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その28 亡くして弔って

 小屋の中を寂しげな風が吹き抜けていく。ランプが揺れて、ポセットとスズの顔が交互に照らされる。


 小屋にナットが帰ってきた。


「大丈夫。やっぱり、迷路のおかげで化け物は入ってこられないみたいだよ」


 見周りを終えたナットがポセットの肩に戻る。


「でも、あんなでっかい化け物、とても倒せないよ。町に入ったときに襲ってきたけど、ツタも増えてたし、動きも機敏だし、なにより、化け物が建物よりも大きくなってた。一目で居場所が分かるから、便利と言えば便利だけどね」


 あの化け物はまだまだ成長を続けている。この迷路が崩れるのも時間の問題と思われた。


「確かに、普通に倒そうとしても難しいわ。でも、やっつけるなら、今よ。今日みたいに月明かりも少ない夜は、活動が鈍くなるから」


「なら、一刻も早く……」


「いいえ、まだよ。もっと夜が更けてからにしましょう。それに、準備もいるわ」


 どうやって倒すのか? それは簡単。かつて、寄生された町の人々が、最後の最後まで人のままであろうと選んだ死に方。炎でもって、灰に帰すのだ。


 ナットには、とても出来るとは思えない作戦だった。


「あんなに大きいのに、どうやって燃やすの? オイラは火をつけても消されちゃうと思うよ」


「大丈夫よ。ちゃんと考えてあるもの」


 外にでる。暗がりで揺れる迷路。スズは名残惜しそうにその壁を撫でた。


「みんなで、帰りましょ。忌まわしいものは全て焼いてしまうわ。きれいになって、みんなで……」


 覚悟が決まった。


 ランプ用の油。それを小屋の周りの迷路に撒いていく。ランプの灯を分けると、あっというまに火の手が上がった。


「ポセット、止めないと! 火事になっちゃうよ!」


「大丈夫だよ、ナット。これも作戦のうちなんだ」


 もうもうと煙が上がり、黄金の焔が小屋を囲む。




 一方、町の広場。レパードさんの像は無残に崩れ、巨大な樹と化した化け物が、陽の力を失い、休眠に入っていた。


 意識はなく、あるのは生きるための本能のみ。しかし、その本能の中に、僅かに残るある使命。それは、スズとテルルを連れ帰ること。


 誰から与えられたことだったか、なんのためのことなのか、それを考える知能は無い。ただ、やるだけ。


 夜の暗闇で、段々と体が重くなっていく感覚。


 そのとき、体に僅かな光がさした。活力の源である〝熱〟を感じる。そこに、連れ帰るべき目標がいるだろうか。しかし、自身の根は、あそこまで行けない。地下深く支配する、あの迷路を作り出している植物の根が邪魔をして、通れないのだ。


 しかしやはり、あそこに目標がいるのだろう。何よりも、夜の闇で体が動かず、窮屈していたのだ。あそこには光があり、熱がある。


 ブチブチブチブチッ……。根が引きちぎれる音がして、巨大な化け物の足が地面から離れ、高く上がった。ズドン、と力強く地面を捉えると、また根を引きちぎり、もう片方の足を持ち上げる。


 一日で町の地下の大半を支配した自らの根を捨て、化け物は熱源へ行進を始めた。根ならまた張ることが出来る。なにより、そこには魅惑的な〝エネルギー〟があった。


 歩くたびに体が軋み、ボロボロと破片が落ちていく。巨大な体ゆえ、触れた建物が崩れ、バキバキと音を立てる。体もそれに見合って崩れる。しかし、行進は止まらない。


 何も無くなってしまった夜と言う世界の中で、その灯りはまさに命の灯。多少の被害など気にしない。


 ズドン、ズドン……。一歩踏み出すたびにすごい音と地響きが鳴る。




 ナットの耳がピピッと振れる。


「来たよ、ポセット! あっちだ!」


 ナットの指す方向を見る。暗闇の中、左右に大きく揺れる何かが、肉眼で捉えられた。


「スズ、来たよ!」


 スズが頷く。小屋を背に、化け物と向かい合う。


「行って。手はず通り頼んだわよ」


「任せて」


 ポセットは小屋にあったありったけの油を手に、迷路へと消えた。残されたナットが、スズの肩に乗る。


「怖くない? オイラがついてるよ」


「ありがとう」


 化け物は炎の円の中へと入ってきた。首が痛くなるほど見上げて、初めてその姿の全てを把握できる、それほど大きく成長した化け物を、スズが苦々しそうに見る。


「あなた、あたしを捕まえるのが狙いなんでしょ?」


 化け物は地割れでもおきたような、低く凄まじい雄叫びをあげた。覆いかぶさるようにして、スズに顔を近づける。どこが顔かは、近くで見ても分からないが。


 手を伸ばせば届く距離。スズの肩に座ったナットが毛を逆立て、緊張に震える。スズはそれでも、化け物から遠のくことはしなかった。足をその場に打ち付けたように、微動だにしない。


「あなたは、昨日の男の体を媒介に発芽して、〝あいつ〟の思い通り、そこまで立派に、醜く育ったのね……。あなたという命に罪は無いわ。でも、ごめんなさい。あなたを消さなくてはいけないの。分かってもらおうとは思わないわ。ごめんね」


 スズは銃を取り出した。昨日の男、つまり、今目の前にいる化け物の器にされた哀れな旅人が持っていた、リボルバータイプの銃。それを空に向かって、バンバンと軽快に撃ち尽くした。


 合図。


 ポセットは撒き終えた油の缶を放った。迷路の壁に染みさせた油の道は、大きく化け物を囲んでいた。トンファーを取り出し、スタンガンのスイッチを入れる。


 紫の灯が飛び、油が爆発するかのような勢いで燃え始めた。植物の迷路が一転、灼熱の火炎地獄と化す。


 化け物が異変に振り返る。背後には轟々と燃え上がる炎の壁。それは風によって舞い、流れ、段々と広がっていく。背後で繰り広げられる炎のドミノ倒し。あっという間に、見渡す限り火の海となった。


 力の源である熱。しかし、それは度が過ぎれば体を焼く害になる。化け物はすでに、地獄の真っ只中にいた。


 熱の海で苦しむ化け物。しかし、眼前には目標である少女が、同じく苦しそうにうずくまっている。捕らえようとツタを伸ばした。


 所々が焦げ、キナ臭さを立ち上らせるそれは、弱り動けなくなったスズの白い腕を強引に締め上げ、地獄に誘うように引き始めた。スズには到底抗うことが出来ない。朦朧とする意識の中、炎が迫る。



つづく。

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