その32 生命の研究
「これが、植物の……。いえ、生きとし生ける全てのものが持つ〝生命力〟、生きる力よ。コンクリートの道を持ちあげ、文明の町を飲み込み、永遠に消えない生命の完璧な形。ごらんなさい……」
ローザは腕を大きく開いた。腕の先では緑の太いツタが四つに分かれ、まさに人あらざる、化け物の凶悪さと獰猛さを表しているようだった。曇天から僅かに降り注ぐ日光を浴び、ドクドクとツタが波打つ。
「私と共に、脈打つこの命……。寄生植物はあの町に死と荒廃をもたらしただけではない。この私に、永遠の生命力を与えた……」
ポセットの表情が重く、深く、そして冷たく沈みこむ。
「永遠の、命……?」
「そう。永久に消えることのない、無限の生命。ついに、ここまで……。長かったわ。体内に巣食う植物を鎮静、支配、果ては望み通りに成長を促し、体を強化させる……。どれほど待ち望んだか……。実験には苦労したわ……。何しろ、残っていた検体は二体……。死んでしまわないように、逃げ出さないように、色々配慮したの。でも、かわいい自分の血族ですもの、大事にしないとね。検体が死んでしまうかもしれない実験には、通りすがりの旅人を使ったわ。こんなところに来るのは大抵ろくでもない放浪者ばかり……。何の価値もない命だものね」
「二人は……あなたが、体内から植物を消しさる薬を……、自分たちを救ってくれる薬を作っているのだと……、信じていました」
ポセットの手が怒りに震え、スタンガンの紫の炎が一層猛る。
そのための実験だったと言うのか。スズとテルルの命は……。自らの孫を糧としてまで得る価値のあるものだったのか。それ以前に、初めから、スズとテルルを救うつもりはなかったと言うのか。
「あなたは、何を怒っているの? あなたも、何の価値もない命の持ち主……。何も残すことなく、やがて消えていく小さな灯。でも、送り込んだ実験体は、十分な成果を示してくれたわ。わかる? どうしようもなく、救えないあなたたちの命を、私が実験で使ってあげることで、何かを残す、価値ある命にしてあげられるのよ。痛みは無いわ。怖いのも、最初だけ。後は、幸福と永久の栄光が待っているのよ」
「次は、僕で実験するというわけですか」
「ええ。あなたは大切な私の検体二つをなくしてくれたわね……。許せないことだけど、あなたはテルルと似た体格をしている。あの子は弱くて、十分な実験が出来なかったわ。あなたなら、その穴埋めにはもってこいよ。それで許してあげる。さぁ……」
ググッと体が持ち上がり、ポセットは初めて、四肢にツタがからみついていることに気がついた。
「な!? くそ……っ!」
締め付け、身動きを封じるツタ。ローザが近づいてくる。しかし、ポセットの目には、しっかりと希望の光が見えていた。
「もっと、まわりに気を配った方がいいと思いますよ」
奇怪な姿に怯むことなく、ナットがローザに飛びかかる。唯一変化のない顔にしがみつき、バリバリと爪を立てる。奇声と共に、ツタが緩んだ。
「助かったよ、ナット!」
「うにゃお」
ナットはひょいひょいっと身軽にローザから離れ、ポセットの肩につかまる。
再びアクセルを発動、意識が研ぎ澄まされる。
ツタが槍のように飛び込んでくるが、弾丸を捉え得るポセットの動きなら、かわすのは容易なことだった。そのまま一足飛びで相手の懐へと飛び込む。
「これで終わりだ!」
スタンガンが吠える。弾けるように鋭い音が鳴り、紫の火花が散る。
「ふん」
しかし、スタンガンは届いていなかった。地面から生えたツタがポセットの腕を捕らえ、引きとめていた。
「くっ!」
しかしトンファーは二つある。もう一方を叩きこもうと、腕を振りかぶる。しかし、ローザの巨大な腕がポセットを吹き飛ばした。初めのトンファーとナットが宙に残される。
「ポセット!」
ナットは素早くポセットに駆けよる。近くの木にぶつかったので、先ほどのように遠くまでは行かなかった。しかし、ダメージは大きい。
アクセルが切れた。全身に疲労感が走り、ダメージと重なって、立ち上がるので精いっぱい。木に寄りかかり、なんとか立つ。
「くそ……」
「ポセット、大丈夫!?」
「スタンガンね。さっき、小屋の中でも使ったわね。それしか武器は無いの?」
ローザにネックレスを見せ、一瞬の隙にスタンガンで気を失わせるつもりが、植物で体を変異させたローザの一撃で小屋の窓をぶち破り、遥か遠くまで投げとばされたポセット。スタンガンはすでに読まれている。トンファーのような近接武器では、あの怪力を前には部が悪い。
「さぁ、もう観念なさい。あなたはなかなか骨のある命を持っているようね……。敬意を表して、あなたには特別な薬をうちこんであげる。一昨日の旅人みたいに不完全な化け物にはならないわ。この私のように、植物の力を操れるようになる……。それだけじゃない。もっと、もっと強力な力も手にできる……」
「願い下げですね。あなたは植物に呑まれている。支配している気になって、結局は植物に操られているだけだ。目を覚まして下さい、ローザさん。まだ、間に合う……」
「ふん。変わった命乞いね……」
ツタは確実にポセットを捕らえる。足から蛇のように巻きつき、上ってくる。
「ナット……」
ポセットの小声に、ナットがピピンと耳を立てる。肩から腰の鞄に飛び移り、ごそごそ何やら引っ張り出して、ささっと逃げ出す。
「あらあら、薄情な猫ちゃんね。ご主人を見捨てるなんて」
「ナットは相棒です。あれでも、自称賢猫ですよ……。ぐぅっ……」
ギリギリとツタがからむ。両腕の自由を奪い、首にツタが回る。ギリギリと全身が絞られるように締め付けられる。
「殺さないわ、安心して……。あと、最後に教えてあげる。あなたはさっき、私をローザって呼んだけど。私はローザじゃないわ」
「な……に……?」
おばあさんの顔にはもう、しわは無かった。スズたちと同じく真っ白な肌は若々しく張りがでて、みるみる美しい女性の顔になった。
「その……顔は……」
そこにいたのは間違いなく、絵に描かれていた人物。スズたちの横で微笑んでいた、母親だった。
「私はクレア……。あの子たちの母……。そして、ローザの一人娘……。母は緑化病で死んだの。あのネックレスを持ってるってことは、海岸のお墓には行ったみたいね。あれは、私がつくったのよ。私のお墓みたいに、ネックレスをかけてね」
「そんな、どうして……」
「うふふふ……。いい演技だったでしょう? あの子たちも、私を祖母のローザだと思っていたようね。親子だもの、顔は似ているわ。母になりきっていたのは、一人孤独に山で生活を送る老婆の方が、旅人の同情を買うのにも、警戒心や不信感を和らげるのにも役立つと思ったからよ。じゃあね、おやすみなさい」
意識が薄れていく。
つづく。