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その19 さよなら

 帰り道。ポセットはスズの後ろを追って歩いた。寄生植物の侵食、実験の薬物投与、ぎりぎりで掴んだ命は削れていく一方だ。


 もはやこの町に、命と呼べるものはないのかもしれない。あるのは、生きたいという想いだけ。ただ、それだけなのだろう。




 家に着いたが、テルルはまだ眠っていた。このまま目を覚まさないのではないかと思うほど、テルルの寝顔は安らかで、彼がしがみついている命は頼りないものだった。


 コーヒーを入れた。二人で飲む。ナットはテルルの見張りに出した。ベッドの上で、テルルの顔を心配そうに覗いている。


「あの子の命は、もう長くないわ。そして、あの子が最後に一度でいいから、海を見てみたいと思っているのも知っているわ。あの子、町を通る川で、泳ぐ練習だってしてたもの。でも、最後の最後まで諦めたくない。諦めさせたくないの」


「――難しいけど、それも、正しいことなのかもしれないね」


 苦い味が広がる。


「あなたには、なんだか何でも話せて、気が楽になったわ。ありがとう。でも、あなたがここにいると、テルルはあなたを頼ってしまうわ。私もだけど。だから、お願い。出て行って」


 ポセットはしばらく風の音に聞き入った。そして、自分の無力さを思い知った。


「わかった」


 正しいことなどわからない。




 テルルがまだ寝ているうちに、家をあとにすることにした。スズが町の出口まで見送ってくれるらしい。


「迷路を抜けるまででいいのに」


「いいのよ。あなたはなんだか、話していてとても楽しいの。きっと、一生忘れないわ。どこまである一生か、わからないけどね」


 ナットが悲しそうに鳴く。ポセットも、きっと忘れないだろう。


 外へ出ようとしたその時、ポセットは思い出した。あの真っ赤なドレス。


「あの、スズ、ドレスなんだけど……」


「え? ああ、そうだったわね」


 スズは寝室からドレスを持ってきた。少し気に入っていたのだろうか、ポセットに渡す前に、一度広げてまじまじと見た。


 ポセットは渡された真っ赤なドレスを綺麗にたたみ、鞄へしまった。


 町の入り口へは、すぐに着いた。今朝見た入り口が、何年も経ってしまったように感じる。


「じゃあ、ここで」


 スズが門の傍で立ち止まる。ポセットは振り返り、手を振る。


「ありがとう」


「それは、こっちのセリフよ。ありがとう」


 ポセットはせめて笑顔で別れることにした。しかし、何とも言えない悲しさはぬぐえない。


「さようなら、スズ。君たちの幸福を、心から願うよ」


「にゃあ。元気でね」


「ありがとう。あなたたちも、気をつけてね。あなたの記憶が戻ることと、その先に幸せがあることを、神に祈るわ」


「ありがとう……。さようなら、スズ」


「ええ、さようなら」


 またねとは、どうしても言えなかった。コーヒーとは違う苦さを味わいながら、ポセットは町をあとにした。




 黄金に輝くススキの原。風のない今は、とても静か。


「どうするの、ポセット? どこへ行くの?」


「とりあえず、このドレスを返しに行こう。きっと、あのおばあさんのお孫さんは、寄生植物にやられて、亡くなったに違いない」


「怖いね。体に草が生えるなんて……」


「世界には、想像を超える恐ろしいことがあるものだね」


 先日の巻き戻し。また、山へと登らなくてはならない。相変わらず人の通った跡がない、忘れられた道を行く。


 ふと、風がやわらかく横切って行った。潮の香り。きっとこの潮で町の建物の鉄骨は錆に覆われているのだろう。


 山をおりた日。途中で見た紺碧の海を思い出す。テルルが見たがっていた、母なる海。


「あ、そうだ。一度、海へ行ってみないか?」


「えーっ! やだよ! あんな、水しかないところなんて!」


「いいから、行ってみよう」


 ポセットは大きく道を曲がった。ナットが肩でバタバタと暴れる。


「いやだ! いやだいやだいやだぁ! 溺れたらどうするのさ!」


 ポセットは足を止めない。秋晴れの空を眺め、広い海を思い描きながら、あの姉弟を想う。


 ススキがうねる。潮の香りは一歩踏み出すごとに強くなっていった。



つづく。

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