SFショートショート劇場 『ブレスト・ファイヤー』
「…そうは思わない? 神くん?」
「申し訳ありません、よく聞こえませんでした。先輩、もう一度お願いします」
彼、神くん(二年生)は、科学部部長の松崎美枝に従って部室にふたりで居残っていた。
夕日を浴びている彼女の色っぽい唇は、神には信じられない発言をつむいでいた。
「だから、全世界の女子高生の平均的なオッパイの大きさよ、知りたくない?」
「なんで…?」
無意識に彼女の胸元に視線が行く。引き締まったヒップから細くも引き寄せられるウエスト、そして小さく纏まったバスト。
彼女は神の視線に気がついたらしく、白く小さな手で胸元を抑えながら続けた。
「日本人女性の平均バストサイズはB~Cカップとされているけど、それは調査方法に問題があるッ
本当の平均サイズを測るなら、無作為に選んだ女性千人以上を計測しなければならないのッ」
「…やってるんじゃないですか、どっかの調査団体が」
「拒否権があるのよ、その調査には!」
彼女は小さな顔を涙でぬらしながら、窓を叩いた。
「大きい人は図らせるわよ、自信があるんだからッ! だけどね、小さい人は拒否するわ、きっとそうよ…あたしだって測らせないものっ!」
「…あー、小さい人が拒否して大きい人は受けるから、底上げされている、ってことですね」
底上げ、という言葉に部長は強く胸を抑え、そのあとすぐ“しまった”という表情で顔を背けた。
かなり小振りに見える彼女の胸だが、それでも更に底上げしている、というのだろうか。
「…そうよ、あたしは小さいんじゃないわ、無いのよ、胸がッ」
「誰も…聞いてないんですけど…」
「そうよ、誰もあたしの胸なんて気にしてないわよッ、だから…これ作ったわ」
そう云って出してきたのは、ダンボール箱にモーターやら電子基盤、モニターが取り付けられた…なんといえばいいんだろう、機械が入ったダンボール箱だ。
「ダンボールPC、ですか?」
「いいえ、違うわ。これこそスーパー嘘発見器、“真理くん”なのよ! スイッチ・オン!」
部長は自信満々にスイッチを入れたが、十数秒の沈黙が過ぎる。
神の視線が何気なく向いた先には、抜け落ちたコンセントプラグがあった。
それに気がついた部長は、いそいそとスイッチを切にしてからコンセントを差込み、何事も無かったようにもとの位置に戻ってきた。
「スイッチ・オン!」
ブゥン、っと大して珍しくもない起動音に続き、モニターに手作り感溢れる“真理くん”の文字が浮かぶ。
「この空欄部分に質問を入力してみなさい、神くん」
自信満々にモニターの一部を指差す部長に対し、神は申し訳なさそうに口を開いた。
「…どうやって…?」
「どうやってって、キーボードで…あ」
いそいそと部室に倉庫代わりに使っているカラーボックスに歩み寄り、キーボードを引っ張り出し、USBコネクターに突き刺した。
「さあ、好きに質問しなさい」
何事も無かったように先ほどと同じ言葉を繰り返した部長に、神は嫌な顔ひとつせずに質問を入力した。
“部長の今日の朝ごはんは?”
その質問に、ギシギシとパソコンそっくりの動作音をさせ、二秒後には画面が変わって回答が表示された。
“トースト、味噌汁、キムチ”
「当ってますか?」
「…当ってるわよッ! 何、神くん、和なのか洋なのか韓国なのか、そういうことを云いたいのッ」
「いえ、ごめんなさい、変な質問して…でも、すごい発明ですね。なんでも答えられるんですか?」
「もちろんッ。質問者の脳を経由して、集団無意識に備わっている量子リンク機能を利用して、世界中の人間の記憶を統合して、どんな質問にでも答えるわ!」
何気に凄いことを色々と云っているが、少なくともこの場に居るふたりにとってはそんな原理とかはどうでもいい。
そんなこんなで、部長は自信満々に分厚い手書きのリストを取り出した。
「で、これの打ち込み作業を手伝ってくれない? ひとりずつ名前を入力して行って、バストサイズを回答させるのよ」
「…え?」
「判らない? このマシンは同時にふたつの質問を外部入力できるわ!
それで、これからキミとあたしで、このあたしが一週間掛けて無作為に選び出した女子名リストを入力して、回答を一覧にして、あとでそれを集計するのよ!」
自信満々に言い放つ部長に、またも申し訳なさそうに彼は開口。
「そのマシンに、『全世界の女子高生の平均バスト数は?』とかって聞けば、良いんじゃないですか」
目を見開き、口は動かず、バックに稲妻でも走っていそうな表情だった。
「…そういう方法もあるわよね、もちろん気付いてたけど」
静かに、一文字ずつ確認するようにタイピングしていく。
そして表示された答えに部長はただ絶句した。他の調査機関と大して変わらない結果に。
「…もう、いいや」
この答えを知るために、彼女は何週間、何ヶ月とかけてこのマシンを作っていた。
最後の希望を見るために、それなのに彼女は自分で自分を絶望に叩き落した。何ヶ月も掛けて何年も前からの希望を噛み砕いた。
「気にすること、ないと思うんですけど」
静かに神が打ち込んだ質問は、“自分は彼女のことをどう思っているか”
その回答を見た彼女は、またも表情を大きく変えた。
「え…でも…」
部長はどんな顔をしていいのかすらわかっていない。混乱しているようだ。
「無いより有ったほうがいい…なんて云う人も居ますが…でも、その逆も居るんです」
万有引力。
全てのものには引力があるとひとりの男が云っていた。
その法則は、もちろんバストにも当てはまる。バストには引力がある。
だが、その引力とは大きくとも小さくとも、有ろうと無かろうと、問答無用に引力が発生する、それが科学。
ブレストって乳房って意味だそうです。
なので胸から高熱、だったらチェストファイヤー…ああ、ダセェな。
というわけで、空想科学祭2011、参加者募集中だそうです。
こんな内容でもSFと主張する84gが参加二回目、一回やっても出禁になりませんでした。
カムヒア妄想。