その6 迷路と少年
少年を追って辿り着いたのは、ポセットの背丈を軽く超える高さを誇る、逞しい植物の領域だった。ちょうど、サトウキビ畑のよう。
全くつけいる隙間が無いように見えるそこに、少年は迷うことなく突っ込んでいった。
「どうやら、わかりにくいながらも道はちゃんとあるようだね」
「行こうポセット! そこだよ、そこ!」
ナットは少年が消えた場所を指し示す。ポセットは思い切って突っ込んだ。
「ぶわっ!」
「ぶにゃん!」
草の壁が手荒く行く手を阻む。しかし、勢いに任せてなんとか壁を抜けた。
「ごほっ、ごほっ! あぁ、驚いた」
「にゃぁ……、青臭くなった」
開けた視界の中に、少年の姿は見えなかった。
「見失っちゃったね」
「しかたないさ。どうやら、ここら辺に慣れているようだったからね。しかし裏を返せば、この近くに住んでいて、よくここを通ると言うことさ」
「もっと人がいるのかな?」
「かもしれない。きっと近くだ」
ポセットは迷路とも思えるその植物の群生地帯を歩み始めた。背の高いその植物は容易にポセットたちの視界を遮る。
しばらくうろうろとしていたが、消えた少年の痕跡も、出口も、自分たちの所在すら分からない。結局、植物の壁に呑まれ、立ち往生。
ポセットはキッと一点を見つめ、せかせかと歩き出した。
「こっちだ」
「なにかあったの?」
「いや、別に」
「勘?」
「勘」
ナットの髭が垂れる。
「ポセットの勘、頼りにならないもんなぁ」
「入ってきたときみたいに、草の壁を通り抜けて進めないかな? 抜け穴があると見た!」
ポセットはがさがさと草をあさり始めた。しかし、どこにも抜け穴のようなものは見あたらない。
「ポセットの勘はいっつも外れるんだから。これは期待しない方がいいね」
「うるさいな。まだ決まったわけじゃないだろ。どこかにあるさ、きっと」
向かって右側の壁をかき分けようとしたときだった。
「うわぁっ!」
「うにゃっ!」
ポセットもナットもびっくり。草の壁から腕が生えた。
腕はばたばたと動いたかと思うと壁に引っ込み、またにょきっと現れた。草を大きく左右に開き、開いた草の間からは、銀色の髪をした少年が顔を出した。目は綺麗な緋色をしていて、肌は驚くほど白い。
「き、君は……」
「見たところ、銃は持っていないみたいだね」
少年は開いた壁をひょいっとまたいで、こちら側に来た。緑の壁が再び閉じる。
「ねぇねぇ、君は町の外から来たんだよね? ――どうしてこの町に来たの?」
少年はポセットに触れるくらい近づいてそう言った。人を試しているという感じがする。
ポセットは微動だにせず、まっすぐに少年の目を見た。背丈は大体同じくらい。体格も似ている。
「僕たちがこの町へ来たのは……」
「〝あいつ〟に言われて、僕たちを見張りに来たんでしょ?」
遮るように言った。細く、睨むような目で、しかし落ち着いた雰囲気で、ポセットを見る。
少年が放つその雰囲気は、まるで鋭利な氷の刃のようで、冷たく、且つ張り詰めていた。
「〝あいつ〟……?」
少年はしばらくポセットの顔をじっと見ていたが、急に顔をほころばせて、にっこりと笑った。
「――ううん、僕の勘違いだったみたいだね。僕は〝テルル〟。よろしくね」
唐突に自己紹介をしたその少年。握手を求めて手を差し出してきた。
「――僕はポセット。この猫はナット。一緒に旅をしている。よろしく、テルル」
手を合わせた。瞬間、ポセットの顔がほんの少しだけ、強ばった。
テルルは、ポセットに会わせたい人がいるのだという。
「さぁ、こっちだよ、着いてきて!」
テルルははしゃぎながら道を進んでいく。ポセットはベルトに納められたトンファーの握りを確認して、ゆっくりと後を追って歩き始めた。
ポセットの異変に気づいたナットが、ポセットにしか聞こえないほど小さな声で尋ねた。
「ポセット、どうしたの?」
ポセットも小さな声で囁くように答える。
「今、彼と握手したけど……」
「うん、見てたよ」
ポセットが、握手をした右手を握る。
「冷たかった……。とても。まるで、石みたいにね」
「――冷え性なんじゃないの?」
「今朝、嫌な予感がするって言っていたのはお前だろう。それに彼は僕と背丈も似てる……。やっぱり、あのおばあさんの孫かもしれないね」
「あの人が?」
テルルはときどき振り返りながら、するすると進んでいく。
「しかし何か……。変な感じがする。お前が言う、嫌な予感というか……。念のため、警戒は怠らないでいよう。あと、ドレスを預かっているってことは内緒だよ」
「どうして?」
「念のためさ」
ポセットとナットは訝しみながらも着いていった。
つづく。