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その20 侵入者


 昼下がり。海は静かで、穏やかな波の音が、おとぎ話を紡いでいるように聞こえる。


 海岸で海鳥が羽を休める傍らに、ポセットとナットの姿があった。ナットは海鳥の卵を狙っている。


「やめろよ、ナット。いつも卵なんて欲しがらないくせに、どうしていきなり……」


「どうしてって……、なんでだろう? なんだか、体の底から沸き上がる何かが……」


「前に、オイラはそこらの野蛮な猫とは違う……って言ってなかった?」


「それはそれ、これはこれ」


 そう言って、ナットは鳥の群れに突っ込んでいった。計画も作戦もあったものではない。野蛮というか、乱暴というか……、お粗末。


「うにゃおおぉぉぉ!」


 海鳥が一斉に飛び立ち、慌てた様子でポセットの隣をすり抜けて行った。空から舞い落ちる羽根。ポセットはやや神経質にそれを払った。


 そのとき、ふわりと風が吹いた。羽根が落ち葉のようにひらひらと横へと流れ、視界から消える。それを追うように振り返ると、砂浜のずっと先に、何か立っているのが見えた。かかしのようにも見える。ポセットは砂を踏みしめ、風を受けながら近づいて行った。


 それはボロボロの十字架だった。名前はわからない。しかし、十字架には、汚れた小さな鎖がかけられているようだった。


「これは……」


 それを手にとり、砂を落とす。


 ポセットは声が出なかった。息をのむ。それは鎖などではなかったのだ。ポセットはそれをそっとポケットにしまった。


 これで、誰の墓なのかはわかった。しかし、誰がこの墓を作ったのだろう。通りすがりの人でもいたのだろうか?


 ナットのもとへと戻ると、幾羽の海鳥がぎゃあぎゃあ鳴きながら、ナットをとり囲んでいた。


「な、なにやってるんだ!」


「あ、ポセットぉ! どこいってたんだよぉ! たすけてよぉ!」


 海鳥の輪の中に乱暴に押し入り、黒猫をさらって走り出す。海鳥ががつがつ頭をつついて来る。帽子をとられないように押さえながら、なんとか逃げ切った。


「――で、卵はとれたのかい?」


「ん~ん」


 首を振るナット。さして欲しくもなかったのだろう。とっくに興味はないようだった。


「で、今度こそ山へ行くの?」


「いや、もう一度スズたちに会いに行こう。渡すものが出来たよ」


 一応、収穫はあった。これがあれば、きっとスズもテルルも生きる希望を見出すに違いない。


 何も知らないまま、ポセットは今来た道を引き返して行った。




 廃墟へと続くさびれた道。しかし、スズの喜ぶ顔を、そしてテルルの笑う顔を思い浮かべると、何もない道でも不思議と心躍るものがあった。


「一体何を拾ったの?」


「秘密。あとで見せてあげるよ」


 山へ向かう道に出た。逆の方向へくるりと曲がり、浮かびそうな気分で歩いて行く。やがて町が見えてきた。


「見えてきた」


「さっき出てきたから、全然懐かしくないね」


 ナットはポセットがこのまま廃墟に居座ってしまうのかもと、ちょっと不安だった。ポセットには旅人に必要不可欠な〝自己愛の精神〟が足りないと、ナットは常々そう思っている。情に流され、旅先で出会う不幸な人に、すぐ肩入れをする。だから厄介事に巻き込まれる。


 しかし、それがポセットらしさなのだと、ナットはどこか納得してもいた。


「ポセット、早く渡してこよう。そしたら、今度はおばあさんの家にいかないと」


「そうだね。もしかしたら、おばあさんがまたココアを入れてくれるかもよ」


「ホント!? 早く、早くポセット!」


 やや急ぎ足で道を行く。そして、今にも崩れそうな町の影が見えてきた頃だった。


 空に、低く長い音が響いた。鉄の扉を叩くように聞こえるそれは、確かに銃声だった。


「なんだ!?」


「町から聞こえたよ!」


「舌噛むなよ、ナット!」


 荒れた道を走る。砂が舞い、町が近づく。その間にもまた、銃声が響いた。


 門をくぐり、荒れた息を整えもせず、まっすぐ迷路へと突っ走る。レパードさんの横をすり抜け、建物の角を右へ左へと駆けまわる。植物の迷路が見えたと同時に、もう一発銃声が鳴った。近い。


 ナットの耳がレーダーのように音を捉えた。髭で風を読む。


「ポセット、三時の方向! 迷路の中だ!」


 聞くやいなや、弾丸のように植物の壁を貫く。この町に生き物はいない。狙うとすれば……。考えうる標的は二つしかなかった。


「でてきやがれ! ぶち殺してやる!」


 叫びをあげるのは髭を蓄えた男だった。手には水平二連式の散弾銃を構えている。


「なんだあいつは……?」


「酔っぱらってるのかもよ」


 ガサガサッ。壁が揺れる。


「そこか!」


 男が引き金を絞る。ズドンと弾丸が飛び出し、壁がちぎれる。しかし、植物の壁は厚く、向こう側を垣間見ることすらできない。


 ガサガサッ。


「こっちか!」


 ズドン! 何度やっても同じ。やがて重い銃声が一つ鳴り、男が痛みに倒れた。


「あきれたヤツね」


 壁から現れたスズは、銃を男に突き付けた。


「ま、待て! 頼まれただけなんだ。俺は別に……」


 スズは顔色一つ変えずに男を見下ろしていた。その細く白い指が、引き金にかかる。


「ダメだっ!」


 ポセットが飛び出す。声に驚いたスズの一瞬の油断。男は腰からリボルバータイプの銃を取り出し、出鱈目に引き金を引いた。


 スズの身体を鉛の弾丸が穿つ。ポセットが男の銃を蹴り飛ばし、スタンガンで気絶させるまでに、スズは腹部に一発受けてしまった。


 崩れるスズを支える。


「スズ!」


「あなた……、なんで……?」


 ポセットはスズと男をいっぺんに背負って、迷路の奥へと進み始めた。さすがに二人は重い。


「とにかく……、小屋へ行こう。しっかりするんだ、急所は外れてるよ」


「私なら大丈夫よ……。道案内……するわ」


 スズに道を教えてもらいながら進む。小屋へは思ったより早く着いた。何度も往復したせいで、ポセットの身体も知らず知らず道を覚えているようだった。



つづく。

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