第51話:組織のデバッグと、管理者の断罪
冒険者ギルドのロビーは、もはや怒号すら消え失せ、絶望に近い沈滞に支配されていた。
手書きの依頼書を奪い合う中で破れた羊皮紙の破片が床に散らばり、報酬の支払いを待つ行列は三日三晩解消されることなく、疲れ果てた冒険者たちが床に座り込んでいる。受付嬢たちの顔からは生気が失われ、ただ機械的に、しかし遅々として進まない事務作業に追われていた。
「……伝統の味はどうだ、ゼノス。あんたが守りたかった『魂』の結末が、このゴミの山と疲弊した人々の顔か」
静寂を切り裂くように、硬い靴音が響いた。
タクティカル・ジャージのジッパーを首元まで上げたカイトが、リアとシルヴィアを従えてロビーの中央へと歩み出る。その姿を見た瞬間、床に伏していた冒険者たちが、まるで救世主を見つけたかのように一斉に顔を上げた。
「カイトさん……! カイトさんが来てくれたぞ!」
「頼む、あのシステムを……あの光る掲示板を戻してくれ! もう、いつ終わるかわからない行列に並ぶのは御免だ!」
悲鳴に近い民意がカイトに集中する。それと同時に、カイトの網膜にはかつてない速度でリソースが蓄積されていった。
【検知:住民・冒険者たちからの「無能な現状への絶望」と「カイトへの渇望」:+8500 pt】
カイトは二階のテラスで呆然と立ち尽くすゼノスを見上げた。ゼノスの手には、もはや整理することさえ不可能な、インクの染みだらけの書類の束が握られている。
「……一週間の猶予を与えたが、システムが維持できたのはわずか四十八時間だったな。……ゼノス、あんたの主観的な『伝統』は、客観的な『現実』という名の負荷に耐えきれず崩壊した。……これは人災だ」
「だ、黙れ……! まだだ、まだ立て直せる! 事務員を増やし、私が直接指示を出せば……」
「……非効率の上に非効率を重ねるか。……あんたの判断は、常に組織の負債を増大させる。……領主ガランの名において、あんたを『不適格なバグ』として認定する」
カイトは空間庫から、領主直筆の署名と「最高技術顧問」の印が捺された公文書を取り出した。
それを見たゼノスの顔から、急速に血の気が引いていく。
「な、ガランがそんなものを……!? 私を、ギルドマスターである私を罷免するというのか!」
「……罷免ではない。『リペア』だ。……腐った幹を切り落とし、正常な機能を接合し直すだけだ。……『悪を挫く力』の行使。対価は【悪意】。……蓄積ポイント、全開放」
【悪意消費:15000 pt ―― 組織構造の強制リペア・『アドミン・オーバーライド』】
カイトが腕のリストデバイスを力強くタップした瞬間、ロビー全体が青白い電脳的なグリッドに包まれた。
床に散らばったゴミのような羊皮紙が、光の粒子となって分解され、再びロビーの中央に、巨大なホログラム掲示板が再構成されていく。
さらに、カイトの放った魔力は二階のゼノスへと一直線に向かった。
「うわあああぁぁぁ! 何だ、この光は! 体が……動かん!」
「……あんたの権限を凍結する。……これより、この街の冒険者ギルドは、俺のシステムによる『オート・ガバナンス(自動統治)』へと移行する。……ゼノス、あんたは今日から、この街に存在しないはずの『過去の遺物』だ」
漆黒の魔力がゼノスを包み込み、彼の首にかかっていたギルドマスターの証――黄金のエンブレムが粉々に砕け散った。
砕けた破片は、カイトの事象復元によって再定義され、ロビーの全端末を統括する「中央処理核」へと組み込まれていった。
物理的な暴力ではない。
ゼノスから「地位」と「権限」という概念を剥ぎ取り、それをより効率的なシステムへと還元する。
それは、武力による簒奪よりも遥かに残酷で、不可逆な「処刑」だった。
【検知:ゼノスからの「築き上げた地位の喪失による絶望」:+9000 evil】
【検知:ギルド全体からの「機能回復への爆発的な感謝」:+12000 pt】
ロビーの明かりがかつてない輝きを取り戻し、すべての端末が同期を開始する。
数秒前まで停滞していた事務作業は、一瞬で処理され、冒険者たちのギルドカードに正確な報酬額が刻み込まれた。
「……終わったな。……リア、受付嬢たちのメンタルケアと、新しい操作マニュアルの再配布を頼む。……シルヴィア、ゼノスを地下の『過去資産保管庫』へ運べ。……あそこがお似合いだ」
カイトは、膝をついて動かなくなった「かつての権力者」を一瞥もせず、正常に動き出した掲示板のログを確認した。
「……あ、ありがとうございます、カイトさん……! 街が、ギルドが救われました……!」
リアが感極まったようにカイトの手を握る。その温もりを感じながら、カイトは無機質な声で答えた。
「……勘違いするな。俺は、視界に入る『汚れ』を掃除しただけだ。……さて、次は領地境界の『バイパス』の通行許可証の発行を自動化させるぞ。……まだ、非効率な箇所は山ほどある」
カイトはタクティカル・ジャージの襟を正し、歓喜に沸くギルドを背に、再び時計塔へと歩み出した。
管理者の支配は、もはや誰も抗えない。
この街のすべてが、カイトという一人の「脳」と、リペアという名の「法律」によって、完成された回路へと作り変えられていく。
(第51話 完)
【現在蓄積リソース:54482 pt(感謝) / 38290 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:金貨 130枚】
【ギルドランク:C】
【状況:ギルドマスター・ゼノス失脚。ギルドの完全自動管理化を達成】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
カイトさんは今、集まってきた「悪意」をどうやって「ポイント」に変えようか、とっても怖い顔で計算しています……。
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