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その11 五十年前の記録


 テルルはとても元気で、病を患っているとは到底思えなかった。


「ポセットくん! 木の実採りに行こう! 町の方に大きな木が生えてるんだよ」


 テルルはバタバタと走りまわり、大きな籠を抱えると、あっというまに植物の迷路へと飛び込んで行った。


 後を追おうとするポセットに、スズが声をかける。


「くれぐれもよろしくね。外に連れ出してって頼んできても、絶対断って」


「わかってるよ。まかせて」


 ポセットとナット、そしてテルルの二人と一匹は、迷路を抜けて、町へと辿り着いた。


「こっちだよ!」


 テルルに連れられて、廃墟の町を進む。行き着いた場所には、大きな木が生っていて、わざわざ実が採れるように何本も添え木などの工夫がされていた。そして傍には、テルルと名前の書かれた看板がたっていた。


「これ、もしかして育てたのかい?」


「そうなんだ! よくわかったね! 僕が自分で植えて、育てたんだぁ。まさか実をつけるなんて思ってもみなかったんだけどね」


 テルルは落ちていた木の棒で、実をつつく。


「向こうにもあるんだよ。ポセットくんは、そっちのを採ってきてくれる? 他に食べられない実も近くになってるんだけど、食べられるやつには近くに看板がたってるからさ。すぐわかると思うよ」


 ポセットはテルルの指示に従って、入り組んだ廃墟の町の中へと入って行った。そこはコンクリート敷きの広いホール。中は冷たい暗闇に満たされていたが、唯一天井には大きく穴が開いていた。冬も近いというのにもかかわらず命の漲る一本の大きな木が、差し込む日光にライトアップされている。


 傍には、一本の看板がたっていた。テルルと書いてある。


「これか。美味しそうな実だ」


「いい匂いするね」


 実をいくつか採った。服をお腹で袋のようにして、たくさん積んだ。


「まだあるよ、ポセット! たくさんとっていこう!」


「こら、ナット、そんなに積むな!」


 袋からこぼれおちた実が、ころころころ、と床を進む。


 恐らく崩れた天井の破片なのだろう、辺りに散らばるコンクリート片。木の実はそれらに触れることも無く、見事な安全運転を見せて、物欲しげに開く四角い扉の跡から、隣の部屋へと消えた。


「ナット、とってきてくれよ。僕は今しゃがめないんだ」


「わかった」


 ナットがひょこひょこと音も無く闇に消える。ポセットは天井の穴から秋晴れの空を見上げた。頼りない雲が点々と空を行く。


「ポセット! ちょっときて!」


 ナットの呼ぶ声。木の実を落とさないように慎重に進む。隣の部屋はまっ暗闇で、黒猫であるナットはもはや影も形も無かった。


「かくれんぼかい?」


「違うよ! 入ってきてよ! なにかありそうなんだ!」


 声を頼りに進む。目が慣れるまでは少し時間がいるだろう。両手で服の端をつまみ上げているので顔をかばえない。顔に何か当たるかも、という本能的な恐怖が沸きおこる。


「どこだよ、ナット」


「こっち、こっち!」


「どっち?」


 ぎゅむっ。


「ぎにゃあああぁぁぁ!」


 どうやら、尻尾を踏んだようだ。怒るナットがどこに居るのかわからないが、取りあえず感触のあった足をさっと上げる。


「ごめんごめん。痛かった?」


「気をつけてよ! もう!」


「だって見えないんだよ」


 ようやく目が慣れてきた。どうやら、ポセットとナットの前には扉があったようだ。扉には何枚もの板が打ちつけられていて開かない。


「これがなんだっていうんだよ?」


「何かありそうじゃん!」


「言っておくけど、宝物なんてないからな」


 見えないが、ナットの髭がピンと伸びたようだった。


「でもほら、ポセットだって、なんで町が廃墟になったのか、とか……。いろいろ疑問に思ってることあるでしょ?」


「――確かに、疑問は多いよ。廃墟になった原因も知りたいところだね。それに、なんであの姉弟だけが残っているのか……。あと、初めの日にテルルくんが言っていた、〝あいつ〟っていうのも、気になるね」


「もしかしたら……」


「あぁ、不思議な町だ。もしかしたら、僕の〝失ってしまった記憶〟と関係があるかもしれない……。確かに、ちょっとはそう思ったよ」


「でしょ、でしょ!」


「でもそれはちょっと思ったってだけで、確実性なんて皆無だよ。薄い希望に賭けてその扉を打ち破るのは難しいことじゃないけど、後で木の実を全部拾い集めないといけないんだぞ」


 袋を作る両手をぷらぷら揺らす。が、ナットには見えていない。


「大丈夫、大丈夫!」


「――しょうがないな」


 ポセットはゆっくりと屈んで、なるべくそっと実を置いた。


「よし、行くよ」


 扉に体当たりを試みる。二回、三回……、八回目で板が崩れ、扉がはずれ、ポセットは向こう側へ倒れ込んだ。


「いったたた……。ん?」


 埃が舞い上がる。塞がれていた部屋にはいくつか窓があったが、全て今の扉と同じように、板が打ちつけられていた。


 扉を塞いでいた板の破片を使って、窓の板をバキバキと取り去っていく。全ての窓から光が差し込む。いくらか部屋の中が明るくなった。


「ごほっ! あぁ、埃っぽい」


 涙ぐむポセット。その背後で、ナットが壁を見上げて、驚愕の声をあげた。


「なにこれ!」


「どうした、ナット?」


 ナットが見つめる壁には、大きな絵が飾ってあった。朽ちかけた額縁にはめられ、ところどころ虫食いが進んでいる。


 家族の絵のようだ。椅子に腰かけたおばあさん、その両隣に立つ男性と女性、さらに女性の隣には、二人の子供が立っていた。


「これは……」


 母親と思わしき女性の隣に立つ二人の子供。どれくらいの歳なのだろう。ポセットは、その幼い顔に見覚えがあった。


 幼き日のスズとテルル。そう、間違いない。


「ポセット! これ!」


 ナットが何やら紙の束を咥えてきた。近くの戸棚が倒れ、散らばっていたのを揃えてきたのだ。まとめて、目を通す。それは書類のようだった。


「なんて書いてあるの?」


「うぅん……、汚れてて読めないところがあるから……。それに、なんだか難しい話だなぁ。何かの研究資料みたいだけど……」


 そう言って、ポセットはもう一度壁に掛けられた絵を見上げた。


「でも、どういうことなのかな」


「見当もつかない」


 やがて、遠くからポセットを呼ぶ声が聞こえてきた。テルルだ。ポセットは急いで部屋から出て、ポセットを探していたテルルと合流した。


「なんだ、ポセットくん、場所わからなかったの?」


「え? あ……」


 慌てて出てきたので、実をもってくるのを忘れていた。場所が分からなかったということにして、早く帰ろうと促した。


「おねぇちゃんに怒られるよぉ~?」


 テルルは楽しそうに駆けて行く。その背中は、病気を微塵も思わせることなく、若い力に満ち溢れていた。


 ナットが小さく言った。


「ポセット、あの絵が本当だったらさ……」


 絵の端には、描かれた日付が書かれていた。それは、今から大体、五十年ほど前のものだった。


「あの姉弟、何者なんだろうね」


 ナットの口調は淡々としていて、人事もいいところだった。特に興味もわかないのだろう。人が何十年生きようが、ナットには知ったことではない。ナットのそういうところも、ポセットは分かっていた。


「この町には、思っているよりもっと大きな秘密が……、あるのかもしれないな」


 ポセットは一人、わくわくと心が高鳴るのを感じていた。


つづく。

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