その21 ばけもの
小屋に入ると、テルルが包丁を持って、そろっと出てきた。
「あ、あれ、ポセットくん!? 故郷からお母さんが迎えにきたんじゃなかったの!?」
「スズ、どんな言い訳したんだ……」
「テルルは小さいうちにお母様と死別したから、そう言った方が諦めがつくと思ったの。ねぇ、早くおろして……」
ポセットはスズを寝室へ運んだ。男はまだ気を失っているが、目を覚まされたら面倒なので、手足を縛ってソファに寝かせた。
「誰なんだ、この人」
「なにも知らない、ただの通りがかりの人だよ。〝あいつ〟はたまに、こうやって侵入者をけしかけてくるんだ。どういうつもりなのかわからないけど、多分、実験の一環なんだと思うよ。それより、お姉ちゃんを……!」
男はテルルとナットが見張ることになった。
スズは右わき腹を抑えている。手をどかし、服をめくろうとして、一昨日の晩を思い出す。
「言っとくけど、これは手当だ。勘違いしないで」
「しないわよ。いいから包帯取って。あなたの手当なんていらないわ」
ポセットがスズに包帯を渡すと、自分でぐるぐると巻き始めた。痛々しい傷口からはたった一滴の血さえ流れていなかった。心臓は働いていない。血も、流れていない。その証明。
「痛みは、感じるのかい?」
「まぁ、感じるわよ。でも、きっと普通の体だった頃よりは鈍くなってると思うわ。ちょっとやそっとじゃ死なないのよ。植物の生命力がそのまま私の生きる力になっているみたいにね」
「その、〝あいつ〟って人は、君たちの生命力を試すために、ああやって侵入者を?」
「そうなんじゃないの? あなたも最初はその一人かと思ったわ」
「なるほど、それであの出迎えだったわけだね」
「まあね。それで? なんで帰ってきたの? テルルを折角諦めさせたのに」
「え、あ、ああ。実は、これを……」
手がポケットへと伸びる。
バギンッ!
「ん?」
リビングから、何か壊れるような音がした。
「なんだろう?」
バタバタ、バタバタ、ドカン!
忙しく足音が鳴って、テルルが扉を突き抜けるような勢いで現れた。何かに追われるように扉を閉め、抑える。
「どうしよう!」
「「なにが?」」
二人の頭上にはクエスチョンマークが浮かぶ。というか、ナットがいない。
「ナットは?」
「窓から出てったよ」
「え、ナットが何かしたのかい?」
「違う、違う! とにかく、早く逃げよう! ここにいたら危な……」
言い終わる前に、テルルがドアごと飛び込んできた。砕けた蝶番と、くの字に折れたドアをどかすと、寝室の入り口の前に、何かが立っていた。
「こ、これは……」
実験とは、このことだったのか。スズがそれを悟るまでの時間は、その何かがポセットを小屋の外まで投げ飛ばすには十分だった。
視界が回り、体に衝撃が走る。気がつけば小屋の薄い壁に大穴があき、ポセットは外に倒れていた。大穴からは割れたテーブルと倒れた椅子が見える。
「ポセット!」
ナットが駆けてきた。ポセットの肩にのる。
「どうなってるの!? いきなりムクムクって膨れて……、ボカーンって!」
「説明は後だ。とにかく、スズたちが危ない!」
思ったよりダメージは大きい。やっとのことで立ち上がり、トンファーを握ると、小屋の中から銃声が聞こえてきた。二発、三発。四発目の音は無く、代わりにスズのものと思しき悲鳴が聞こえた。
「スズっ!」
寝室へ駆けこむ。そこに二人の姿は無く、窓がめちゃくちゃに割られ、やはり大きな穴になっていた。
「どこへ行った?」
窓から外へ飛び出す。どこからか、声が聞こえる。
「スズの声だ!」
「ポセット、あっち!」
ナットの指す方向へ向かう。しかし、追跡はいとも簡単に行えた。銃弾さえ通さない植物の壁が、巨大な隕石でも通って行ったかのように左右に分かれ、道を作っていたからだ。
「一体、何ものだ……」
「化けものだと思うよ」
道を進む。まるで大蛇の通った道のように、草はきれいになぎ倒されている。そして等間隔に、岩で押しつけたような強力な足跡が残っていた。
迷路を抜け、町へと出る。足跡は乾いて硬くなった地面にもくっきりと残っていた。
「あれか……」
物陰から、発見した〝何か〟を見る。わめくスズと、気を失ったテルルを抱えている。
その姿、何とも言い難い。一応、人の形をしてはいるが、体は全身ぶくぶくと膨れ、腕はまるで今そこらへんから引っこ抜いてきた大木をくっつけたようにぐしゃぐしゃ。手であるはずの部分は木の根に見える。肩から真っ直ぐに幾本もの突起が天に伸び、首は見受けられず、顔もあるかどうか疑わしい。足も腕と同じく、木の根のように入り組んでいる。そしてその肌は黒や緑、緑青色を基調としていて、もはや肉ではなく、うろこか木の皮のようだった。時折、ぐおぉぉっと低く鳴いているように聞こえる。
「ポセット……。あれ、さっきよりも、大きくなってるよぉ」
「まるで、枯れた大木の化け物だな」
つづく。