第102話:沈黙の廃坑と『効率』の弾丸
リスタの街から北西へ。
かつては銅の産出で潤っていたという『沈黙の廃坑』は、今や魔力の淀んだ湿った風が吹き抜けるだけの、巨大な石の墓場と化していた。
カイト、リア、エリザの三人は、暗い坑道の中を迷いなく進んでいく。
三人の纏う漆黒のジャージは、闇に溶け込みつつ、内部の魔力循環によって周囲の僅かな光を増幅し、彼らに最適な視界を提供していた。
「……カイトさん。前方三十メートル。……岩壁と一体化した『コッパー・ゴレム』二体を検知。……休眠状態ですが、侵入者の体温に反応し、再起動シーケンスに入っています」
リアが影のように先行し、正確な距離を告げる。
「……手間が省ける。……エリザ、昨日教えた『単一点への絞り込み』だ。……今回はさらに出力を下げろ。……一割ではない、五分だ。……核を壊すのではなく、核を包む術式だけを『断ち切る』イメージを持て」
カイトは立ち止まり、背後のエリザに指示を出した。
エリザは黒い杖を構え、深く息を吐く。
アップデートされたジャージが、彼女の荒い呼気を最適化し、内側の熱を効率よく逃がしていく。
昨日までの「身体を焼かれるような感覚」は、今や心地よい微熱程度にまで抑えられていた。
「……五分、ね。……本当に、針の穴を通すような精密作業を真祖に強いるなんて。……でも、この服のおかげで、魔力が指先に吸い付く感覚があるわ」
ガガッ、ギギィ……。
岩壁から巨大な石の塊が剥がれ落ち、鈍い銅色の輝きを放つ人型の怪物が姿を現した。
コッパー・ゴレム。
その全身は魔導を帯びた銅と岩石で構成されており、通常の物理攻撃では表面を削ることすら難しい。
「……来なさい、動く石像。……闇の穿孔」
エリザが紡いだのは、攻撃魔法と呼ぶにはあまりに小さく、静かな一撃。
放たれたのは、細い糸のような紫の閃光だ。
それはゴレムの屈強な胸板を貫くのではなく、装甲の隙間、術式が最も集中する一点へと滑り込むように吸い込まれた。
バチッ……と、電子が爆ぜるような短い音が響く。
次の瞬間、咆哮を上げようとしていたゴレムの動きが止まった。
崩壊はしない。ただ、操り糸を切られた人形のように、その巨体が力なく膝を突いた。
「……判定、成功。……核の術式回路のみを遮断。……蓄魔石へのダメージはゼロ。……完璧な無力化です、エリザさん」
リアが冷静に評価を口にする。
「……はぁ、……っ。……できたわ。……身体が、全然痛くない。……魔力を放出したのに、逆に内側が透き通るような感覚だわ」
エリザは自身の両手を見つめ、高揚した声を上げた。
これまでは、一発撃つたびに全力を使い果たし、肉体を犠牲にしてきた。
だが、カイトの定義した『効率』に従うことで、彼女は初めて、自身の力を完全に制御下に置いたのだ。
「……合格だ。……無駄な破壊はリソースの損失に繋がる。……この状態なら、連戦も可能だな」
カイトは無力化したゴレムに近づき、その胸部を事象解体でこじ開けた。
中から取り出されたのは、淡い青色に輝く結晶体。
コッパー・ゴレムの動力源であり、エリザの杖の燃費を劇的に改善する触媒――『蓄魔石』だ。
「……よし、二体目も同じ手順で処理するぞ。……今日の目標は蓄魔石五個。……それが集まれば、エリザの杖に『自動変換パッチ』を当てることができる」
「……もう、どこまで私を改造すれば気が済むのよ。……でも、悪くないわね。……このまま強くなれば、あの檻の中の奴らを見返すどころか、世界の見え方が変わってしまいそうだわ」
エリザは不敵に笑い、次なる標的へと杖を向けた。
管理者の実地研修。
それは、力でねじ伏せる戦いではない。
世界の構造を理解し、最小限の力で最大限の成果を得る。
漆黒のジャージを纏った三人の影が、廃坑の奥深くへと、さらに効率よく溶け込んでいった。
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