第104話:次なる一手
リスタの街に戻った三人は、いつもの宿屋へと直行した。
エリザの足取りは、坑道へ向かう時よりも遥かに軽い。杖に統合された蓄魔石が、彼女の内側で過剰に溢れ出す魔力を安定した「予備燃料」として吸い上げているおかげだ。
「……ふぅ。身体が軽いって、こんなに気持ちが良いものなのね。カイト、あなたに買われた時はどうなることかと思ったけれど、今の私は檻の中にいた頃よりずっと『生きてる』感じがするわ」
エリザは宿の談話室の椅子に深く腰掛け、ジャージの袖を捲り上げた。
かつて彼女の白い肌を覆っていた、魔力過負荷による痛々しい充血は、今や完全に消失している。彼女は、カイトが用意させた鶏肉のトマトソースがけを、実に幸せそうに空にしていた。
「……当然だ。肉体という器に対し、魔力という中身が溢れていた。……器のヒビを事象復元で繋ぎ、溢れる分の逃げ道を作れば、機能は安定する。単なる道理だな」
カイトはそう言いながら、テーブルの上に自身の愛銃『等価の天秤』を置いた。
元奴隷の獣人であるリアは、言葉少なにカイトの傍らに控えている。特別な力こそないが、その鋭い鼻は宿の生活臭の中から不審な気配を嗅ぎ分け、その耳は遠くの喧騒から必要な情報を拾い上げていた。
「……カイト様。周囲に私たちの話を盗み聞きする者はいません。……ですが、銀貨の残りが心許ないのは事実です。……私の食事を削れば、もう少し余裕ができるでしょうか」
リアが申し訳なそうに耳を伏せる。彼女にとってカイトは、地獄から救い出してくれた恩人だ。カイトが彼女の体を『リペア』で繋ぎ止めてくれたからこそ、今の自分がある。だからこそ、彼女は誰よりも彼の「状態」に敏感だった。
「……無意味な提案だ、リア。お前を飢えさせて効率を下げるのは損失でしかない。……問題なのは、俺の魔導銃の出力不足だ。この銃は『リペア』の触媒としてしか機能せん。……現状では、強力な弾丸を一発放つたびに、銃そのものが歪み、俺がそれを直すという循環を繰り返している」
カイトは愛銃をバラし、布で丁寧に拭う。指先の感覚だけで、どの部品がどれほどの負荷で悲鳴を上げているかを把握していた。
「……この銃の芯を、より高純度な魔導金属に変える必要がある。……市場に出回るのを待つのは時間の無駄だ。……リア、お前の鼻で思い出せ。……廃坑のさらに奥、崩落した壁の隙間から、あの独特の『冷たく鋭い匂い』がしていただろう」
リアは僅かに鼻を動かし、今日の探索中に感じた、岩盤の奥から漂ってきた刺激臭を思い出した。
「……はい。……確かに、ゴレムたちがいた場所よりもずっと深い場所から、目が覚めるような強い匂いが漂っていました。……でも、あそこは岩盤が固く、並のツルハシでは刃が立ちません」
「……普通の採掘者ならな。……だが、俺には『リペア』がある。……岩盤の脆い部分を見極め、崩れた箇所をあえて『元に戻す』反動を利用して圧力をかければ、硬い岩など簡単に剥離できるはずだ」
カイトは不敵な笑みを浮かべた。
世界の理を直接叩き、必要なリソースを自らの手でもぎ取る。これこそが、カイトにとって最も純粋な「効率」の追求だった。
「……それって、要するに……自分たちで掘りに行くってこと?」
エリザがトマトソースを拭いながら、目を丸くして尋ねる。
「……山を叩いて最高品質を手に入れる方が確実だ。……お前たちのジャージも、より過酷な環境に耐えられるよう、俺が『リペア』で繊維を再構成してある。……リア、明日の早朝……いや、午前三時にはここを出るぞ」
「……午前三時? ちょっと、早すぎないかしら。吸血鬼が言うのもなんだけれど、まだ夜明け前よ」
エリザが眉をひそめて不満を漏らす。カイトは手を止め、淡々とその理由を述べた。
「……理由はある。午前三時なら、夜行性の魔物は活動を終え、昼行性の魔物はまだ眠っている時間帯だ。……何より、他の冒険者が活動を始める前に廃坑の深部まで到達していれば、余計な干渉を受けずに済む。他人の視線や介入は、作業効率を下げる最大の『ノイズ』だからな」
カイトの指定した時間は、最短距離で目的の場所を占有するための、最も計算されたタイミングだった。
「……カイト様の言う通りです。……あの時間なら、街道を通る馬車の音もありません。私の鼻と耳なら、邪魔が入る前に正確に脈を突き止められます」
「……ふぅん。要するに、誰にも邪魔されずに美味しいところを全部持っていこうってわけね。……いいわ、理屈は通っているもの。……少し眠いけれど、最高級の素材のためなら付き合ってあげるわ」
エリザはカイトから奪い取るようにトマトジュースの瓶を手に取ると、楽しそうに笑った。
「……決行まであと数時間だ。……ジャージの機能を最大化しろ。……誰にも邪魔されず、必要な素材を確保するぞ」
リアは静かに頷き、自身の小さな手を握りしめた。
主のために、闇を歩き、宝を見つける。それは、自らの意志で選んだ「役割」の形だった。
銀貨はまだ八枚。
だが、彼らが狙う「次の獲物」は、まだ誰の所有物でもない、大地の奥深くに眠る純白の魔導金属だった。
不揃いな三人の歯車が、今度は世界の『未踏』へと動き出そうとしていた。
特別な超能力に頼るのではなく、今ある手札を最大活用し、世界の理から直接望む結果を引き出していく。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしこの「ジャージ管理者の等価交換ファンタジー」を面白いと思ってくださったら、ぜひ評価の「星」やブックマークで応援していただけると、カイトの魔力と作者のモチベーションがリペアされます!
よろしくお願いいたします。




