第43話:渇きの審判と、システムの屈服
カイトが制御パネルで「事象否定」を実行してから数時間。街の北側に位置する高級住宅街と、水利組合が直営する巨大浴場「青水の泉」は、文字通りの地獄と化していた。
魔導炉は正常に稼働し、隣家には煌々と明かりが灯り、噴水からは水が溢れている。それなのに、組合に関連する施設だけが、まるで世界から切り離されたかのように「何も流れない」のだ。管を壊したわけでも、元栓を閉めたわけでもない。物理的には繋がっているはずの空間で、水という概念そのものが拒絶されている。
「……報告によれば、組合の理事たちはパニックに陥っているそうよ。配管をバラしても中には水が満ちているのに、蛇口に繋いだ瞬間に消えるんですって。魔法使いを呼んで解呪させようとしたみたいだけど、そもそも呪いじゃないから手の打ちようがないわよね」
シルヴィアが、街から届いた最新の「混乱」を楽しげに報告する。彼女はカイトの指示で、組合周辺の偵察から戻ったばかりだ。
カイトは椅子の背もたれに身体を預け、薄く目を開けた。魔力枯渇による頭痛は依然として続いているが、リアが淹れてくれた薬草茶の蒸気が、僅かに思考を明瞭にさせていた。
「……当然の結果だ。事象を『リペア』できるということは、その逆も可能だということだ。正常な供給という事象を否定し、そこを『欠陥』として固定した。……理屈がわからない人間に、このバグは直せない」
「カイトさん、……でも、あの方たち、相当怒っているみたいです。さっきもギルドの人が、水利組合の理事が武装した護衛を連れてこちらに向かっているって……」
リアが心配そうに窓の外を伺う。時計塔へと続く街道の先、砂煙を上げて数台の馬車が猛スピードでこちらへ向かってくるのが見えた。
「……怒りか。……いい、それが『悪意』という名の燃料になる」
カイトは「身体強化」を最小限の出力で発動させ、無理やり身体を立ち上がらせた。自己再生で肉体の痛みだけを麻痺させる。リソースの無駄遣いだが、今は「管理者」としての威厳を誇示する局面だ。
やがて、拠点の重厚な扉が荒々しく叩かれ、武装した兵士たちを伴った肥満体の男――水利組合の理事長であるバルトスがなだれ込んできた。
「貴様か! 街のインフラに細工をした不届き者は! 今すぐこの呪いを解け! さもなくば、不法な魔力操作の罪で縛り首だぞ!」
バルトスの怒号が広間に響く。彼の背後では、屈強な傭兵たちが剣の柄に手をかけている。
【検知:バルトスからの「身勝手な憤怒」と「利権を脅かされる恐怖」:+2800 evil】
カイトは感情を一切見せず、冷徹な視線で男を射抜いた。
「……罪、か。……不透明な価格吊り上げ、魔導炉の不調を捏造した維持費の横領、そして俺が直した設備への無断立ち入り。……法を語る前に、あんたがこの街というシステムに与えた『損害』を清算するのが先だ」
「黙れ! 水は我々組合の管理物だ! それを止める権利など、冒険者風情にあるはずがない!」
「権利ではない。……俺が創り、俺が最適化したシステムが、あんたという『不純物』を拒絶しているだけだ。……あんたの家で水が出ないのは、この道がアスファルトに変わったのと同じ……『仕様』だよ」
カイトが一歩前に出ると、そのジャージから漏れ出す威圧感に、傭兵たちが思わず後ずさりした。魔力は枯渇していても、昨日街全体の心臓部を掌握した者の「支配の残り香」が、彼らの本能を震わせる。
「……一分だ。……一分以内に、水道料金の旧価格への引き下げ、および不当に徴収した維持費の全額返還を記した契約書にサインしろ。……さもなくば、事象否定の範囲を『空気』まで広げる。……あんたの肺に届く酸素を、この空間から定義解除してやる」
「ひ、ひぃっ……!?」
バルトスの顔が、怒りから一転して土気色に変わった。
カイトの言葉は、単なる脅しではない。昨日の魔導炉の暴走、そして今現在起きている「理解不能な断水」が、それを現実的な恐怖として突きつけている。
【検知:バルトスからの「死への絶望的な恐怖」:+3500 evil】
「(……いい。悪意の貯蔵量は十分だ。……これで、この街の『不純物』は完全に駆除される)」
カイトは、震える手でペンを握る敗者を見下ろしながら、心の中で次なる最適化の計算を始めた。
渇きを知った人間は、もはや管理者に逆らう勇気を持たない。
街は、より静かに、より効率的に、カイトの望む形へと整形されていく。
(第43話 完)
【現在蓄積リソース:16482 pt(感謝) / 14790 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:銀貨 10枚】
【ギルドランク:C】
【状況:水利組合を屈服させ、インフラの完全掌握に成功】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
カイトさんは今、集まってきた「悪意」をどうやって「ポイント」に変えようか、とっても怖い顔で計算しています……。
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