その24 またもやもや
辺りはすっかり暗くなった。
ツタの追走から逃れ、二人と一匹は半壊の小屋に居た。ランプを灯し、沈黙に沈む。
スズは顔をあげない。泣いているのか、怒っているのか、それすら分からない。きっと両方だろう。
どうしてテルルを連れてこなかったのか、とスズに何度も迫られた。スズを助けるために仕方がなかった、あのままだと二人とも捕まっていた、と説明しても、スズが納得するはずなかい。ポセットも何ともつかない気持ちに苛まれていた。
息苦しい静寂がずっと続いている。
大きな穴が開いた壁を、風が吹き抜けていく。ナットは揺れるランプを眺めて、ぼんやりと尻尾を振っていた。
ぐぐぐううぅぅ~……。
音に反応したスズが包丁を握り、ポセットがトンファーを構える。しかし、それはナットの腹の虫だった。
「にゃ。し、失礼……」
呆れ顔のポセット。冷たく見つめるスズ。ナットは苦笑いしながらそっと丸くなった。
ぐぐぐぐぐううぅぅ~~~……。
しかし、もっと大きく鳴った。
「――ぷ。あはは、あっはははは。ちょっと、やめてよ、私も我慢してるんだから。あはははは……」
スズが笑いだした。柔らかい彼女の表情に、ポセットも少し安心した。
ぐぐぅ。
「きゃ」
あんまり笑ったからか、次はスズのお腹が鳴った。白い顔が、ほのかに赤く染まる。
「ははは」
きゅう。
うっ、とポセットがお腹を押さえる。
「――ごはん、食べましょうか。昨日のシチュー、少し残ってるわ」
温めたシチューが、お腹を満たした。壁に開いた大穴から、楕円の月が見える。今にも崩れそうな小屋は、奇跡的なバランスで建っているようだった。
ナットが名残惜しそうに皿を舐めていると、スズがおもむろに口を開いた。
「あの化け物がどうして私とテルルを襲ったのか。そして、送り込んできたのは〝あいつ〟だろうけど、どうして送り込まれたのか。大体予想は付いているの」
スズは空に輝く月を眺めた。
「私が思っている通りなら、テルルは殺されたり、怪我させられたりはしていないわ」
「君の予想って?」
スズはゆっくりと、分かりやすく説明した。それが本当ならと考えると、ポセットの〝あいつ〟へと怒りはより強まった。
「命を、何だと思っているんだ……」
「あいつにしたら、極上の実験対象といったところなんじゃないかしらね。自分の知識欲を満たすことだけが、あいつの生きる目的よ」
秋の夜はとても静かで、それがかえって不気味だった。
「あのツタは、化け物から出たものとみて、間違いないね?」
「ええ、ああやって、町全体を飲み込むつもりなのよ。そんなことさせないわ。ここは大丈夫よ。迷路を作り出すあの植物たちが張り巡らせた根で、ツタは入ってこられないはずだから」
「ずっと思っていたことだけど、あの迷路は、いったいなんなんだい? とても自然のものとは思えないけど……」
「あれはね、私たちの体を蝕む寄生植物たちなのよ」
「え!」
「安心して、もう活動していないって言ってるでしょ。寄生され、死んでいった人々が埋められたのが、この場所なのよ。死者が続出して、通路の脇にレンガでも敷き詰めるように埋葬していったら、この有様。全く、どうして火葬の習慣がなかったのか、先祖を恨んだわよ」
「そうだったのか……」
外では、清らかな秋風に揺れる迷路が、月光に青白く輝いていた。
「そうだ。君に渡すものがあるんだよ」
「あら、なに?」
ポセットは海岸で見つけたあるものを差し出した。それは風化が進んで、今にも崩れてしまいそうだったが、表面の汚れをごしごし拭き取ると、深く吸いこまれそうになる深緑の色合いと輝きは未だ健在だった。
「これ……!」
「海岸で見つけたんだ。十字架に供えてあった」
スズはそれをぎゅっと抱きしめた。それは緑色に煌めく、母のネックレスだった。
「そうだったの……」
皿を片づけ、寝室へ向かう。穴のあいた壁にカーテンを引き、スズがネックレスを見つめて座っていた。
「明日、テルルくんを助けに行くんだろう?」
「ええ、手伝って。でも、今は、その後のことを考えているのよ……」
「後?」
ナットが寝室へ入ってきた。ベッドに飛び乗る。
「ねぇ、ここで寝てもいい? 今夜は寒いよ。オイラ、ベッドで寝たい」
「猫って、夜行性じゃないのか」
「猫は眠いときに寝るんですぅ」
「いいわよ。おやすみ」
ナットは、やった! と嬉しそうに耳を立てると、早速丸くなった。
「ふぅ……。で? 後のことってなんだい?」
「なんだか、私も眠くなってきたわ。明日話すわよ。今日は寝ましょ」
「え」
気になる夜が続いた。
つづく。