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サンタクロースと星空警備隊

作者: ユタニ
掲載日:2026/07/09


「そこの空動二輪! 止まりなさい!」

月と星が輝き出した真冬の空。月光に輝く雲海の上に張りのある声が響く。


「こちらは静かな星空を守る星空警備隊です! 黄土色の空動二輪! あなたです! 止まりなさい!」

背後から聞こえる声は若い女の声だ。


(女ぁ?)

ブーンと上機嫌で愛車を走らせていたサンタは怪訝な顔で後ろを振り返った。


「うお、マジで女じゃん。えっ、わっか……」

振り返った先にはおそらく十代の少女が赤い空動二輪にまたがり、拡声器を片手にサンタを追いかけてきていた。

因みにサンタもぴちぴちの十七歳なので、後方の少女からすれば若いと言われる筋合いはないだろう。


「今振り返ったあなたですよ! 止まりなさい!」

少女の声が大きくなる。


「ちっ、しょーがねーなぁ」

雲海の上にはサンタと少女しかいないので無視するわけにもいかない。ゴーグル越しに目も合ったし、何より少女は正真正銘の星空警備隊のようだ。


少女の乗っている星のマーク付きの赤い二輪も身にまとう制服も正規の星空警備隊のものである。

空中警備隊の色でもある深紅の乗り物は一般人は所有すらご法度で、こんな若い女の子が個人的に手に入れられるものではない。


サンタは愛車の速度を落とし、見渡す限りの雲海の上で停まった。


「なんすか〜?」

近づいてきた若い女の子にゴーグルを上げて気怠げに問えば、相手もゴーグルを外し、きりりと眉をつり上げた。


「なんすか〜、ではありません。あなた、今日が何の日か知ってますか? クリスマスイブですよ。今宵、空を走れるのはサンタクロースだけです。あなたがしているのはただの迷惑行為ではありません。子ども達の夢を奪う非道な行いです!」

星空警備隊の少女が一気にまくしたてた。


少女はたっぷりした茶髪を制帽の邪魔にならぬように低い位置でくくり、大きな金の目でキラキラとサンタを睨みつけている。

その顔は、ちょっと可愛い。


(お、好みだ)

サンタの不機嫌がちょっとだけ治る。


「サンタクロースを冒涜する行為でもあります!」

「えー、大袈裟じゃない? エミリーちゃん」

胸元の名札から少女の名前を呼び、へらへら笑って返すとエミリーはますます眉をつり上げた。


「気安く呼ばないでください!」

「いいじゃん。あ、俺はサンタっていうの」

お近づきの握手をと、分厚い手袋に包まれた手を差し出すがそれはぴしゃりと払われてしまった。悲しい。


「サンタなんて、分かりやすく偽名を使わないでください!」

「本名だよ。名付け親が適当な人だったんだ。マジでサンタなの」

養父より、将来はサンタクロースの後を継ぐからという安易な理由で与えられた名前なのだ。


「そういうのいいですからっ」

キレ気味でエミリーが言う。まあ確かにクリスマスイブにサンタと名乗られて疑う気持ちは分かる。

分かるが、サンタはサンタなのだ。


「いや、本当に本名で」

「サンタクロース舐めてますか? あなただって子どもの頃にクリスマスプレゼント貰ったでしょう!」

拡声器なしの大声が響き渡る。


「貰ったけどさあ、サンタクロースって言ったって、そこらの暇な人がやってんのがほとんどだよ」

「暇って……この日のためにサンタクロース達がどれだけ苦労していると思ってるんですか!」

「いやー、そんなに苦労はしてないよ? プレゼントは小人達が用意するしさ」

「なっ………………」

エミリーは絶句した後に冷めた目でサンタを見てきた。


「……たまにいるんですよね、あなたみたいな方。軽い気持ちとノリでサンタクロースの素顔でも見てやろうぜ、的な方。本当に最低です。サンタクロース達は家族にも正体を明かさずに頑張っているんですよ。冷やかしでイブに空を走らないでください」


「それ、建前だからね。大体皆、家族には“絶対に内緒だぞ”って言いながら伝えてるからね。何なら小さな村なんかは村中の大人が正体知ってるぜ。だって無理だろ、毎年クリスマスイブの夜はずっといなくなるって怪しすぎるだろ」


「サンタクロースはお爺ちゃんばっかりなんで、何とかなるんです」

「こらこら、決めつけんなよ。レアだけど若い女の子もいるぜ? てかあんた星空警備隊って本当? 何歳?」

「十七歳ですけど、歳は関係ないでしょう」

「十七!? ひゅー♪ 若いねえ」

口笛をふくサンタだが、彼は十六歳なのでエミリーより一歳年下である。


「なんであんたみたいな若い子が星空やってんの? いつものゼッペル爺さんはどうしたんだ?」

星空警備隊は通例、空中警備隊を引退した適性ある者が就く。


彼らの職務は、七夕と十五夜とクリスマスイブ、月食と流星群の日の静かな星空を守ることである。これらの夜は許可のある者以外は空を飛んではいけないのだ。


仕事内容だけ聞くと夢も浪漫もある星空警備隊。

子どもの頃に憧れる者も一定数いるが、出動機会も給料もとても少ないので実際に就くのは現役を引退し、金も時間もあるような者がほとんどだ。


星空警備隊になれるということは、空中警備隊になれたということでもある。待遇も給料も空中警備隊の方が断トツでいいので、若い子はもれなくこちらに入る。

サンタの担当区域も元空中警備隊のゼッペルという小柄だが屈強な老人が毎年見回りをしていた。


「っ! なぜあなたが祖父の名を! 祖父はぎっくり腰をやってしまって今日は私が緊急の代理なんです」

「あ、孫なの?」

あの小さくて厳つい爺さんにこんな可愛い孫がいるなんて、生命の神秘だ。


「そうです。私は腰の調子が悪い祖父の次代を担うべく修行中で…………ていうか何で、関係者でもないあなたが祖父の名前を知っているんですか」

「俺、関係者だもーん」

「え?」

「俺がこの地区のサンタクロースなの」

得意げに胸を反らして告げたのだが、エミリーは胡乱な目を向けてきた。


「サンタクロースはトナカイとペアで行動します」

「古いなあ、最近は単独行動なんだぜ」

「星空警備隊にはちゃんと担当地区のサンタクロースの記録もあります。あなたではありません」

冷たく告げられる事実。だがサンタは動じない。


「登録はグロウになってるんだろ、知ってるよ。あのものぐさ野郎、去年から俺に代替わりさせといて変更手続きしてねえんだよ。ゼッペル爺さんなら俺のこと知ってるし問題ないだろって」

「な、なぜあなたがうちの区域のサンタクロースの本名まで知ってるんですか!?」

「だから俺がここのサンタクロースなの。グロウは俺の育ての親」

「嘘! 嘘です!」

「決めつけはよくないよ? ほら、プレゼントの袋も乗ってるじゃん」

サンタが指し示した二輪の座席の後ろには大きな白い袋がくくりつけられている。もちろん中はぎっしりのプレゼントだ。


エミリーは袋をまじまじと見てからはっとなった。

どうやら信じてくれたらしいとほっとしたのも束の間、エミリーは全然違う方向へと舵をきった。


「あなた……まさか、泥棒!? サンタクロースの家に忍び込んだんですか!? なんてことを!」

真っ青になるエミリー。


「え? ちょっと待って、その勘違いはひどくない? てか君、思い込みが激しいね」

「子ども達のプレゼントを盗むなんて悪辣の極み。違法空動は本来なら注意に大人しく従えばお咎めなしですが、これは見過ごすわけにはいきません。切符を切らせてもらいます」

真っ青な様子から一転して覚悟を決めた顔になると、エミリーはウェストポーチより手のひらサイズの長方形の機械を取り出しそのレンズをサンタの顔に向けた。


「照準準備」

エミリーの言葉に機械がキュゥーンと反応する。


「捕捉」

チカチカと機械が光り、サンタは身をのけぞらせた。


「あっ、動くな!」

「動くだろ! いきなりグリゴリ出してんじゃねえよ! それで切符切ったらどうなるか知ってんのか!?」

ドッドッドッと心臓が脈打つ。


グリゴリとはエミリーの取り出した機械の名称だ。空中警備隊に選ばれた者だけが扱える、特殊な違反切符を切れる装置。

神話の堕天使集団の名を冠したこの機械の効力は、空を飛ぶ生業のものからすれば恐ろしいものなのだ。


「もちろん知ってます。顔を認識されて切符を切られた者は空に嫌われ、二度と空を飛べません」

「しれっと解説すんなよ。そんなもん、会ってすぐの奴に向けるな。ゼッペル爺さんは検証に検証を重ねてから使うって言ってたぞ!」

「悪質極まりない者に会った場合は躊躇するなとも教わりました! 照準準備!」

再びキュゥーンと鳴るグレゴリ。


こちらを向くグリゴリにサンタは慌ててキックレバーを蹴ってグリップを握り直した。

愛車が起動したのを確かめてからギアをトップに上げて走り出す。逃げたのである。


「あっ、こらっ、待ちなさい」

エミリーの声が聞こえ、後方からもギュウウゥーンと二輪の唸る音がする。


「待つわけねーだろ!」

そう叫び返しながらもしかし、追いつかれるのは時間の問題だとサンタには分かっていた。


サンタの愛車エルク号は少々いじってあるのでそれなりの速度は出るが、元々は小回り重視の車なのである。おまけにかなりの重さのあるプレゼント入りの袋まで乗っている。

そして相手の二輪は星空警備隊の正規車、スピードで叶うわけがないのだ。


(捕縛銃とか持ってんのかなー、持ってるんだろーな)

グリゴリが出てきた今、冷や汗をかきながらそう思った矢先、後ろからガチャンと捕縛銃を構えた音がした。


(もちろん、持ってるよなあぁあ!)

心の中で叫びながらサンタはジグザグ走行を開始した。


「あーっ、もう!」

エミリーの悔しげな声と共に、さっきまでサンタがいた辺りにぼひゅっと捕縛用の網が飛んでくる。


「あっぶね」

あれに捕まれば終わりである。サンタは顔は可愛いが思い込みの激しいエミリーにグリゴリで違反切符を切られ、一生空を飛ぶことは叶わなくなるだろう。

サンタクロースとして致命的である。


「なあ! 聞けよ! 俺は本当にこの地区のサンタクロースなんだって」

「泥棒の戯言は聞きません!」

ぼひゅっ、ぼひゅっ、と連続で網が発射され、サンタはそれを器用に避けた。


「大人しく捕まってプレゼントを返しなさい!」

「これは俺が配るんだよっ!」

怒鳴るサンタに呼応するようにエルク号も唸る。


(頑張れ! エルク号!)

サンタは必死に愛車を応援するが、本来持つポテンシャルの差は埋められない。エミリーの星のマーク入りの赤い二輪はすぐそこまで迫ってきていた。

至近距離で捕縛銃を発射されては避けようがないだろう。


「今度こそ、逃がしません」

はっきりと近くで聞こえるエミリーの声とガチャンと捕縛銃が構えられる音。

絶体絶命である。


「くっ、行くぞ、エルク号!」

サンタは愛車に声をかけると、ぐんっと上へとハンドルを切った。一気にほぼ垂直に上がるエルク号。

サンタはそのまま華麗に宙返りをきめて、エミリーの後ろへとつける。

燕返しと呼ばれる高等技である。


一瞬でサンタを見失ったエミリーは狼狽えてから、背後のサンタに気付いた。だがエミリーの方がスピードが速いので二人の距離はぐんぐん開いていく。


「バイバ〜イ」

サンタは笑顔で手を振ると、ゴーグルをかけ直した。

空動二輪の方向転換、特に逆方向への転換は難しい。走りながらだとかなり大きなカーブを描きながら行うしかないので、時間と距離がかかるのだ。


サンタはこの追いかけっこの勝利を確信した。

後はこのまま高度を下げて雲海を突っ切れば、エミリーの追跡をかわせるはずだった。

しかし、


「させませんっ」

ここでエミリーもぐんっとハンドルを上へと切った。くるんと大きく回る赤い二輪。

燕返し返しである。


「うわおっ、エミリーも運転が上手いんだねっ」

サンタはあっという間に後ろを取られて焦った。


余談だが、空動二輪の免許は十五歳より取得が可能だ。しかしその運転は難しく十代で取得する者は少ない。

サンタもエミリーも天性の空動二輪乗りであった。


「もう一回行くぞ、エルク号!」

目には目を、歯には歯を、燕返しには燕返しを。

サンタはくるんと再び華麗に燕返しを行った。


「負けませんっ」

もちろんエミリーもくるんと回る。


「やるなあ!」

「そっちこそ!」

くるん、くるん。


「まだまだ!」

「望むところです!」

くるん、くるん。


くるくると黄土色と深紅の二輪が空中アクロバットを繰り広げる。

地上でショーとしてやればお金が取れるレベルだ。

サンタは食らいついてくるエミリーに素直に感心しながらちょっと楽しくもなってきていた。


辺鄙な村で育ったサンタは同年代とこんな風に空動二輪の技で競い合ったことはなかった。そもそも村で空動二輪を持つのはサンタの養父グロウと彼のペアのトナカイだけだったのだ。


「いいなこれっ」

ひたすら楽しい。

サンタは高揚した気分でくるくる回っていたのだが、ここでエミリーに異変が起こった。


「……気持ち、悪い」

茶髪の少女は宙返りをしすぎて目を回したらしい。

赤い二輪の動きがぴたりと止まり、エミリーの体が覚束なく揺れる。


「!」

サンタの目の前で赤い空動二輪から少女は落ちた。


空動二輪の乗り手は本来なら安全帯で二輪と繋がれており、全ての空動二輪は異変があればオート走行モードになって緩やかに地上を目指すので万が一でも落下はないはずだったのだが、しつこくやった宙返りのせいかエミリーの安全帯は外れてしまっていたようだ。


雲海へ向かって落ちていく茶髪の少女。サンタの体が総毛立つ。


「エミリー!」

サンタは一直線に落ちるエミリーを追った。

スピードを出すために迷いなくクリスマスプレゼントの入った袋の固定紐を外す。白い袋はふわりと離れていった。


雲海に入り、一度エミリーを見失ってぞっとするが、雲を抜けてすぐにその姿を捉え直した。


落ちるエミリーに近づき、一緒に下降しながら抱き寄せる。腰をしっかり抱いて自分の安全帯に繋いでからサンタは急ブレーキをかけた。

ギュウウゥーンとエルク号が唸る。


「おいっ、起きろ!」

落下で気をやったのか意識のないエミリーに声をかけると、エミリーがパチリと目を開けた。


「はっ、私? えっ」

「とりあえず、しがみついてろ! 何とかする」

二人を乗せたエルク号はブレーキ全開の状態だが、まだ結構な速度で落下していた。

さっきまで重力と動力の両方で下降していたのでその速度は凄まじく、ブレーキだけでは速さを殺しきれないのだ。穏やかな着地は難しいだろう。


「嘘! ウソウソ! きゃー」

「騒ぐな、気が散る!」

一喝するとエミリーは大人しくなってぎゅっとサンタに抱きついてきた。


サンタは地上に目を向けて、柔らかそうな場所を探した。地上にたどり着くまでにはもっと速度も落ちるだろうが、着地地点が硬い地面ではどうなるか分からない。


民家に当たれば、住民も巻き込むことになってしまう。サンタとエミリーは、耐火、耐寒、耐衝撃に優れた空動二輪用の服を着ているが、民家の住民はおそらくぺらぺらの寝巻きである。そんなところに突っ込めば最悪死人が出てしまう。絶対に避けたい。


眼下に広がるのはサンタの担当する町で、子どもの頃からグロウについて回っていたので隅から隅まで知っている。

サンタは町はずれの川べりを目指すことにした。


ブレーキを目一杯踏みながらのハンドル操作は至難の業だ。エミリーを抱えているせいで片手でもある。


「ぐうっ」

サンタは力づくでハンドルを曲げて愛車を操り、土手にエルク号を着地させた。

ギュルギュルギュル、ザザーッと横倒れになるエルク号。反動でサンタとエミリーはエルク号から投げ出され、二人分の重さに遠心力が加わった安全帯はぶちっと切れた。


「きゃあっ」

空中に放り出される二人、サンタはエミリーを胸元に強く抱きしめて目をつむり衝撃に備えた。

右肩と背中に強い衝撃がきて、土手を転がる。土の草の匂いが鼻をついた。


ごろんごろんと天地が回る。

やがて回転が止まり川のせせらぎが聞こえてきて、そろりと目を開けると、サンタはエミリーに半分のしかかる状態で草むらに寝転がっていた。


手をついて上半身を起こし、エミリーを覗き込むと金色の目が同じようにサンタを見ていた。


「…………ご、ごめんなさい……ありがとう」

小さな子どもみたいな震える声でそう言われたので、思わず頭を撫でると変な顔をされた。


「手とか足とか、全部あるか?」

撫でていた手を離して聞くと「たぶん」とエミリーが答える。


ぐるりとエミリーの体を確認してみると、両腕と両足がきちんと確認できた。サンタのもちゃんとある。


「っはあ〜、よかったあ〜〜。あー、もー、マジびびった」

安堵の息と共にごろりとエミリーの横に仰向けになると、今さらながら足ががくがくと震えてきた。


「ふっ」

一直線にエミリーを追って下降した時のスピードが蘇ってきたサンタは思わず笑った。


「ふふっ、くくくっ、くっ」

「ど、どうしたの? 大丈夫?」

突然笑い出したサンタに隣のエミリーがびっくりしている。


「思い出すと、すげえなって。はははっ、めっちゃスピード出てた」

ゴーグルの横で渦巻いていた風、突っ込んだ雲海。

視界が開けた後の町の灯りと落ちていくエミリー。

エミリーに追いついて腰を掴んだ時はスローモーションみたいだった。

それら諸々を思いだすと堪らなかった。


「速かったよなー、それに怖かった。エミリーを雲ん中で見失った時はどうしようかって思った。すっげー怖かった。ははっ、あはははははっ」

がたがたと足の震えが止まらない。笑いの発作も止まらない。恐怖と安堵と緊張と弛緩がいっぺんにやってきたのだ。


「わ、笑いごとじゃないでしょ…………うひっ」

苦言を呈そうとしたエミリーだが、サンタの笑いにつられてこちらも笑ってしまう。

ひっ、ひひひひっ、と変な声で笑うエミリー。その目には涙も滲み出す。サンタと同じで、ちょっと気持ちがぐちゃぐちゃらしい。

あはは、うひひ、と二人はしばらく笑い転げた。



「はあ〜」

やっとこさ笑いが治まり、サンタはだらりと力を抜いて空を見上げる。地上からは曇天だった空は、ところどころ星が見えるようになっていた。


「お、晴れてきた」

「ほんとだ」

同じく笑いの治まったエミリーが相槌を打つ。その口調はすっかりくだけている。

隣を見ると、少女の目じりにはまだ涙が流れていた。


「泣いてんの? 大丈夫?」

そっと手袋の手で拭うとエミリーはがばっと起き上がり、自分でごしごしとそれを拭った。


「笑いすぎただけ、平気」

「そっかぁ」

サンタも起き上がって座るとエミリーはサンタに向き合って頭を下げてきた。


「助けてくれてありがとう。あり得ないヘマだった」

「いいよ、無茶して逃げた俺も悪いし……それに、そもそもちゃんとサンタクロースの代替えの変更しとけって話だし」

サンタの言葉にエミリーが顔を上げ、眉を寄せる。


「その嘘、まだ続けるの?」

「は? 嘘じゃねえし。正真正銘サンタクロースだわ。まだ信じねえのか?」

「助けてくれたことには感謝してるけど、それはそれ、これはこれだから。トナカイと一緒じゃない時点でサンタクロースじゃないもの」

「トナカイってそんな重要か?」

聞き返してみるが、エミリーはこちらの質問はスルーしてきた。


「あなたは良い人そうだし、泥棒したのは何か事情があるんでしょ? 詰所できちんと聞くわ」

「そんな時間はねえよ、こっちはプレゼント配らなきゃ…………はっ、そうだよ! プレゼント!」

「きゃあっ」

プレゼントを思い出したサンタは勢いよく立ち上がろうとして、安全帯で繋がったままのエミリーが悲鳴をあげた。


「うわっ、ごめん。繋いだままだった。今、解くからな」

慌てて安全帯を解き、サンタは空を見上げて叫んだ。


「プレゼントーっ」

「ねえ、どうしたの?」

「あんたを助ける時に、邪魔だからプレゼントの袋を落としたんだ。ああぁあ、子ども達の夢と希望ぉ」

「ええっ」

「あれがないと仕事にならねーよ、プレゼントぉーっ」

サンタは夜空に向かって叫ぶが、呼んで来るものでもない。語尾の“トぉーっ”が虚しく空に消え、雲と雲の合間から星が覗く。


「ああぁ……どうしよう」

サンタはがっくりと肩を落として項垂れた。


「……大丈夫?」

その落ち込みようにエミリーが心配そうになる。

「大丈夫じゃねえよ、今からプレゼント作っても間に合わないし……マジでどーしよ」

声が震えてしまうサンタ。


この町と隣町と周辺の三つの村がサンタの担当で、子ども達がプレゼントを待っているのだ。

このままでは明日の朝、彼らをがっかりさせてしまう。サンタは途方に暮れた。


孤児だったせいか、強がってツンツンしてしまうことが多いサンタだが、先代のサンタクロースである養父のグロウのことは大好きだし、グロウから受け継いだこの仕事もとても大切に思っているのである。


「どうしよう……グロウさん」

弱りきって養父を呼ぶサンタ。

その時、隣のエミリーが声をあげた。


「ちょっと、何か来るよ!」

「え?」

サンタがゆるりと再び空を見上げると、ふよふよと白い物体がサンタを目がけてゆっくりと下降してきているところだった。


「あれは……」

紛れもなくクリスマスプレゼントの入った袋である。


「そうだった! サンタクロースの袋は自動浮遊装置と追跡装置付きなんだった! よかったあ〜。子ども達の夢と希望!」

両手を挙げて喜ぶサンタ。


満面の笑みで「おいで!」と袋に向かって手を広げると、白い袋は「ただいま」とばかりにずっしりとサンタの腕に収まった。


「お帰り〜、プレゼントちゃん。ごめんなあ、びっくりしたよな」

袋に頬ずりをするサンタの横でエミリーが目をまん丸にする。


「解き放たれたクリスマスプレゼントの袋が戻ってくるのはサンタクロース本人のところだけ……つまり、あなたは、本物の……」

「あ、やっと信じてくれる感じ? 俺がこの地区のサンタクロースだよ。よろしく、エミリー。サンタも本名」

にこにこしながら名乗るとエミリーはしばし言葉を失い、やっと口を開いた。


「ええー……本当にあなたがサンタクロースなの? 若いしチャラい……」

サンタを見るエミリーの目に再び涙が溢れる。いろいろキャパオーバーらしい。


「サンタクロースなの。大丈夫、怒ってないぜ、でもいろいろロスしちゃったからプレゼント配るのは手伝ってくんない?」

「そ、それはもちろん!」

がくがくとエミリーが頷く。


「ついでに今度デートもどう?」

「それはしない」

こちらはすんっと真顔で断られた。


「冷たい」

「それはそれ、これはこれだから」

「ええー」

なんてやっていると今度は、ドッドッドッと低い音が近づいてくるのが聞こえた。


「……あ、やべ」

音に気づいたサンタがぎくりとするのと、ドルンッという重低音と共にごついサイドカー付きの二輪が土手に停まったのは同時だった。黒光りする二輪からは大きくて厳つい男が降りてくる。


降りてきたのはぴったりした茶色のライダースジャケットに身を包んだ銀髪の渋いイケメンである。

男はまっすぐにサンタの前までやって来ると、ごつんといきなりげんこつを落とした。


「ってえー」

「サンタ、ペアのトナカイを置いていくとは何事だ!」

低く深みのある声が響く。


「カイさんが遅えのが悪いんだろー」

恨みがましい目つきでサンタは男を睨んだ。

こちらはサンタのペアのトナカイをやっている男でカイという。


「お前がわざと早めに出たんだろーが」

「だってサイドカー、ヤダもん」

「ヤダもん、じゃねえよ。サンタクロースはサイドカーだろ。お前らサンタクロースは俺達トナカイに安全に運ばれてプレゼント配るんだよ」

「ヤダ、カッコ悪い」

「イブなんだぞ、安全第一だ。自走は別日にしろ」

「だってイブに走れるの俺らだけだろ? 周りを気にせず思う存分走れるんだぜ? 自分で走りてえよ」

「己の欲望を優先させるな、とにかく乗れ!………ん? 誰だ、その子」

ここでカイがエミリーに気付く。


「こ、ここここんばんは。カイさん」

カイに視線を向けられたエミリーは真っ赤になりながら挨拶をした。


「……ゼッペルさんとこのエミリーか?」

「はい! 今日は祖父がぎっくり腰で代理です」

「え、カイさんとエミリーって知り合いなの?」

明らかに知り合いな二人にサンタが驚くと、カイは呆れた表情になった。


「担当の星空警備隊のとこには、グロウさんと毎年夏に挨拶行ってるんだよ。サンタは面倒くさがって来ないだろ」

「ジジイ二人が与太話してるだけで暇なんだよ」

「お前なあ」

「でもエミリーに会えるなら行っておいてもよかったなあ〜」


「あの、カイさん、祖父がいつもお世話になってます」

ここでぐいっとサンタを押しのけてエミリーが割り込んでくる。カイを見上げる目は心なしか輝いていた。

カイはサンタに向けていた呆れ顔を優しい笑顔に変えてエミリーに向き直る。


「エミリー、こちらこそゼッペルさんにはお世話になっているよ。ぎっくり腰なんて心配だね」 

「心配無用ですよ、二日ほど寝てれば治ります」

「お大事にね。そうだ、毎年、手作りのシュトレンを贈ってくれてありがとう。今年も届いたよ。あれ美味しいよね」

「私も作るの手伝ってるんです!」

「そうなんだ。いつも楽しみにしてる」

「来年も張り切って作りますね」

「ありがとう。ところでサンタとは……」

「ついさっき出会って、危ないところを助けてもらったんです。そのお礼に今日はプレゼントを配るのを手伝いますね!」

きゃっきゃっと嬉しそうにしゃべるエミリー。


「おーい」

サンタの呼びかけには気づきもしない。


「危ないところ? 大丈夫だった?」

「大丈夫でした! ぴんぴんしてます」

なんてやってるところにエミリーの乗っていた赤い二輪もゆるりとやって来る。こちらも乗り手への追跡装置付きなのだ。


「私の二輪も戻ってきましたし、三人でプレゼントを配っちゃいましょう」

るんるんでカイに提案するエミリー。


「おいっ」

サンタはぐいっとエミリーの腕を掴んでカイから離れた。


「なに?」

「お前さ、俺とカイさんとで態度違いすぎないか?」

「だってカッコいいもん」

「騙されんなよ、カイさんはあれで……」

けっこう女遊びするんだぞ、と続けようとしてサンタは止めた。

エミリーの目があまりにキラキラしていて告げるのが可哀想な気がしてしまったのだ。


「あれで、なに?」

「……何でもねえよ、気をつけろよ。深入りすんなよ」

「もしかして失恋とか気にしてくれてる? 憧れてるだけだよ。大丈夫」

屈託なく笑うエミリー。


「くっそ……お前なあ、マジで気をつけろよ」

「しつこいなあ、気をつけますう。さあ、カイさん! 私も手伝うんで行きましょう!」

エミリーはべーっとサンタに舌を出すと、ぱっと顔を切り替えてカイの元へと向かった。


「おいおい、サンタクロースは俺なんですけどー、お前が手伝うべきは俺だよー、そっちはトナカイなんですけどー」

ぶつぶつ言いながらサンタはエミリーを追った。




そうして星の輝く聖夜、サンタクロースと星空警備隊とトナカイによってプレゼントは無事に配られた。





Fin





お読みいただきありがとうございます!


七夕に思いついて、ばーっと書いた短編です。好き勝手書いたけど大丈夫かな?

お楽しみいただけていれば嬉しいです。


作者は二輪はおろか原付も乗ったことないので、作中のバイクの描写は全て何となくとなっています。変なとこがあったら流してください汗


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