その1 秋の山道
思ったより時間かかりました。もう冬ですね。そもそも新年ですね。今年もよろしくお願いします。
秋晴れの空。時折強く吹く冷たい風が、紅く染まった木の葉を揺らし、乾いた落ち葉を少年の顔へと運んだ。
「うわっぷ」
顔に張り付いた葉を剥がし、落ち葉舞い散る山道を登っていく。
少年は群青に染まった服を身につけ、肩からは鞄を提げ、腰のベルトには二本のトンファーを備えている。首に巻いた黒のスカーフが、風にたなびいた。
少年は帽子を振って、張り着いた葉を掃った。灰色の髪にまた一つ、ひらりと落ち葉が舞い降りる。
「どんなに掃ったって無駄だよ、ポセット」
肩でだらりと足を垂らしている黒猫が言った。鼻の先から尻尾の先まで真っ黒な猫。ただ、両耳の先だけは白雪が積もったように真っ白なのだった。
ポセットと呼ばれた少年が答えた。
「でも、適度に払っておかないと体中葉っぱだらけになっちゃうだろ」
ポセットはやや神経質に葉っぱを掃う。
「ならないよ。ポセットは吹雪の中を歩いて雪だるまになりかけたときのこととごっちゃにしてるみたいだけど、落ち葉でだるまにはならない。絶対」
「なんだよ、あの時はナットだって凍えてカチンコチンになってたじゃないか」
黒猫のナットは顔に降りかかる葉っぱを器用に尻尾で掃い落としていた。
「だって猫なんだもん。寒いの嫌いだもん」
淡い色に染まった山には、ポセット以外の人は見つからなかった。
しばらく登ってきた。日も高い。
ポセットは大きな石に腰掛け、鞄から、前の町で買ったスティック状の保存食料を取り出した。小麦粉などを練って乾燥させたもので、あまり味がしないうえに喉が渇く。
「オイラこれ好きじゃないよ」
「文句言わないの」
ちょっと食べて、落ち葉のベッドに寝ころんだ。風で木が揺れるたび、木の葉がひらひら落ちてくる。
「埋まっちゃうよ、ポセット?」
むくりと起き上がると、胸には思った以上に落ち葉が積もっていた。
「そうだ、落ち葉を集めて火をおこそうか。木の実でも拾ってきて、あぶって食べよう。今日はここで野宿だ」
ポセットはうきうきと子供のように枯れ葉を集める。
若干呆れ顔のナットが声をかけようとしたときだった。
ぽたりぽたり――。空はみるみる曇っていき、透明な滴が降ってきた。
「あ……ああぁ……」
ナットの表情が険しく歪み、絶望に染まっていく。
「おや、雨だ……」
ポセットは枯れ葉に埋まって、呑気に空を仰いだ。首を温めるスカーフに、黒い毛玉が弾丸のように潜りこんできた。
「うわあああああああああああ! 濡れる! 死ぬぅ!」
「雨なんかじゃ死なないよ。いつも言ってるだろう?」
「死ぬよ! 空から水が降ってくるなんて、地獄だよ!」
「いつもいつも思うことだけど、お前はどうしてそんなに水が嫌いなんだ……?」
「だって、怖いんだよ!」
雨は強くなることも無く、止むことも無く、しとしとと静かに降り注いでくる。ポセットがかき集めて作った落ち葉の山も水浸しになって、穴のあいたダムのごとく決壊した。
「冷たい雨だ……」
雨は服に染み、じんわりと熱を奪っていく。体の中にまで染み入ってこようとする冷たさを感じながら、ポセットは石に座り込んでいた。空を、見上げていた。
「ね、ねぇ、ポセット。早く雨宿りできるところを探そうよ。濡れちゃうよ」
「――ナットは、あったかいね」
それは確かに生きているという、紛れもない証拠だった。
「ポセットもあったかいよ」
視界の隅。喉のあたりに、三角形で先の白い耳が見える。ナットの耳がひこひこと音を探り、ちょこちょこと動く尻尾がくすぐったかった。
時々見失いそうになる、生きている実感。
「ありがとう」
ポセットは立ち上がり、雨宿りできるところを探し、走り始めた。
静かだった雨は、だんだんその勢いを増してきた。加えておせっかいな北風が雨粒を運び、ポセットたちをはやす。
「あ、あれ! 小屋があるよ!」
ポセットの腕のなかで、ナットが言った。
「よし、いこう」
北風が背中を押す。追い立てられるように、その小屋へと入って行った。
つづく。