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その27 最深部で濁る青


 西の空に、茜色の陽が沈んでいく。テルルは遊び疲れて寝てしまった。いや、〝生き疲れた〟とでも言うべきなのか。


「テルル……」


 スズは、二度とこの目が開かないことを知っていた。薬の投与を続けないまま、町の外で活動することはできない。そして、テルルに与えてあげられる薬は、ここにはない。


 聞こえ辛くなっていく呼吸が止まるのも、もうしばらくのことだろう。


「今から、町に戻ってもダメなのかい?」


 スズは首を振った。


「外で生きていられたこの時間。これはテルルが今までちょっとずつ、ちょっとずつ溜めてきた幸いが成した奇跡よ。もう、この子には生きる力は無いわ……。何より、テルルはもう、生きる目的を達したもの」


 打ち寄せ、消える波。絶えることなく続く連鎖も、一つ一つは弱く、儚い。


「この子が植物に食われるところなんて、見たくないわ。テルルは、テルルのまま、消えていってほしい」


 スズはテルルに最後のキスをした。まもなく、この体から新芽が吹き、辺りに種子を飛ばすのだろう。


「この子は、この広い海に還すわ。きっと、この子も喜んでくれるはずよ」


「喜ぶさ。テルルくんは、お姉ちゃんが、大好きなんだから」


 スズがテルルを背負って、冷たい海を進む。ポセットが、後ろから支える。ナットは心配そうにお留守番。


 あまり深くまではいけないので、胸のあたりまで浸かるくらいまで行くと、ゆっくりテルルを下ろした。スズはテルルの体を軽々と抱える。気持ちが、体力を越えて、スズに力を与えていた。


「さようなら、テルル……。さようなら……。ありがとう……」


 テルルの体を海へと沈める。ゴボゴボと気泡が水面に浮かび、やがて、止まった。


「う……、うぅ……う……」


 スズは手を放した。テルルの銀の髪が、水中でゆらゆらとなびく。


「テルル……。さようなら……、さようなら……」


 透き通る水面から、テルルの姿が微かに見える。その顔は、柔らかに微笑んでいるように見えた。


 テルルの体は波に誘われ、どんどん沖へと流れていく。まるで海がテルルを受け入れ、その身を溶かし、一つになろうとしているように思えた。


 テルルは、広大なる海へと還った。


 紅い夕陽に染まった海は、スズとポセットを浜へと追いやるように波をよこす。


 まだ来るな。海がそう言っているようだった。


「綺麗。本当に……綺麗……」


 砂浜に寝転がり、スズが戯言のように繰り返した。


 しばらくして、二人と一匹は海を後にした。砂浜に吹く、止むことのない風は、奇跡の足跡すら流していく。


 振り返れば、今残してきたはずの足跡すら無く、まるで初めから誰もいなかったかのように、砂浜はまっさらになっていた。




 辺りは段々暗がりに沈みつつあった。


 スズはポセットの背の上で、苦しそうに息をしている。


「スズ、大丈夫? もう少しで町だから……」


 スズが背中で微かに頷いたのがわかった。


 海から帰る途中、スズは突然倒れた。薬で抑えてはいても、体に深く寄生する植物の力は、想像を超えるものだった。


 共生の状態にあるのは、植物が命を守るためにやむなくとっている手段である。成長を妨げるかせが消えれば、あっという間にスズの体を蝕み、乗っ取り、スズの命を飲み込んでしまうだろう。


「ほら、町が見えてきたよ。もう少しだ」


「気を……つけてね」


 そう、町には〝あいつ〟が送り込んできた化け物が根を張っている。


「迷路に逃げて……。迷路には、化け物も入ってこられないわ。亡き町の人々が、私たちを守ってくれる……から」


 迷路を作り出す寄生植物の群生地帯は、地に深く根を張っているため、化け物も易々とは根を張れない。


「わかってる、急ごう。もう話さないほうがいい」


 進む道の先に、ひときわ黒く歪んで見えるスズの故郷が見えてきた。心なしか、その影がうねうねと蠢いて見える気がする。


「本当に、やるのかい?」


 今朝伝えられた計画。スズは町を守ることにした。例え一人になっても。


「やるわ。あの化け物に、私の……私たちの町は渡さない」


 暗闇に沈んでいく町。ポセットが門を越えた。途端、ツタが動き出し、侵入者を嗅ぎつけた猟犬のように、ポセットたちを追い始めた。


「しっかり掴まってて! 走り抜けるよ!」


 迷路を目指し、ポセットが駆ける。


 町の領域に踏み入った。静かに苦しみが消えていく体。スズはポセットの背中で、ゆっくり目を閉じた。



つづく。

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