その14 思い渦巻く四日目の朝
四日目の朝。
外はろ過した空気で満ちていた。今にも落ちてきそうな空は実に深い色合いで、昨晩の命がけの鬼ごっこで疲れ果てたポセットの心を鮮やかに洗ってくれる。
「ふぇ……」
朝はとても冷える。ポセットのくしゃみは鉄の鐘を叩き割ったかのような轟音になって、町に広く響いた。
「昨日は何があったの?」
テルルは弾丸で穿たれた壁の穴を指でなぞる。振り向いた視線の先には、吹き飛んだドアを直すポセットがいた。
ポセットはちぎれた古釘をペンチで引っこ抜き、なんとか無事だった蝶番を新しい釘で打ち付ける。ナットが新しい釘を咥えて、ポセットに渡す。
「ちょっとした誤解だよ。スズが怒りだして、銃を乱射するんだもん。迷路に入ったらとても勝てないから、小屋の周りをぐるぐる逃げ回ったんだ」
「どうりで、家の中も外も、穴だらけなわけだね」
「スズはどうしてるんだい?」
「まだ寝てるよ」
「しかし、そんなに怒るようなこと言ったかなぁ……?」
寝室のベッドの中、スズは眠れないまま過ごしていた。いつの間にか外は明るくなり、彼が叩くトンカチのリズムだけが静まり返るこの寝室に響く。
スズ。スズ。
昨晩のこと。深い眠りの中。自分の名前を必死に呼ぶ彼の声を思い出す。
これまではいつも、テルルとしか一緒にいなかった。なので〝お姉ちゃん〟とは呼ばれ慣れていても、〝スズ〟という呼ばれ方は変な感じだった。
いや、変というのは少し違う。〝テルルの姉〟という呼び方ではなく、個人としての呼び名で呼ばれたことが……。
ただ慣れていないだけなのだろうか。
「スズ……」
何度も何度も、言い聞かせるように、深い沼から引っ張り上げるように呼んでくれた。
「何よ」
一体なんなのだろうか。
スズは自分の胸に手をあてた。昨晩、ポセットがなにもないと言ったこの胸。確かに、何もない。それは、姉弟だけの秘密であり、呪わしい現実。
失ってしまったはずの心臓。それが再び動き出したように、体が鼓動に包まれる。
トンカチの音で確かめる彼の存在。願わくばその音を止めてほしかった。
いや、やっぱり止めてほしくない。ずっとそうしていて欲しい。
スズはゆっくり体をおこして、銃に弾を込めるのだった。
直したドアは傾き、塞いだ壁は不格好。割れた窓はカーテンをひいてごまかした。
「これでいいかな」
テルルは悪戯っぽく笑った。
「よくはないと思うよ。ポセットくん、結構窮地にいるもん」
「やっぱりそうかな」
「猫くんもね」
「うにゃぁ……」
ナットがうなだれる。
「どうしたら許してくれるかなぁ……」
テルルがここぞとばかりに身を乗り出す。
「逃げちゃわない? 僕が道を教えてあげるよ」
「え?」
テルルの作戦が始まった。
静まったトンカチの音。寝室の扉を開け、スズがリビングへと出る。
「ちょっと。修理終わったの?」
誰もいない。テーブルには書置きが残してあった。
「なになに……? ポセットくんと木の実をとりに行ってきます……?」
昨日採ってきたではないか。不審に思ったスズだったが、ポセットが採ってこなかった分、昨晩のお詫びとして採りに行ったのだと考えれば、そう無理のない話だった。
姉という鎖からの解放。テルルの作戦は、すでに半分成功していた。
つづく。