第187話:総督府の陥落、あるいは業務改善
三百の騎士団が石畳の模様と化し、一切の迎撃インフラを喪失した総督府の巨大な白亜の鉄門。
カイトの四輪駆動車がその正面に静かに停車すると、連結された高級キャンピングトレーラーのエアサスペンションが、プシューと規則正しい排気音を立てて車高を安定させた。
「……判定。防衛機能の完全なる停止を確認。これより、最上流の不備に対する直接的な監査、および均質化作業へ移行する」
カイトは衣服に汚れ一つない漆黒のジャージのポケットから両手を抜き、運転席のドアを開けて外へと降り立った。
「カイト様、この先の一番大きなお部屋に、あのご飯を隠していた悪い侯爵様がいるんですね! 私がドアを全部ぶち破って、道を最適化します!」
後に続いたリアが、ジャージの袖を力強く捲り上げ、ピンと立てた耳を総督府の奥へと向けた。
トレーラー内の高反発ベッドで連日完璧な睡眠をとっている彼女の肉体は、今や一国の城砦すら単分子レベルで粉砕しかねないほどの爆発的な力を内包している。
「ふふ、リア、そんなに荒々しくしなくても、私の魔力で総督府の結界ごと中の中枢神経を焼き切ってあげれば一瞬よ? カイト、今度こそ私の出番かしら?」
エルザが調律杖の先端を優雅に弄びながら、赤い瞳を妖しく輝かせた。
完全に室温管理された環境で魔力を万全に蓄えた彼女にとって、人間の構築した防衛結界など、薄い紙細工ほどの価値もなかった。
「……否。エルザの術式は総督府の『戸籍データ』や『免税記録』といった、戦後処理に必要な行政インフラまで物理的に消滅させるリスクがある。非論理的だ。……リア、開門だけを許可する」
「はい! お任せください!」
リアが軽く地を蹴り、総督府の頑強な鉄門へと近寄る。
そして、その華奢な手で門扉に軽く触れた瞬間――。
ズドォォォン!!!
強固な防護魔法が施されていたはずの鉄門が、まるで熟しすぎた果実のように一瞬でひしゃげ、凄まじい風圧とともに内側へと吹き飛んだ。背後のエントランスホールまで、一直線の「最適化された最短経路」が完全自動で構築される。
「……素晴らしい物理効率だ。行くぞ」
カイトは衣服の塵を一つ払うような仕草で、開け放たれた総督府の中へと足を踏み入れた。
怯え、逃げ惑う文官や召使いのノイズを完全に無視し、三人は一切の迷いなく最上階の執務室へと到達する。
重厚な黒檀の扉をリアが再び軽く蹴り飛ばすと、そこには豪華な毛皮の椅子に腰掛けたまま、あまりの恐怖に顔を紫に変えてガタガタと震えているバルトロ侯爵の姿があった。
「ひ、ひぃぃ……っ! お、お前たち、何者だ! 中央騎士団はどうした!? 鉄錨商会はどうした!?」
「……判定。当該個体が、大河都市バハル・ズラクにおける流通不備の最上流、バルトロ侯爵。……これまでの港湾インフラの故意過失による滞留、および市場価格の不当操作に対する監査要求書だ。ギルド長シェイハの公式署名を確認しろ」
カイトは懐から取り出した書類を、無造作に侯爵の机の上へと叩きつけた。
「な、何が監査だ……! 一介の冒険者風情が、この私の築き上げた利権のシステムを上書きできると思うなよ! 私を消せば、この街の経済は――」
「……それに関する代替案(プランB)はすでに構築済みだ。お前という社会的な滞留原因を排除し、港湾の完全自動化クレーンをギルドの管理下に移行することで、都市の流通効率は従来比で三百二十パーセントに向上する。お前の存在そのものが、この都市の経済的な『不備』だ」
カイトの濁りのない無機質な瞳が、バルトロ侯爵を冷徹に射抜いた。
その言葉には、一切の交渉の余地を許さない圧倒的な論理性が宿っている。
――その時、執務室の窓の外、高い塔の影から、その光景をじっと見つめていた悪魔族の軍事帝国『バル・ザザード』の隠密工作員が、通信魔導具に声を吹き込んだ。
『――本国総司令部へ緊急暗号通信。ジャージの男、カイトは、大河都市の最高権力者を完全に無力化。その術式の精度、および組織のインフラを上書きする論理性は、我が帝国の軍事戦略に対する致命的な“バグ”となり得る。……早急な、最最高段階での排除作戦の立案を要請する――』
背後に蠢く、国境を越えた巨大な帝国の殺意。
しかし、カイトはそれすらも自身の計算式に組み込んだまま、目の前の震える不備を均質化するために、静かに右手をかざした。
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