緒に来い」
「お望みなら此処で犯せばいいじゃないですか――――って、へ? 何処に連れて行くんですかぁ!?」
「まだ触ってすらねぇよ!?」
手を取る寸前で胸の前で腕をクロスし、胸を隠すような仕草をする少女……もうわけわからんよ
「じゃあ今から触る気なんですかっ!?」
「つか、何で助けた奴に変態呼ばわりされないといけないんだよ……」
「あ………ファミレスでも行きませんか?」
「脈絡がなさ過ぎるんですけど!?」
あまりの脈絡のなさに心の底から突っ込んでしまったのは仕方ないだろう。むしろ、今の状況で突っ込まない奴がいたら教えて欲しい
「で、コレはどういう状況なのか説明を頼みたいんですがね」
そういいながら、先ほど注文しておいたコーヒーを口に含みながらそう尋ねる。
「あのですねー、ファミレスで美少女とお茶しているんですよ?」
「そうですか………それで、自称美少女はなんであんな所で絡まれてたんだ?」
「あれ、スルーですか? そういうのっていいことではないですよ~。此処は名前とか聞くところですよ。分かっていないですね~」
「聞けばいいんだろ、聞けば……あんた、名前は?」
「違いますよ~、そうじゃないです。まず先に自分の名前を相手に教えてからですよ~」
ヤバイ、マジでウザイ………だが、此処は我慢だ。頑張れ、頑張るんだ俺
「チッ………俺は遼、笹宮遼だ。それで、お前の名前はなんだ?」
「キャー、舌打ちされました~。それに”アンタ”から”お前”にランクダウンしました~」
あれ、こいつの制服ってよく見たら俺と同じ学校の奴だ。しかもリボンの色が赤って事は………同学年
「まあ、いいです。私の名前は羽森結衣と言いますですよ。それで、先ほどの質問なんですけど~、”機械仕掛けの神”って知ってますかぁ?」
「チッ…本当に脈絡が無い奴だな。”機械仕掛けの神”ってアレの事か? デウス・エクス・マキナって言うご都合主義の技法で、とても褒められるモノじゃないってことで有名な」
「半分正解で半分間違っていますが……まぁ、それでいいでしょう。」
まるで馬鹿にするかのような表情で見る羽森結衣。本当にいちいち腹立たしいなコイツ
「あーそうかい。それで、それがどうしたって?」
「”機械仕掛けの神”は在るべき世界を望んでいます。」
「それで?」
「終わりです」
何を言っているんだコイツみたいな表情でオレンジジュースを飲むな。そもそも、話の趣旨から間違ってんだろ
「で、どうして羽森はDQNに絡まれていたんだ?」
「それじゃあ、また明日学校で会おうねささみやく~ん」
「あ、オイ!! 金くらい置いていけよ!?」
結局そこの所は話しませんか………
「はぁ……帰るかな」