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その30 残った約束

 まだあちこちに残り火が燃えている。化け物だったものは、今やただの炭の塊になっていた。世界中が焦げ臭く感じる。


 ポセットはスズを抱き上げて、地面に寝かせた。今にも目を覚ましそうな、綺麗な死に顔をしている。


「どうするの? ポセット」


「約束だ。炎で……弔おう」


 安らかに眠る、少女の最後の願い。ポセットは崩れた小屋に手をかけた。廃材の中にスズを寝かせ、そこらの残り火をかき集める。


「君たちの思い出も、一緒に持っていくといい。ここは、君たちの町なんだから」


 姉弟が二人で過ごしてきた小屋。ポセットにとってはただ数日のことだったにも関わらず、狂おしいほど愛おしく、同じくらい悲しかった。


 小屋に火を灯す。昨晩の業火に比べればなんてことないが、十分に大きく燃え上がった。

蛍火のように、小さな火の粉が空に舞い上がる。陽炎と赤炎の階段を上って、スズの魂が

空へと還っていく。


 茜色の海へと消えたテルルの姿を思い出した。スズは遥か天空から、澄み渡る海を、愛する弟を見守り続けていくのだろう。


 燃え盛る炎が消える前に、ポセットは町を後にすることにした。


「行こう、ナット。この町は、とうとう最後の命も失ってしまった」


 迷路は消え、残ったのは見渡す限りの焼け野原だけ。まだあちらこちらから煙が上がっている。


 ポセットとナットは広場まで来た。迷路のせいで分からなかったが、案外近い。レパードさんの像は粉々に砕け、町はさらに崩れて、廃墟と言うよりも鉄クズ置き場だった。


「ポセット、寒いよぉ」


 地獄のようだった熱気も、ここまでくると木枯らしにあてられて冷え切っていた。ナットがポセットのスカーフに潜りこむ。


「あったかぁい」


「ナットもね」


 それにしても寒い。そう言えば、鞄にはライターが入っている。ポセットは鞄を開けた。真っ先に目に飛び込んできたのは、真っ赤なドレス。


「そうだ、おばあさんのところへ行こう……。これを返さないとね」


「結局、居なかったもんね。おばあちゃんの孫」


 ごそごそと奥を探る。手に当たる何か。ライターに違いなかった。引き抜くと、一緒に紙の束がバサバサと落ちてきた。


「おっと……、これは……?」


 なんだろう、これは? でもいいや。寒いし、これを燃やして……。


 はっ、と気付く。これは、スズたちの五十年前の絵の傍にあった、何かの書類。


「オイラが見つけたやつだね。早く燃やそうよ。オイラ冬眠しちゃうよ」


「まて、ナット。これは……」


 すっかり忘れていたが、今一度目を通す。かすんで見えないところもあるが、スズから得た情報で補えば、読み取れる部分で十分これの正体がわかった。


「これは……、緑化病の……薬……、その研究内容だ……」


 食い入るように読む。どうやら、スズたちがその身に投与した、植物の成長を止める薬のことについてのようだ。何枚もある資料の最後、隅に小さく、名前が書いてあった。


「――クレア=リメルヒ……。ローザ=リメルヒ……」


 スズが言っていた言葉を思い出す。――お母様とお婆様は、偉大な研究者だったわ。


 スズに渡されたネックレスを見る。裏には、名前が彫られていた。


「レパード=リメルヒ……愛する……クレアに送る……」


 クレアとは、スズたちの母の名前らしかった。


「そうか……」


 また風が吹く。焦げた匂いを吹き飛ばして、潮の香りが微かに薫った。


 町の門へと向かう。ほとんどの建物がつぶれ、無事なものは一つもないようだった。味気ない角を曲がる。そこには、壁が吹き飛び、さらされた大きな絵が、ポセットを見送っていた。


「スズ……」


 絵に近寄り、見上げる。


「!」


 まずポセットが、次にナットが気付いた。


「ポ、ポセット……。これって……」


「そうだったのか……、初めから……」


 なぜ気がつかなかったのだろう。〝あいつ〟は、ポセットも知っている人物だった。


 その場を去ろうとするポセット。ふと、傍の戸棚に目が行った。古びた本が並び、支える段は折れて、本が床に飛び散っている。書類もここから手に入れた。


 戸棚になにか入ってはいないか。探ってみるが、開けばページが千切れるようなボロボロの本ばかり。何も収穫は無さそう。


「やめてよ、ポセット。埃立つから」


「なにも……ないな」


 ガタンッ! 引き出しには穴があいていて、引いたときに中のものが飛び出したようだった。床には、掌ほどの小さなケースが落ちていた。そっと開いてみる。


「なにそれ?」


「なんだろう……」


 細身で透明な器具。注射器のようだった。透明な液体が半分ほど入っている。ケースに一緒に入っていたメモを取り出し、読む。


「なになに……」


 そこには注射器内の薬の効能と、もしものときに使うこと、という言葉があった。メモの端には名前。


「クレア……。クレア=リメルヒ……」


 それは、スズの母の名だった。


 赤のドレスを広げ、綺麗にたたむ。


「行こう、ナット」


「うん」


 ポセットは町を後にした。命の消えた町。朽ち行くだけの、悲しい町。そこに続く荒れた道。


 朝日が、雲の切れ間から僅かに輝く。今日の空には、黒く重い雲がかかっていた。



つづく。

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