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その18 巣食う悪魔


 スズは建物の中へと入って行った。埃っぽいドアが音を立てて開き、部屋の中には壁いっぱいに掲げられたあの絵が静かにこちらを見下ろしていた。


 並ぶ家族。五十年前の姉弟の姿。


「ここはこの町の役所だったの。そしてこの部屋はお父様の部屋。町長の部屋ってわけね」


 部屋のわきには、乱暴にぶち開けられたドア。


「あなた、随分手荒なまねしてくれたのね」


「ご、ごめん」


「まぁ、いいわ。この絵も、本当は二度と見たくないっていつも思うもの。でも、つい見に来てしまうわ。お母様の姿は、もう、この絵でしか見ることが出来ないの」


 かすんだ絵の中。スズの隣には微笑む女性。落ち着いた色のドレスと、その胸に煌めくネックレスが印象的だった。木の葉を模ったその緑の宝飾は、古びた絵の中でも特に輝いて見える気がした。そして、その女性はなんとも優しそうな顔をしているのだった。


「あれが、君のお母さんか。――お母さんも、亡くなったんだね」


「ええ。お母様は、最後まで人らしくあろうと……。そして、私たちを誰よりも愛し、悲しんでおられたわ……」


「君たちの秘密と、関係があるんだね」


「ええ。私たちの秘密を話すには、まず、私たち家族のことを知ってもらわなきゃいけないわね。まず、左からテルル、私。そしてお母様。椅子に腰かけているのがお婆様、その隣がお父様よ」


 そう言うと、スズは回れ右をして、真っ直ぐ扉から出て行った。ポセットも慌てて追いかける。


「どうしたんだよ」


「だから、あの絵はお母様の顔を見るためにしぶしぶ見に行ってるの。あと、今日はあなたに説明したかったからよ。本当なら、あんな絵、すぐ燃やしてやるわ」


「どうしてそこまで……」


 スズは足を止め、ポセットを睨んだ。


「この町をこんなにしたのは、紛れも無く私たち家族だからよ!」


 スズは息を荒げ、すごい剣幕で言いきると、バタバタと走っていった。追いかけると、崩れた家の壁に座り込んでいた。ポセットたちが初日に座ったところだった。


「落ち着いて。どういうことか、話してくれるかい?」


「話すわよ……。でも、あなたがそれを知って、どうなるの? そうよ、あなた、テルルを早まらせずにつれ帰ってくれたから、お礼代わりに話そうかって思ったけど、あなたそれをきいてどうするの?」


「僕にも、ちょっとした秘密があるんだ」


「秘密?」


「僕には、記憶がないんだ。ずっと昔、いつの頃からか、記憶がすっぽり消えてしまっているんだ。その手がかりを探している。君たちと、この廃墟の町の秘密が、その助けになってくれるかもしれない」


 スズは、少し驚いた顔をした。そして小さく、そう、と言うと、ゆっくりと口を開いた。


「私もテルルも、もとからこんな体だったわけじゃないわ。体温も心音も無い、この死んだ体。こうなってしまったのは、平和だったこの町を襲った、ある災いのせいなの」


「災い?」


「疫病よ。五十年ほど前。お父様が町長になって、まもなくのことだったわ」


 どこから来たのか、症状にも前例が見られず、感染方法もわからず、なにより、治療法が不明だった。


「それは、〝緑化病〟と呼ばれたわ。高熱、吐き気、頭痛などの症状がでて、最後には死にいたる。名前の由来は、死んだ病人の身体から、草の芽が息吹くから」


「草の、芽……?」


「そう。そして、その病気が実は病気ではなく、〝寄生植物〟によるものだと分かる頃までには、町の全ての住人が、その植物に汚染されていたのよ」


「寄生する……植物だって?」


「ええ。彼らは胞子のように小さく軽い、言わば種の働きをする部分を、風に乗せて飛ばすの。生き物の肺から入って、じっくりじっくり、痛みも無く、その人を蝕んでいくわ」


「そして、最後には、殺してしまう……?」


「ええ。体中に植物の根が行きわたり、動物としての活動はもうできないわ。栄養を吸われ、気がつけば、人と植物が入れ替わっているのよ」


「そんな……」


「町の医者も随分と頭をひねって、いくつも薬を作ったわ。でも、結局どれも、感染者を救うことはできなかった。町から人がいなくなり、その植物が代わりに町を覆っていったわ」


「それで、この廃墟か……」


 ナットがポセットの肩で震える。


「そ、そんな危ない植物があるの……? って、え!? てことは、オイラたち、もう感染しちゃってるんじゃないの!? どうしよう、ポセットぉ!」


「安心して、もうあの植物は活動していないわ」


「え……、どうして?」


「私のお母様とお婆様が、食い止める薬を作ったからよ。二人は、偉大な研究者だったわ」


 スズはそう言って、ポケットから透明な小瓶を取り出した。中にはなにやらゆらゆらと色を変える怪しい液体が入っていた。


「これがそう。このひと瓶で、なんとか人一人を救えるわ。植物の生命力は、それほど強いものだったの」


「じゃあ、君もそれを飲んだのかい?」


「ええ。でもこれは、人を救うとは言っても、一般的な救うイメージとは全く異なる救い方なのよね。まぁ、私を見たらわかるでしょう?」


「どういうことなのか……」


「あら、思いのほか想像力乏しいわね。この薬は、植物の運動をストップさせるものなのよ。取り除くことはできなかった。殺そうと思えば何か手段はあったでしょうけど、植物よりも先に、感染者が死んじゃうわ」


「つまり、体内の植物を眠らせてしまって、感染したまま一生を送ろう……と」


「まぁ、そうね。でも、そんな簡単な話じゃないわ。今の私は、この植物が体に張り巡らせた根を利用して、栄養や酸素を取り入れているんだもの。もはや、この植物と私はギリギリのラインで共生しているのよ」


 見ためでは、普通の人と何ら変わりないカタチをしているというのに。この小さな体には、どれほどの悲しみと苦痛が詰まっているのだろうか。


「体内に植物を宿したまま半生を送る。そのことを潔しとした人はいなかったわ。諦めるな、まだなにか手立てがあるはずだ。そう言って、みんなが研究者たちを責めたわ。特にお母様とお婆様は、この薬を作り上げた張本人。植物に感染して、頭までおかしくなったんだと、迫害まで受けたわ。お父様も町を守り切れず、反対派の人たちに殺されてしまった……」


 スズは悲しそうに空を仰いだ。秋晴れの良い天気。少しだけ、冬の匂いがした。


「身の危険を感じたお母様は、お婆様と私たち姉弟をつれて、町から逃げ出したわ。でも、遅かった。お母様がまず発病して、日に日に体が弱っていった。次にテルル。お婆様も私も時間の問題だったわ。そこで、この薬を使うことにしたのよ。もちろん動物実験もしていない試験品。うまくいかなければすぐさまあの世行きよ」


「でも、うまくいったんだね」


「どうかしらね」


 スズはそっけなく言った。立ち上がり、歩きだす。


「帰りましょ。テルルが起きるころだわ」


「ちょ、ちょっとまってよ、まだ聞きたいことがあるんだ」


「なによ」


「〝あいつ〟って、誰のことなんだい?」


「――私たちを使って、実験を進めているヤツよ」


 スズはのしのしと進んでいく。ポセットは急いで追いつき、並んで歩く。


「お母様が死んで、お婆様は薬を打ったけど、遅かったわ。そして瀕死の私たち姉弟がこの町に戻ってきたとき、町はすでに植物たちの領域になっていた。それでも人であろうとした人たちは、集まって無理心中……。大きな炎でそろって灰になったわ」


「それで、君たちだけが……」


「ええ。でも、テルルは薬を打つのがおそかったから、植物の進行が若干進んでいるの。あの子は、瀕死のまま生きているのよ。初めのうちは痛がって動くことも、息をするのもやっとだったのに、今では走りまわっているわ。植物が耐性をつけて、テルルの身体をのっとり始めているのよ。痛みがないのはそのせい」


「そんな……」


「そこに目をつけたのが、〝あいつ〟だったのよ。この植物を研究し、薬を研究し、何が目的か知らないけど、私たちをまるでモルモットみたいに扱うわ。薬や生活物資もあいつから手に入れているの。代わりに私たちは、あいつから渡される薬を自らの身体に投与する。植物を殺さずに、生かしておく薬よ。あいつの実験のためにね」


「そんな……、人体実験じゃないか!」


「そうよ。でも、あいつは前に言ったわ。お前たちはすでに人じゃない。だから、これは人体実験じゃない。酸に亜鉛をつけて水素を出すのと同じ。ささやかな、ほんのささやかな実験なんだってね」


「なんだって……」


 ポセットは怒りに震えた。〝人ではない〟。こんな体だから、その言葉を投げかけられる痛みをよく知っている。そして今も悩んでいる。とても人ごととは思えなかった。


「僕に、何か出来ることはないかい? その、〝あいつ〟を僕がやっつけてあげようか? いや、むしろそうさせてくれ。一発や二発殴った程度じゃ、気が済まない」


 ポセットは熱した鉄のように熱く怒っていた。それをスズの冷えた掌が冷ます。


「落ち着いて。あいつを殺したりなんかしたら、私もテルルも死んでしまうわ。いつか、あいつが植物を取り除くような薬を作るまでの辛抱なのよ。それをずっと待っているの。この死んだ町で、弟とたった二人、止まってしまった命を握りしめてね」


つづく。

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