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その13 誤解


 五十年前の絵に描かれた姉弟。まるで人とは思えない体温。おまけに脈がない。そんな姉弟が、廃墟に二人きりで住んでいる。


 スズは目を覚まさない。


「なんなんだこの状況……。おばあさんのドレスをとり返すだけのはずが、こんなことになるなんて……」


 ポセットはスズの心音を確かめようと、胸に手をあてた。しかし厚着なのか、ちっとも感じられない。一番上にきているもこもこの上着をめくって、もう一度手をあてる。感じられない。


 ナットがぎょっとする。


「え、ちょ、ちょっと、ポセット? 何してるの?」


「心音がない……。まったく鼓動が感じられない……。まさか……心臓が……」


 ポセットはさらに服をめくろうとする。ナットが慌ててポセットの手に掴まる。


「なななな、何してるの、ポセット! どうしたの!?」


「どうって、心音が感じられないんだ! 息はしてるのに、心臓が止まってる? そんなことあるもんか! 何かおかしい、どうなってるんだ? 肌は石みたいに冷たいし、肌の色も青白い、これじゃまるで……」


「死人のようだって言いたいの?」


「え?」


 ポセットの視線が落ちる。スズが凄まじい形相でポセットを睨んでいた。


「人の上で随分縁起の悪いこと言ってくれるじゃないの。そもそも私、椅子に座ってたはずなんだけ……ど……?」


 倒れた体。抱える少年。開いた上着。伸びる手、胸元。


「あ」


 ポセットも、ようやく気がついたようだった。ナットが逃げ出す。


「き、きゃああああああああっ!」


 バシバシバシバシ。見事なビンタが嵐のようにポセットを襲う。


「なにするのよ! なにするのよ! え、え!?」


 スズは立ち上がり、ポセットと距離をとる。完全に混乱している。ちなみにポセットも混乱している。


「ええええええっと……、違うんだ! 誤解しないで! これはその……」


「あぁ、そういうことだったのね! わかったわ。わかった、本当よくわかった!」


「ちょ、ちょっと待って、僕は君が勘違いしてるように思えてならない」


「何も勘違いしてないわよ。へぇ、そうなの。あなたって……へぇ、そうなの!」


「ち、違う、きっと違う!」


「やかましいわよ! 離れなさいよ、この変質者! ケダモノ!」


 スズの細く白い指は、まるでつららのように鋭く見えた。目を狙ってくる。


「痛い痛い!」


「あ、あなた、ちょっと気を許したからって……! もう信じないわ! 絶対許さない!」


「ま、待って! 僕は、えっと、何と言えばいいか……。ただ君の身体が気になって……」


「な、なんですって!」


「ポセット、語るにおちてるよ。マズい、それ以上言うと本当にマズい」


「じゃあ、何て言えばいいんだよ!」


 ナットが怒りに震えるスズの前に立ちふさがり、震える声で言った。


「ポ、ポセットは別に、変なつもりでああいう行動に出たんじゃないんだ! 信じて!」


「どこをどう信じたらいいのよ! 完全に確信犯でしょ!」


「違うんだよ! ほら、ポセットだってそんなつもりなかったんだ! だよね?」


「あ、あたりまえだろ。よく考えてみてよスズ、僕が君の胸に触ってなんのメリットが……?」


「そんなの想像したくもないわ! ――じゃあ、いいわ。ちょっと信じてあげるわよ。それで、どんな公正な目的があっての行動だったのかしら? 私の胸に、よっぽどの何かがあったのかしら?」


 スズは怒りでひきつった顔を精一杯笑顔にするので、余計に怖い。泣く子も黙るだろう。むしろ泣きやんだ子も泣き出すだろう。


「君の胸にあったもの……?」


 ナットが後ろ目でポセットに合図を送る。下手なことを言うな! 言葉を選べ! ポセットも承知のことだった。とにかくここは、スズを怒らせないように、余計な面倒が起きないように、心音の話も、体温の話も、完全に無かったことにしよう。そう思った。


「い、いや、別に何もなかったよ」


 グサッ。


 スズの心にトゲが刺さる音が聞こえた気がした。スズは青白い顔をさらに青くしてうなだれた。


「な、何もなかったってあんた……」


 別に小さい胸がコンプレックスなわけではない。別に、そんなこと全然ない。……と、自分に言い聞かせる。


 ポセットが続ける。


「うん、何もなかった」


 グサグサグサッ。


 スズの心はすでにボロボロだった。


「ちょっとはあるでしょーがぁ!」


 突然泣き出すスズに、ポセットはもうどうすればいいのか……。


 半ベソのスズの怒りはもはや、その身を取り巻く灼熱の炎が幻想となって浮かびあがるほど激しかった。


「ま、待って!」


 ポセットは腹を決めた。


「真の犯人は……その……。ナ、ナットだ!」


「にゃっ!?」


 スズは足元のナットをギロリと睨んだ。ナットが蛇に睨まれた蛙のごとく固まる。毛が逆立って、冷や汗がだくだく流れて水溜りになる。


 スズは静かに言った。


「そんなのどうだっていいのよ。あなたも猫も、ボコボコのズタズタのグシャグシャにしてやるわ」


「ズタズタ!?」


「グシャグシャ!?」


 人を打ちのめす例えとしては、あまりにも行き過ぎた表現ではないだろうか。ポセットもナットも、想像しそうになったのをなんとか振り払った。


「落ち着こう……。ひとまず落ち着いて……」


「うっさい!」


 スズはバタバタと寝室へ入って行った。それは突拍子もない行動で、てっきり殴りかかってくるかと思っていた一人と一匹は呆けたように立ちつくした。


「なぁんだ。なんとかなったね、ポセット。拗ねて寝ちゃったよ」


「いや、違う」


「え?」


 扉を開けて、半ベソで銃を片手に出てきたスズを見たときのナットの叫びと言ったら、これからギロチン処刑でも受けるかのような、それはもう聞くに堪えないものだった。


つづく。

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